中欧編 VII : 国立オペラハウス

 【10月11日】
 昨日までの異常気象もやっと終わりを告げたようだ。今朝は、肌が引き締まるほど気温が下がり、すがすがしい。

 

 

(解説)
日本も早く涼しくなれ!
エアコンかけないと眠れないから、電気代が鰻登りなのよ、我が家。

 

 ブカレスト滞在中から、夏のような陽気に見舞われ、それでなくても暑がりなのに、冬物の持ち合わせしかなく、苦しめられていた。ブカレストでは、Tシャツの上に、コールテンの上着を着て歩くなどという珍妙な格好もしたのだ。上着がないと、財布を入れる場所がなく、スリの多い市内では、これしか方法がなかった。

 

 

(解説)
一度お試しになりますか? 真夏の陽気、Tシャツの上に、コールテンの上着。コールテン、最近ではコーデュロイなんて呼んでいるようですが。完全に冬物ですよ、これは。暑い! 首筋に流れる汗が上着に染みこむのが、気になりましてねえ。
なにせ、旧東欧でしょ。予備知識たるや、「寒い国から帰ってきたスパイ」(ジョン・ル・カレ)てなもんですよ。しかも10月。冬物しか持参しなかったんだよねえ。
あ、Tシャツはパジャマ代わり。

 

 最悪だったのは、ブダペスト空港に着いたとき。荷物が4つに、コート上着を手に持ち、とにかく携行品で動きが取れない状態。しかも、暑さが厳しく、空港でバスに乗り移るまでのわずかな時間に、汗だらけになってしまった。

 

 

(解説)
この様な格好をした乗客を、普通「買い出し客」という。運べるだけの荷物をA地点からB地点に移動させ、幾ばくかの利益を上げて生活の資とする。

 

 10日は、ブダペストの北60キロで自動車を生産しているマジャールスズキの人に、2時にホテルに迎えに来てもらうことになっていたので、昼頃、1人で食事に出た。
 ホテルのすぐそばに寿司屋があり、日本大使館発行の案内パンフレットにも載っていたので入ってみた。
 まず驚いたのは、カウンターの中に立っていたのが、マジャール人だったこと。日本の寿司屋と同じようなガラスケース、カウンターがあるのに、中の人間が金髪では、何とも異様な取り合わせに感じる。
 それでも、

 「人種で差別するのはいかがか」

  と言い聞かせ、特上の大を注文。3000フォリント、2000円。

 

 

(解説)
昼食時、高級ホテルのそばの寿司屋。私のほかに入っていた客は1人だけ。この時点で危機感を持たない人間を、通常、「勘が悪いヤツ」と呼ぶ。

 

 薄いお茶を飲みながら、寿司を握る手元を見ながら、不安になってきた。右手をおひつにつっこみ、米をまとめているのだが、なんだか、片手でおにぎりを作っているような具合なのだ。力の入れ方が、日本で見る職人さんと違う。
 やがて出てきた。想像通り、小さなおにぎりに、魚が乗っていた。これなら、自分で握った方が、まだ様になる。

 

 

(解説)
いや、私は寿司を握る技を学んだことは一度もありません。自宅で時々やってみるけど、仕上がりはひどいものです。それと比較しても、という話なのです。

 

 支払おうと思って、ポケットを探ると、現地通貨が2500しかない。

  “May I pay in dollar?”

  と聞くと、それでいいという。ではいくらかと訪ねると、20ドル。おい、ちょっと待て、換算率が違うではないか、といいたいが、どうも言葉が伴わない。仕方なく20ドル支払い、情けないことに、500フォリントのチップまで渡して“Thank you”といってしまう。自己嫌悪。

 

 

(解説)
何を言われてもにこにこ笑って“Thank you”が日本人といわれていたが、はからずも実践してしまった。
ちなみに、当時、日本円の対ドルレートがいくらだったか失念した。この様に書いている以上、1ドル = 100円でなかったのは確かだろう。

 

 後で聞くと、この寿司屋は日本人が経営、インターコンチネンタルホテルにも入っているという。しかし、人手がないのか、職人がしょっちゅう変わり、まともなものは出てこないのだとか。
 ややもすると、食い物の話しが多くなる。食後の話しに移ろう。

 1階のロビーへ。そこに、マジャールスズキのKさんが待っていた。
 スイフト(日本名カルタス)で約60キロ北にある工場へ。ブダペストを出ると田園風景が広がり、ドイツ人が住み着いたというドイツ風住宅が立ち並ぶ地区を通り、森の中を走る。道で娼婦を見かける。トラックのドライバーが相手で、料金は3000フォリント程度だとか。

 

 

(解説)
ハンガリーには愛犬家が多いそうである。当然、散歩に連れ出す。犬は畜生の権利として路上で糞をする。ま、この辺は万国共通でありますな。
ここからが日本と違う。
日本だと、
糞をする→同行の飼い主が処分をする
ハンガリーだと、
糞をする→………
そう、何もしない。そのまま。
空気が乾燥しているので、すぐにカラカラになって、壊れて見えなくなるとのこと。どこへ行くのだろう?
 ♪The answer, my friend, is blowing in the wind.
  The answer is blowing in the wind.

 

 工場で約1時間半、再びホテルへ。

   ※画像をクリックすると詳細ページが見れます。

   

 

 

(解説)
海外で、日本人が現地の人を雇用して仕事をしている場所で、働いている現地の人の表情が明るいとホッとする。
この工場の人たちは、にこにこ笑って手を振ってくれました。

 

 次は、米国からの投資資金を扱っているファンドマネージャー。前日昼食を取った日本料理店四季で午後7時半から。彼は日本留学経験もあり、日本語も多少できるのだが、難しい話しになるとダメで、N研のMさんの子息の助けを借りる。11時まで話を聞くも、もう一つ隔靴掻痒の感じがあり、彼が翌日英文の年次報告書をホテルに届けてくれ、それ読んだ上で改めて話を聞くことになる。
 ホテル着11時半。かなり疲労しており、シャワーも浴びずに寝る。

 

 

(解説)
そういえば昔、香港での話。
英語ができる現地の人と、英語のできる仲介者と、英語となるとヘレン・ケラー状態に近い私の3人で会談をしていたとお考えいただきたい。
この様な場合、キーとなるのは、私が理解できる日本語と、現地の人が操れる英語の双方をこなせる仲介者である。彼なしには、事態は膠着状態に陥るのは目に見えている。
ところが、そのキーパーソンが「用事がある」と途中退席してしまった。
困った。
困ったのは私だけではないであろう。現地の方もお困りになったに違いない。
が、男2人、黙って見つめ合っているわけにもいかない。黙って見つめ合う男と男。私は、そのような世界に紛れ込みたくはない。
仕方なく、2人は英語で会話を始めた。Mainland Chinaのこと、そこで起きている経済変化……。
と書くと、高尚な会談が続いたように受け取られてしまうが、ご想像の通り、2人はすぐにコミュニケーション不可能の状態に陥った。従って、前のパラグラフで書いたのは、「話したこと」ではなく、「話したかったこと」と表現する方が正しい。
困った2人は、やがて大学ノートを取りだした。漢字による筆談である。この時ほど、中国が生み出した偉大な文化である「漢字」に感謝したことはない。コミュニケーションが成立したのである!
You might think but today's some fish.
が翻訳できなくても、漢字がわかれば生きていける!

 

 【10月11日】
 それでも6時半には目が覚める。慢性寝不足。

 

 

(解説)
一部には、加齢による早起き症状、との根強い説がある。

 

 朝食に、前日と同じハンバーガー風のものを食べさせる地元の店へ。ホテルの朝食は食べ飽きたし、高い。前日は、中に挟んである鳥のフライがうまかったのだが、今日のやつはたいしたことがない。がっかりする。

 ロビーに戻ると、ツアー同行者の一行。そういえば、連中は今日は市内観光をして帰国の途につく。雑談。バスを見送る。

 部屋に戻り、今メールを書き始めるも、間もなくMさんと約束の10時半。2人で、市内にあるショッピングモールへ。
 副社長の話を聞いた後店内を回ると、土曜日ということもあってか、大変な人出。ナムコなどのゲーム機を置いたゲームコーナーもあり、1回のプレー料金は100 - 150フォリント。スキー、水上スキー、ロストワールドのゲーム機の前に人混み。同じ階にある映画館には行列ができていた。これが、ほんとに平均月収500ドルの国なのだろうか。店内のにぎわいは、ひょっとしたら日本以上だ。

   ※画像をクリックすると詳細ページが見れます。

            

 そのまま、昼食も取らずに住宅の建築現場。建設業者に会う。高級住宅街が並ぶというブダ地区の丘の上に、共同住宅を建築中だった。

 

 

(解説)
こんな話を読み続けて生きて、この男は、いったい何をしに中欧まで行ったのか、という疑問を抱かれた方。
あなたは正常な感覚の持ち主です。

 

 現場に、そのうち1戸を買ったという女性がいて、同席。体制転換前は国営の商社にいて、転換と同時に個人でオフィス用家具の販売会社を起こして成功した。買うのは85平方メートルで1700万フォリント。全額キャッシュで払うという。体制転換の成功者だ。40代半ばで、子どもが2人。どちらも独立したという。ご主人はと聞くと、死んだとの返事。それでは、ここには独りで住むのかと聞くと、

 “Yes. But I can invite you.”

 と来た。
 しゃれたおばさんだ。
 最後に、いつまでブダペストにいるのか、と聞いてきたから、

 “Until next Monday. So I can invite you, too, to my hotel.”


 とジョークを返してやった。みんなで大笑い。俺にもこれくらいのジョークは英語で言える。終了、午後2時。空腹。

 

 

(解説)
みんなで大笑いしてくれたからいいようなものの、使い慣れない言語で発するジョークは、神経が疲れますなあ。
口から出た瞬間に、
「俺は正しい英語を話したのか? 文法的な間違いはなかったか? 発音は正確だったか? ここの生活習慣に反した表現はなかったか?
なんて疑問が、頭の中で次々に湧いてくるもんね。

 

 ホテルでM氏の息子とドッキング。二人でイタリア料理(と書いてあるが、うどんとスパゲティの中間の麺のトマトソース和えと、サラダ)。「タバスコはないか」と聞いたら、怪訝な顔をされて、「ありません」。タバスコのないイタリア料理なんて。外れ。高い。

 温泉に行くとの話しで楽しみにしていたが、着いたのはホテルから10分ほどタクシーで走った別のホテル。温泉と思いきや、温水プールと呼んだ方がましな代物。水温は最高のプールで38度。30分ほど浸かっていたが、途中から寒くなる。こちらの人は、39度以上の水には入れないそうだ。それくらいになると、おそるおそる足を浸すだけで、40度を越すと、見向きもしないとか。そのかわり冷たい水にはめっぽう強く、水温20度でも平気だとか。

 

 

(解説)
いま考えると、38度というのもそこそこの水温ではある。途中から寒くなったというのだから、もう少し水温は低かったのではないか?
あ、それから、この「温泉」は、男女混浴
残念ながら水着着用だが。

 

 7時から国立オペラハウスで、オペラ鑑賞。ヴェルディの晩年の作、「ファルスタッフ」。イタリア語。全く理解できず、第1幕は、何のことかわからずに眠気に襲われる。幕間にあらすじを読み、2幕からは何とか付いていく。

 

 

(解説)
ブダペストの住人にも、当然のことながらイタリア語を解する人はあまりいないわけです。従って、舞台の袖の方(だったか、上の方だったか、記憶が定かでない)に「字幕」が出る。この字幕、マジャール語。
どちらも、俺にわかるわけがない。

 

 人のいいおじさんがいて、酒代に困って、金持ちの人妻を口説こうと思い立つ。2人の人妻に恋文を書き、1人から「午後2時から3時までは主人はいませんので、おいで下さい」との手紙をもらって有頂天になる。すっかりその気になって出かけるが・・・、という物語で、要は、世の中を取り仕切っているのは女性で、男は最終的には女性の思うようになる、とのストーリー。ふむ。

 

 

(解説)
かかあ天下か、亭主関白か、は飼い犬でわかる。
犬は権力関係に敏感な動物である。常に1人だけしか主人として認めない。家庭内では真の実力者を見抜き、それ以外は従者、せいぜい遊び友達でしかない。
従って、飼い犬が真になついているのが、その家の実力者である。
我が家は、もちろん私である。

 

 10時に終わり、隣のレストラン「ベルカント」で夕食。フォアグラを、そのまま焼いた料理というものを初めて口にした。

 11時半にホテルに帰る。明日は、10時にアポイント。日曜日ぐらい休ませろ!
 現在午前1時45分。1人ホテルで、メールを書きながらウイスキーをなめています。

 この項、続く。

 


【初出2002年8月19日】
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