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 2017年5月31日 暑い!

 まだ5月というのに暑いですなあ。桐生は今日も30℃を超えたようだ。私の気分はまだ春というのに、気温だけはすっかり夏である。

 厚さに弱い私は、ここ数年の夏のスタイルになった腰にタオル姿でうろついている。腰にタオルとはいえ、一昔前のような、タオルをお尻の方に下げる不格好さは避けている。タオルを下げるのは右前、つまり右のポケットより少し前、を私のスタイルとしている。個人的には

 「格好いいだろう!」

 と悦に入っている。
 この季節、上着を着るわけにはいかない。となると、ハンカチを入れるポケットがない。ましてや、ハンカチではぬぐいきれないほどの汗をかく私には、小型のタオルが欠かせないのだが、さて、これを身のどこにつけたらいいか、と考えて編み出したスタイルである。
 かつての腰にタオルにみられた野暮ったさを嫌い、かつ、汗を充分ぬぐうだけの小型タオルを上着なしの夏の服装で携帯するには、合理的で見た目もよい、実に理に適った姿であると自画自賛している。皆様、私の真似をしてみませんか?

 と日々汗を流す私であるが、目を天下国家にむけると、あれまあ、日本も、日本の宗主国といわれるアメリカも、首脳がスキャンダルまみれである。

 アメリカに関してはこうなる予感はあった。大統領選挙期間中から出来もしない公約を並べ立て、自分は金持ちのくせに(それも、どうやって稼いだ金なのかよくわからないのに)、いかにも貧乏人の味方みたいなポーズをとり続けた男が大統領に選ばれたのである。
 この男の武器は暴言。世の中に本当のことがあるかどうかなどにはまったく関心を示さず、自分に都合のいい解釈が「真実」と言い張って巨額の富を蓄えた人間であってみれば、世に広く真実と認められるものを真実とする立場からは

 「それ、やばいんじゃないの?!」

 ということの10個や20個あってもおかしくない。メディアに喧嘩を売るのはまだいいとして、ロシアとの不可思議な関係で娘婿までが疑惑の渦中に入ってみたりして、実に賑やかなお祭り騒ぎが続いている。出てきたスキャンダルを眺めれば、

 「ははあ、トランプという男は相当にやばいことをやって、白を黒と言いくるめて巨額の金を稼ぎ続けたんだなあ」

 と納得できるほどである。

 しかし、トランプ政権はいつまで続くのか。選挙の時でさえ国民の半分に届かない支持しかなく、まあ、相手候補が酷すぎたから通っちゃったか、と思わせてくれたが、就任からわずか半年で官僚組織からもそっぽを向かれ始めた。国内では反トランプデモが続き、訪問する他国でもデモ隊に迎えられる。普通に考えれば長続きするはずの政権ではないと思うのだが、さて、議会が弾劾決議で追い落とすのか、政策が行き詰まって野垂れ死ぬのか。
 見物である。

 に比べれば、日本の首相スキャンダルは、知人の事業に便宜を図ったのではないか、というのだからみみっちい。安倍はトランプのポチ、という表現を雑誌で見たが、流石にポチ風のみみっちさである。
 安倍内閣は、文部科学省の元次官の

 「首相の意向が働いたという文書は文科省が作ったものだ」

 という趣旨の告発をもみ消すのに大わらわで、挙げ句の果てに、この元次官は現役当時に出会い系バーに通っていた、などという話を読売新聞に書かせた。このスキャンダルを、告発に関係した人物の下半身の話にすり替えてつぶそうという腹らしい。
 
 私は思い出してしまった。西山事件である。1971年、毎日新聞の西山太吉記者が政府の機密電報をすっぱ抜いた事件だ。
 沖縄返還に絡み、日米政府は沖縄の地権者に支払う土地の原状回復費400万ドルを米国が負担すると発表した。ところがこれには密約があり、実際には日本政府が全額肩代わりする約束をしていた。その事実を記した電報を西山記者が入手した。
 焦ったのは政府だった。政府としては、何とかしてもみ消さねばならないスキャンダルである。結果、誰が知恵を出したのかは不明だが、政府は西山記者の下半身を責めることにした。

 外務省の女性事務官とやっちゃったんだよな、お前。やっちゃったから機密電報をもらえたんだよな。

 これ、どう考えても無茶苦茶な理屈だ。

 やっちゃったのは事実らしい。健康な男と女である。生きていればそんなこともあるさ、という話である。特に、この女性事務官は外部秘とされた電報を西山記者に渡したぐらいだから、社会的には「不倫」といわれるものであっても、2人の間にはげすの勘ぐりでは到達できない信頼関係があったと思われる。

 だが、である。政府は、2人がやっちゃったことと政府が国民をだましていたことを同じ土俵に乗せてしまった。

 方や、男女の間でやむにやまれず起きた突発事故である。
 他方は、政府が国民をだましていたという事実である。

 そのどちらを重視するのか。その判断は国民に委ねられたともいえる。

 そして情けないことに、多くの国民は、健康な男女がベッドをともにしたことに多大な関心を示した。政府が国民をだましたことより、西山記者が外務省の女性と懇ろになったことの方を

 許せない!

 と判断した。

 まあ、

 「私は、俺は、そんないい思いをしたことはないぞ!」

 というやっかみがあったことは分かる。しかし、日本の国民は、政府の振る舞いの違法性より、自分のやっかみの方を優先した。個人的なやっかみが、国の大事の方向を決めてしまった。
 ために、西山記者は国家の犯罪を暴いたにも関わらず、獄中の人となった。これが西山事件である。

 いま、安倍内閣は「西山事件」を再現しようとしているように見える。さて、国民は「西山事件」の時よりも大人になっているだろうか。判断力を磨いているだろうか。それとも、やっぱり同じレベルの国民でしかないのだろうか。

 いま、自民党の中では様々な思惑が飛び交っているはずだ。
 確かに、安倍内閣の支持率は高い。だから何としても安倍を守り抜くべきだ、という一派がいるだろう。これぞ好機到来。このスキャンダルで安倍内閣を倒し、自分の内閣を作ろうとうごめく人々もいるはずだ。

 「そうなの? そんな話はどこにも出てこないけど」

 と我が妻女殿ならおっしゃりそうだ。
 が、である。いまはまだ、思いをあからさまにする時期ではないというだけのことだ。

 安倍内閣の支持率は相変わらず高い。であれば、その支持率を使って党勢を延ばしたいと考えるのは当然である。だから、いまの自民党を安倍が抑えることができるのである。党内で、先頭を切って安倍に楯突くのは得策ではない。その程度の判断力は皆さんお持ちである。
 だが、森友学園に続く加計学園問題。

 「これ、乗りきれるか?」

 そんな疑心暗鬼は自民党員から消えないはずだ。
 疑心暗鬼になっても、安倍内閣への支持率が高い間は、自分の疑心を外に出さないのは当然のことである。表面上は

 「加計学園? 何の問題もないでしょ?」

 という言動しなければならない。だが、そうしながら、彼らは必死になって、この問題がどこに向かうのかを探っているはずだ。疑惑が首相に及ぶことを必死になって止めながら、いや、止めるポーズをとりながら、でも、

 「安倍が倒れたら、次は誰だ? 俺か? 俺でなくても、俺がいい位置につけるにはどうするべきか?」

 という計算をしているはずだ。
 加計学園の問題を聞かれて答弁する官房長官、関連大臣の表情をテレビで見るたびに、

 「こいつ、次の首相として誰を思い浮かべているのだろう?」

 と深読みしてしまう私である。


 それにしても、である。
 読売新聞って、下らない新聞だね。権力が国民をだます手伝いをする媒体を、新聞といっていいのかどうかも私には疑問である。
 が、聞くところによると、読売新聞とは日本で一番売れている新聞とのことだ。ということは、国民のレベルは西山事件のころと大差ないということか。

 安倍ちゃん、逃げ切る?



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