●日誌一覧

シネマらかす

グルメらかす

音らかす

旅らかす

スキーらかす

事件らかす

 2017年4月20日 美形

 長男家から、しばしばあかりの写真を送ってくれる。たまには動画も来る。あかりの成長が手に取るようでありがたい。技術の進歩はこんな利便性を生み出してくれた。
 もっとも、技術におんぶ、抱っこをするのではなく、やっぱり実物(実人?)を目にし、腕に抱いた方がより成長を実感できる。とすると、技術の進歩も一長一短か。

 それはそれとして、最初は目と鼻の大きさが目立っていたあかりだが、このところ急速に可愛らしくなってきた。生まれたばかりの猿顔(人は猿から別れたのである)が人らしくなり、目鼻口の配置が整ってきて、思わず

 「可愛くなってきたなあ」

 と妻女殿に、写真を受診したiPhoneを手渡す。返事はいつも

 「あらあら」

 から始まる。その先は妻女殿の気分次第だ。

 「美人よ、この子」

 の場合もあるし、

 「鼻が目立たなくなったわ」

 と受けられることもある。今日は何も受けがなく、さっさと2階の自室に歩を運ばれ、長男の妻殿に電話をされた。狭い家でのばかでかい声で、聞きたくなくても耳に届くのだが、あまり関心がないため会話内容は不明である。
 人の耳は、聞きたいものだけ自動選択して聞くように精巧に出来ているのである。ありがたい。

 そういえば、先日送られてきた、横浜の璃子の小学校入学写真もよかった。極めて美しく写っていたのである。
 璃子も誕生時、美しく生まれついたといわれた。例によって妻女殿は

 「この子、美人になるわ。目鼻立ちがホントに整ってる。優しい顔してるわ」

 とご満悦だった。
 その璃子が幼稚園に入り、お嬢様タイプが強まり、とにかく食べることが大好きであることが判明してからしばらく、妻女殿から

 「璃子は美人」

 という言葉が消えた。美人かどうかより、璃子の圧倒的な存在感の方が前に出てきた印象であった。

 それが、自宅近くの公立小学校の門前で撮った記念写真の璃子は黒いワンピースに白のジャケット、赤いランドセル(これ、俺が桐生で買ったもんね!)をしょって、右半身を前に出すポーズで写真に納まっていた。髪はしっかりセットされている。晴れ姿を見ながら、私が思わず口走った。

 「おい、璃子がえらく美人に写ってるぞ!」

 目鼻立ちの整い方が並みではない。実にバランスよく配置されている。乳歯が抜けて永久歯がまだ生えぬ口元は、口をしっかり閉じることでカバーされている。
 iPhoneを妻女度に渡した。

 「ホント、美人だわ」

 我が一族の青少年部は男3人(啓樹、瑛汰、嵩悟)と、女2人(璃子、あかり)で構成されている。啓樹が青少年部長である。瑛汰は部長に激しいライバル心を燃やす副部長である。
 ま、それはそれとして、男どもの顔立ちを云々する気はない。男は顔ではないのである。だが、女2人の仕上がりの良さ!
 ひとりつぶやいた。

 「うちは美人の家系か?」

 つぶやいて、ふとその気になって鏡にまじまじと見入った。
 狭めの、横皺が目立つ額、白髪が交じり始めた太い眉、小さく、あくまでも小さく引き締まった目、どちらかといわなくても大きな鼻、両端の下がった小さめの口、やや垂れ下がり始めた頬。

 「……、これが美人家系の頭領の顔? 違う、やっぱり美人かけとは違う!」
 
 お前じゃない、あんたの奥さんだろ、根源は。
 そのようなご意見をお持ちの方もいらっしゃろう。と思い、久しぶりに妻女殿の顔を見てみた。……。家庭の平和のために、私の見解は表明を拒否する。

 しかし、だとすれば突然変異か? もっとも、我が2人の娘を、

 「美人姉妹」

 と表現するヤツがいた。2人が結婚する前だ。であれば、君が結婚を申し込めばよかろう、と思っていたら、彼はまったく別の女性にプロポーズし、家庭を築いた。
 ということは、あの表現は私へのゴマすりとしか思えない。

 
 今日は朝から、仕事で原稿を書いていた。書き疲れてふと、そんなことを考えてみた。
 璃子とあかりの美人の種、どから舞い込んで来たのだろう?

 
 計画では、すでにリニューアルが終わっているはずの「らかす」が、相変わらず昔のママの姿で出回っている。作業が遅々として進まないからだ。
 計画では、作成ソフトをWordPressに変え、この「らかす」をすっかり引き継ぐと同時に、新しく、私の選んだ桐生の逸品、桐生の人、桐生の話題、などを時に応じて書く予定であった。ところが、WordPressを使ったホームページ作成には金がかかること(私の力と能力では難しそうなこと)が分かり、頓挫したままだ。また、いまの「らかす」に、新しいコンテンツを盛り込むことの是非もまだ決断できない。
 「らかす」には「らかす」の愛読者がいてくださる。新しく作ろうというコンテンツは「らかす」のコンテンツとは性格が違い、別の読者を想定した方がいいのではないか、という意見が周囲で消えないのである。

 どんなもんかねえ。ペンネームの陰に隠れている気はないが、書きたい放題のことをかいている「らかす」。新しいコンテンツも、別にお金を頂いて書く原稿ではないので、書きたいように書くつもりだから、「らかす」のコンテンツとは本質的に変わりはないと思うのだが。

 あ、新しいコンテンツをアップする時は、私はペンネームというベールを脱ぐ予定である。そうしなければ、私の選択への読者諸賢の信頼が得られまいと考える故である。

 いましばらくお待ち願いたい。



前の日誌                             
無断               メール