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 2017年1月30日 痩身法

 つまり、どうやったら痩せることができるか。
 先週読書していて、究極の痩身法を見つけた。これを実行すれば、誰でも、100%間違いなく痩せることができる。インチキ商法の宣伝みたいだが、そうではない。
 お腹の膨らみが、二重顎が、ブヨブヨになった太股が気になるあなたには、100万円出してでも手に入れたい情報に違いない。

 とはいえ、「らかす」の購読は無料である。100万円、いやせめて10万円頂かないことにはお教えできません、などとケチなことを言うページではない。
 よろしい。本日は特別大公開。誰でも、好きなだけ食べて100%の確率で痩せることができる方法をお教えしようではないか。

 北極に行くのである。いや、南極でもよろしい。とにかく、気温がマイナス30からマイナス40の地帯に身を置く。そして1日10qから20q程度の散歩をする。あ、その時そりを引いて歩いた方が好ましい。食べ物をはこのソリに乗せて運ぶ。シロクマを撃って食料にしてもよろしい。腹一杯になるまで、好きなだけ食べていいことは保証する。夜は極寒冷地用の、三重になったテントで寝る。もちろん、防寒具、防寒の寝袋は欠かせない。こうして1ヶ月も暮らせば、120sの体重に悩むあなたも、確実に骨と皮だけの生きものになる。
 どうです、簡単でしょ?

 勧められて

 「アグルーカの行方」(集英社文庫)

 を読んだ。作者の角幡唯介さんは探検家である。1976年、北海道生まれ。この本は、彼の北極探検記だ。その中に、この究極の痩身法が出て来るのである。

 知人と2人で北極圏を歩く計画を立てた角幡さんは、1日の必要カロリーを5000キロカロリーと見込んだ。1日3食で約1sの分量になる。都会で暮らす私たちにはとんでもない量だ。毎日こんなに食べていたら、日ならずしてデブと呼ばれるようになるのは目に見えている。

 北極では、何故これほど食べねばならないのか。外気がマイナス30℃、40℃になると身体はその気温に適応しようとする。こんなに低い外気温にさらされると、体温は限りなく奪われる。そのため、身体はできるだけ体内で温度をを造ろうとする。体内にある糖分を燃やし尽くすと、あと燃やせるものは脂肪しかない。お腹の周りにまとわりつく皮下脂肪、内臓脂肪、とにかくありとあらゆるところから燃料を探し出し、身体は燃やす。1日2000カロリー、2500カロリーしか摂らない都会の食生活では体温を上げる燃料が絶望的に不足する。あれほど悩みの種だった脂肪が瞬く間に燃やし尽くされる。だから身体は蓄積された脂肪を燃やす。あなたはみるみる痩せる、という成り行きだ。

 実は、1日5000カロリーでも、北極での暮らしには足りないらしい。最低8000カロリーが必要だというのだ。このため、1日5000カロリーを基準に食料を準備した角幡さんたちは、やがてどうしようもない空腹感に苦しめられることになる。凶暴なシロクマが食料に見え、雷鳥や麝香牛を射殺し、皮を剥いで解体して調理し、て肉にかぶりつく。それでも身体からどんどん脂肪分がなくなり、情けないほどのガリガリになってしまう……。

 どうです、この痩身法? お悩みの方は挑戦してみませんか? もちろん、挑戦ですから危険はゼロではないのが玉に瑕ではありますが。極寒の地でしばらく生きてみてもいい、何とか耐えられる体力、精神力はあるはずだ、という方には、絶対お薦めの痩身法なのです。

 ま、それはそれとして、この本、1854年に英国を出発した北極探検隊、フランクリン探検隊が遭難して全滅したルートを、角幡さんたちが辿ったルポルタージュである。安逸な都会暮らしでは想像もできない過酷な自然の中で人間はどうやって生を繋いでいくのか。第35回講談社ノンフィクション賞を受賞するに相応しい名著である。痩せたい方も、それほど痩せたいとは思っていらっしゃらない方も、一度手にとって目を通して頂きたい。


 という本を電車で読みながら、先週金曜日、東京に出た。デジキャス時代の仲間が私の「卒業記念食事会」を開いてくれたのである。

 新桐生から北千住へ。そこから地下鉄千代田線に乗り換えて赤坂へ。食事会場は、そこから徒歩10分と店の案内にあった。
 地下鉄赤坂駅で地上に出た。思い起こせば現役時代、このあたりは私の庭同然であった。そこを曲がれば美味い蕎麦屋がある。あのビルの地下にはイタリア料理店があったな。ここは時折カレーライスを食った店……、のはずだった。ところが、地上に出た私を待ち受けていたのは見馴れぬ都会の風景でしかなかった。

 「ここ、どこ?」

 目の前に大きなビルがあった。見たことがない。右を見ても左を見ても、見知らぬ店が建ち並ぶ。振り返って、

 「ああ、あそこか」

 とやっと思い出した。であれば、この道を辿れば目的地に行き着くはずだ。私は都会人らしく歩き始めた。だが……。

 「こんな道、あったか? これ、どこに抜けるんだろう?」

 あれこれ考えた末、iPhoneに入れてあるカーナビソフトを思い出した。うん、これに目的地を入力すれば確実にたどり着ける!

 皆さんはカーナビの案内に従って歩いたことがおありだろうか? まあ、普通はあまりないはずだ。私も始めての体験だった。
 その使い勝手を一言で表現すれば、実にかったるい

 「間もなく左です」

 とカーナビが言う。車なら、ほんの1、2秒でその曲がり角に行き着く。だから「間もなく」なのだ。ところが歩きだと、「間」がありすぎる。次の角を左に曲がらねばと思って歩くのだが、なかなかその曲がり角に至らない。まだかよ、と思って早足で歩き出すと、カーナビが言う。

 「左です」

 まだだって! ここで左に曲がったら女性用下着の店に入っちゃうって!

 こうして私は、カーナビに尻をたたかれながら赤坂の街を歩き回った。見たこともない道ばかりである。しかも、このところ開発が進んでいるようで、変な路地に案内され、右や左にカーブを切らされ、

 「本当に行き着けるのかよ」

 と情けなさがこみ上げる。10分? もう30分近く歩いているぞ!

 しかも、だ。この季節、桐生と東京では体感温度が5℃程度違う。桐生を出る時はそれなりに寒かった。私はセーターの上にレザージャケットを着込み、マフラーを巻いた。夜になればさらに冷えるだろうと厚手のコートを手に持っていた。加えて、宿泊用の衣服や食事会を開いてくれたみんなへのお土産が入ったカートをひいていた。
 この格好で歩き回っていた私を5℃の差が襲ったのである。歩いているうちに身体が温まり、いや、暖まる程度ならいいのだが、そのうち暖まりすぎて汗が全身から吹き出し始めたのだ。タオルハンカチを取り出して汗をぬぐう。だが、1度や2度ぬぐった程度で何とかなる汗の量ではない。数分もするとタオルハンカチなのにグショグショになってしまったのだ。

 だったら、ジャケットを脱げば?
 そう、それは私も考えた。考えただけでなく、そうしたかった。だが、思い起こして頂きたい、その時の私のスタイルを。マフラーを巻き、カートを引き、手には厚手のコートを抱えているのである。マフラーは早々と外した。この上ジャケットを脱いだら、どれだの荷物を運ばねばならない? 一言で言って、それは無理なのである。

 やっとの思いで、目的の中華料理店が入るビルにたどり着いた。時間はまだある。私は喫茶店を見つけて腰を下ろし、ジャケットを脱いだ。セーターも脱いだ。カッターシャツの袖を両方ともまくり上げた。すっかり湿っぽくなったタオルハンカチを後頭部に回すと、髪の毛から汗がしたたり落ちていた。暑い! でも、きっとそのうち寒くなるのだろうなあ。俺、風邪ひく?

 食事会で懐かしい仲間と盛り上がったおかげであろう、幸い風邪はひかずに済んだ。
 私が用意した土産は、松井ニットのマフラーが3本と、あとは忠治漬け。どちらも桐生の名物である。これで盛り上げようと、全員でじゃんけんした。私も加わって、私に負けたメンバーから外れる。それで上位3人を決め、1位から順に好きなマフラーを選ぶ。3人が自分のマフラーを手にしたら、ミラノ巻きの手順を教える。マフラーが手に入らなかったメンバーには、申し訳ないが忠治漬け。全員にマフラーをプレゼントしてたら、私が破産する……。

 2次会まで足を伸ばし、横浜の自宅に帰ったのは午前様に近かった。

 土日は例によって瑛汰と璃子のペットに。しかしこの2人、どうしてこんなに本が好きなのだろう。BOOKOFFで2人の本を買い、7000円。
 日曜日は瑛汰の算数を手伝い、午後5時前に桐生に戻った。

 東京、横浜は暖かい。一度も身につけなかった厚手のコートを抱えて桐生に戻りながらそう思った。
 ということはあれか? 横浜で暮らすより、桐生で暮らした方が痩せる? でもなあ、あのO氏は決して痩せてはいないもんなあ。この程度の温度差では痩せ効果はないのかな?

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