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 2016年9月28日 衰弱

 ああ、政治家もここまで衰弱したか。
 今朝の朝日新聞を読んで、思わず苦笑した。バカがバカの本性を現し始めたのを愛でてのことである。そうだよね、バカはバカなりに、バカに徹すればよろしい。

 安倍首相の所信表明演説中、沢山の自民党議員が立ち上がり、拍手をしたというのである。自民党は

 「自然発生的なもの」

 と説明したというが、

 「いや、党が指示したのだ」

 という指摘もある。いずれであれ、たいした違いはない。自然発生的に立ったのなら、天然バカである。党の指示に唯々諾々と従っての行動なら、自分の頭で考えないバカである。詰まるところ、バカの集まりのバカな行動でしかない。

 小沢一郎議員は

 「北朝鮮か中国共産党大会みたい」

 とおっしゃったそうだが、いやちょっと待たれよ。このようなバカどもが国会にはびこり始めたことに、あなたは責任がないとお考えか?

 我が愚考に寄れば、これほど大量のバカが国会議員として恥をさらすようになったのは、小選挙区制度が元凶である。

 政治改革が喫緊の課題として話題を集めたのは、あれ、いつのことだっけ? もちろん、魑魅魍魎が跋扈する政治の世界に風穴を開け、もう少し頼りになる連中に政治をやってもら得る仕組みがあればありがたいというのは、国民大多数の思いである。だから、当初は多少の期待を持ちながら眺めていた。

 ところが、その政治改革が、いつの間にか選挙制度改革に取って代わられた。
 諸悪の根源は、自民党がずっと政権の座にあることだ。だから、政権交代がしやすい選挙制度にしなければならない。となると、それまでの中選挙区ではなく、それぞれの選挙区で政党を代表する候補者が競う小選挙区制度にするしかない。そんな議論であった。
 さて、政治家の中で誰が推進派であったのかは記憶にない。だが、テレビ朝日がしつこくキャンペーンを張った。中核になったのは田原総一朗である。印象では、ほとんどテレビに出ずっぱりで

 「あんたは小選挙区に反対なのか? ということは、政治改革はしなくていいというのか?」

 とわめいていた。
 選挙制度改革が政治改革となぜ同じなのか。私にはその理屈が分からなかった。あらゆる制度にはいいところもあれば悪いところもある。自民党政権が続くのが中選挙区の欠陥? でも、有権者の大多数が自民党の候補者に票を入れるから起きる結果であって、それは野党が有権者の信頼を得ていないからに過ぎない。それなのに、選挙制度をいじれば、政治が清く正しいものになるのか? バカも休み休み言え。

 まあ、私がどれほど疑問を持とうと、力にはならない。あの時の勢いを止めるなんて夢のまた夢だ。それに、何としてでも暴挙を止めねばという思いなんて端からない。もちろん、思ったところで何もできないのではあるが、そして、小選挙区制度になった。

 小選挙区制度のもとで衆議院銀になろうと志せば、やらねばならないことはただ1つ。己が所属する政党の実力者にすり寄ることである。なにしろ、1つの選挙区で1人しか当選者は出ないのだ。まず所属政党で選ばれることが、選挙に出馬するための最低条件にならざるを得ない。
 そして、その政党は、当選する可能性のある政党でなければならない。共産党や社民党、公明党では選挙区での当選は望み薄である。
 かくして、候補者の劣化が始まった。選挙に立とうという連中は有権者から目を背けた。背けた目を所属政党の有力者に向けたのはいうまでもない。

 「御願いします。私を候補者にしてください」

 何のことはない。政治家の若手はこぞってヒラメになった。ヒラメでも、日本という国が上にあって、そこをいつも見つめているのならよい。だが、彼らが見つめるのは所属政党の幹部である。
 なんのことはない。みんながゴマすりになっちゃったのだ。

 ゴマを擦って成り上がった連中が、国会の議場で北朝鮮式に、中国共産党式に、公式の場でみんな揃ってゴマをする。それが起立、拍手の実相である。

 「おう、ゴマの擦り方しか知らないバカどもが、やっとバカの本性を現したか」

 つまり、私としては苦笑するしかなかったのである。

 小選挙区制度の特質に最初に気がついたのは、私が大嫌いな小泉元首相だった。自分の政策に異を唱える自民党議員が立候補する選挙区に「刺客」を送り込んで大量の小泉チルドレンを作ったのは、多くの方々の記憶に残っていると思う。あれで、いかにつまらぬ連中が国会議員バッジをつけて身体を反り返らせたか。国政を如何に歪めたか。
 そうそう、小沢さんだって大量の小沢チルドレンを作り出したわなあ。

 いま思えば、中選挙区制というのは実に味がある制度だった。党中枢部にごまをすらなくても、実力と努力さえあればバッジを手にできたからである。それは自民党に多かった。党の公認が得られなければ無所属で立候補して当選、その上で入党するという道があった。
 党の支援がまったく期待できない中で、自分の力だけで当選圏内に滑り込む。かつての政治家は、そのような試練を乗り越えて己を築いていたのではないか。だから味も実力もある政治家がいたのではないか。
 いい悪いはべつとして、今の小選挙区制度では中曽根も小渕も(ごめんなさい。いま群馬県にいるもので)国政の場には登場しなかったに違いない。

 私は、小選挙区制導入に向けてアホな世論を煽れるだけ煽ったテレビ朝日と田原総一朗を国賊と呼び、小選挙区制度の欠陥をいち早く見抜いて利用した小泉純一郎を悪魔の政治家と呼びたい。


 ほっほ、そして東京都政である。
 小池のおばはん、オリンピック施設を見直すそうだ。無様といいたくなるほど建設費が当初予算から膨れあがった施設の建設をとりやめ、都外も含めてほかの施設で開催するらしい。
 小池劇場はいまや、ブロードウェイに匹敵するほどの観衆を惹きつける。さて、いつまで小池天下が続くのか?

 だけどねえ、これまでの都知事さんは何をやっていたのかね。禿の舛添は出すと約束した政治資金使途の詳細をいまだに隠したままだというし、その前の猪瀬は最近、平気な顔をしてテレビに出ている。出す方も出す方だが、出る方も出る方。
 こいつら、私とほぼ同年代なのだが、恥を知らぬのか?

 固い話ばかりになった。ごめん!



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