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 2016年9月22日 整理

 ふと思い立って、ノートを整理した。必要に応じて書きためてきたメモの中に、これからの仕事に役立つものがあるのではないか、と思いついたののである。すると、

 「へえ、こんなものがあったんだ」

 と、存在すら忘れていたノートが出てきた。

 「シネマらかす

 執筆用のメモである。それも最後のもので、現実にはこのサイトにアップしていない映画を文章化しようと書きとめている。

 最初に出てきたのは、

 世界最速のインディアン

 アンソニー・ホプキンスの主演で、2005年に公開された。ウィキペディアによると、

 「1000cc以下のオートバイの地上最速記録保持者バート・マンローの実話に基づいた映画」

 とある。

 ジジイとは何だ? 年齢だけで、身体がブヨブヨしてきてシワが増え、歩くのが下手になったらジジイなのか? だったらあんた、この男をジジイと呼べるか?
 そんな映画である。実に強烈な印象を受けた。是非字にして読んでいただきたいと思った。もちろん、この映画を見ていただけるきっかけになれば、と願った。これ、確かWordで原稿は書いたはずである。が、今はどこを探してもない。惜しいことをした。

 ノートの最初のページには

 「世界最速のインディアン(続き)」

 とあり、記述はわずか1ページと半分。ということは、原稿にするためのメモのほとんどは、この前のノートに書き込んだのだろう。

 続いて

 「177で車体が揺れだした。調整できる。車のバッテリーが20個必要だ。鉛レンガをバイクの頭につける」

 「排気パイプの熱が問題だ。アスベストの布をつけたら? 足が中に入らない。アスベストを取り去ってスタート」

 「1マイル 255.317
  2マイル 270.242
  3マイル 275.794
  4マイル 277.587
  5マイル 295.626  →足が焼ける
  6マイル 311.758
  7マイル 312.552
     揺れ——頭を上げる ゴーグル吹き飛ぶ 車体にしがみつき、目をつぶって……
  8マイル 324.847 = 新記録
     転倒 動かぬバート 死んだ? 動いた
      I did it, I did it!


 ふむ、自分で書くのもあれだが、なかなか詳細なメモではないか。ここまで準備をしないと、シネマらかすの原稿は書けなかったのである。
 最初の177は、恐らく時速177qのことである。レース前の試走中の出来事で、その後様々な調整をする。
 最も困ったは、空気抵抗を小さくするための風防でバイク全体を覆ったため、乗り込むと排気パイプ、つまりマフラーに足がくっついてしまうことだ。火傷をしてしまう。だからアスベストの布(いまなら確実に使用禁止)をマフラーに巻き付けるのだが、そうすると身体が入らない。

 「えーい、ままよ!」

 記録達成に血道を上げるバートは、自分の身体より、記録達成を優先させるのである。これ、ジジイか?

 1マイル 255.317
 と書いているのは、この記録会は1マイルごとのラップをとってているのである。最初の1マイルの平均時速が255.317qという意味だ。走れば走るほど記録は上がり、8週目でとうとう世界記録を打ち立てる。が、アスベストの布を取り去っていたため、マフラーに押しつけられていた足が5周目で焼け始める。それでもバートはバイクを止めない。世界最速を目指して

 「足の1本や2本、どうとでもなれ!」

 ってなものなのだ。
 これ、ジジイか?

 いやあ、たったこれだけのメモであのシーンが脳裏に浮かぶ。
 うむ、俺は真面目に映画紹介に取り組んでいたのだなあ。

 2本目の映画は

 この素晴らしき世界

 2000年のチェコの映画である。allcinemaでは

 「第二次大戦下のチェコを舞台に、ナチスの影に怯え表面上は変わってゆく生活や人間関係の中にあって、誰もが生きるために一生懸命な姿を厳しさの中にも ユーモアを忘れず描いた人間賛歌の傑作。戦争という過酷な状況でより顕著になる人間の弱さと、それでもなお生き抜くために持ち合わせるしたたかさといった 複雑で不可思議な姿を涙と笑いに包み愛情溢れる優しい眼差しで見つめる」

 と紹介されていた。ユーザーによる採点の平均は10点満点中7.70。アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされたが受賞はしていない。
 だが、私の琴線に触れる映画だった。

 メモはこんな風に始まっている。

 「1937年 3人乗りの車 男3人、草原で連れション 2人、先に車に乗って出発 追いかけて『置いていくな』 『ドイツ贔屓め』 『悪いか』」

 間もなく戦争が始まり、チェコはドイツに占領された。主人公ヨゼフ・チージェクは私のように気が弱い男なのだが、ふとした行きがかりからユダヤ人の青年を自宅にかくまうことになる。なんとかかんとか、ドイツ軍の目からもチェコ人のドイツ軍協力者のめからも隠し通すことには成功した。
 やっと戦争が終わった。ところがチージェクは戦争中、ナチスと親しかったと告発される。そんなことはない。私はユダヤ人の青年をかくまっていたんだ。あいつらと親しいふりをしたのは、その青年を守り通すためだった、と説明しても信用してもらえない。
 じゃあ、その青年から話を聞いて下さいよ。彼が唯一の証人です。
 ところが、その青年がいなくなってしまった……。

 この先が気になる人は、TSUTAYAでレンタルして見てください! 実に心温まる映画です。

 最後のメモは

 白いカラス

 である。アンソニー・ホプキンスとニコール・キッドマンが共演した2003年の作品だ。テーマは人種差別。黒人の血を引きながら、たまたま白く生まれたホプキンスは、大学教授である。ある日、授業に出てこない学生が2人いた。ホプキンスはいう。

 “Can anyone tell me, do these people exist? Or are they spooks?”

 ねえ、君たち。この2人だが、このクラスに在籍しているのかね。それともこの2人はspookなのかい?

 spookとは、簡単な辞書にはghost、つまり幽霊とある。ホプキンスはその意味で使ったはずだった。ところが、この言葉にはnegro、黒人を侮蔑的にさす言葉でもあった。そして、たまたま出てこなかった2人は黒人学生だった。
 教室での、教授による人種差別発言として、ホプキンスは辞職に追い込まれる。

 「私が黒人を差別するはずがないではないか!」

 だって、私の中にも黒人の血が流れているのだ!
 だが、たまたま白く生まれたことを利用して白人として生きてきたホプキンスには、その一言がどうしても言えなかった……。

 こうした中で、ホプキンスは若いコールマンとの愛に溺れ、彼女にだけは真実を話し、救いを求める。だが2人の関係を周りが知るようになった。コールマンはがプキンスの子供を宿し、堕ろしたとの噂が広まって……。

 いや、それはいいのだが、こんな台詞があって目が点になった。

 “Ever hear something called Viagra? Without viagra, I couldn't continue my retiring years”

 ん、ご関心をお持ちの方は、ご自分で翻訳されるようお薦めする。

 そうそう、2人が接近する背景に、クリントン元大統領のセックス疑惑があり、どういう訳か私は、クリントンのテレビでの弁明を英語でメモしている。

 Including questions about my private life, questions no American citizen would ever want to answer. Still, I must take complete responsibility for all my actions, both public and private. And that is why I'm speaking to you tonight. As you know in a deposition in January, I was asked questions about my relationship〜

 なんでこんなメモまで残しているのか。このメモ、どこからもってきたのか? 何かを書き写したのか? そんな弁明演説全文を掲載したような媒体があったか? それともこの映画の中で流れ、それを書き写したのか? 私、こんなに英語が聞こえる耳を持っていたのか? そんなはずはないだろう……。
 ま、というわけで出所不明の文章である。間違っていたとしてもお許し頂きたい。
 なあーに、「らかす」をお読みいただいている方の何人かが、いつ何時クリントンと同じ立場に陥るやも知れぬ。その時のご参考になればと、改めてここに書き写しただけである。

 ん、それで、古いノートはこれからの仕事の役に立ちそうか、ですって?
 ま、そんなそんなヤボはいいっこなし。努力した実績が残ればいいのではないですか?


 昨日はさいたま市に行ってきた。これから始める仕事の参考になればと、関東経済産業局に人を訪ねた。
 ずっと一般道を走って約2時間。そう、独立自営業者になると、高速道料金も、できれば払いたくなくなるのであります。
 で、往復4時間の成果は?

 まちづくりって、やっぱり底に住んでいる人たちが考えるしかないんではないのかい?

 それが分かっただけでも、時間と金と体力を注ぎ込んだ価値はあった。と考えたくなるのは、これ、人間の弱さだろうか?

 明日はまた、妻女殿の前橋日赤詣での運転手となる私である。



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