●日誌一覧

シネマらかす

グルメらかす

音らかす

旅らかす

スキーらかす

事件らかす

 2016年8月19日 とりとめもなく

 引っ越し準備も何となく一段落した。といっても、まだまだ段ボールに詰め込まねばならないものはたくさんあるのだが、詰め込みすぎると毎日用の用が足せなくなる。

 「あとは引っ越し当日にやるさ」

 と開き直っているだけの一段落ではあるが。

 桐生で暮らし続ける準備も進みそうでなかなか進まない。
 なんでも、私は個人事業主になるのだそうで、ではその事業体の名前を何にしようか、というのがなかなか決まらない。
 とりあえずは、

 K.G.LABO

 にしようかなと思っているのだが、

 「いまいち冴えないな」

 という感じが残るのも確かである。

 K.G.

 とは

 桐生(K)を元気(G)に

 の頭文字と考えてもよいし、

 空(K)元気(G

 でも

 キチガイ(K)ごっこ(G)、困った(K)ガキ(G)、気分は(K)崖っぷち(G)、KING GEORGE

 でもよろしい。
 いや、でももう少しいい名前はないものか?

 で、何をするのか。どうやって稼ぐのか。
 これがいまだにはっきりしない。
 基本的な活動は、桐生を世に売り出すことだと思っている。そのために新しいWebサイトを作る。そこで、私が見て感じた桐生を、あくまで主観に基づいて紹介する。

 ・地道に、素晴らしい商品群を生み出し続けている企業、その製品を皆様に紹介する。
 ・メディアで取り上げられることの少ない桐生の美味を発掘する。
 ・面白い、素晴らしい桐生人にご登場願う。
 ・桐生を歩いてみる(腰が全治してから、ではあるが)。
 ・桐生の製造現場に足を運ぶ。
 ・歴史を掘る。
 ・桐生で面白いことをやってみる。
 ・桐生の良さ、悪さを、桐生に移り住んだ人たちから聞いてみる。

 まあ、総合的な桐生紹介サイトである。
 よって、もっぱら取材し、執筆することが活動の基本となる。

 そこまではよろしい。だが、それでどうやって金を稼げるのか? その謎はいまだに解けない。
 だって、このサイトで私が取り上げる企業から私が料金を頂いたりすれば、書いていることの信憑性はゼロになる。それは避けねばならぬ。
 第一、私が取り上げたからって、代金をいただけるほどその企業、食堂やレストランのプラスになるか? これなら金を払いたいという千客万来サイト、商品がバンバン売れるサイトにできるか?
 ま、それは無理というのが常識で、私は常識人であると自負しているのである。

 何とも頼りない出発ではある。

 それでも何とかなるのとちゃう?
 とも思う。

 何だか、私を桐生に残そうという方々がグループを作って私を支えてくださるそうで、私に対する過大評価に恐縮し、身に余る光栄と喜び、であれば収入は年金だけになる9月以降の暮らしも何となるはずだ、と私は勝手に決め込んでいる。

 それに、である。人間は適当に判断を停止した方がよろしい。
 そもそも人間なんて、自分で決められることはほとんどないのではないか。自分で努力を重ね、学び、あれこれ選択を重ねて生きてきたと思いたいのやまやまだが、私の人生を結果から逆に辿ると、流れに乗って生きただけ、とも思えるのだ。
 いまの仕事を選んだのも、自分で選んだような気もするけど、その伏線を考えると、あの時あの人に会い、こんな体験をし、こんな本を読んだ、それがいまの仕事に導いた、と辿れる。つまりは、そんな流れの中にいたというだけのことではないか。
 その仕事の選択、そして社内での人間関係、仕事のし具合、様々なことの結果として、私は桐生に来ることになった。桐生赴任は私が決めたわけではないのだ。
 桐生の何人かの人たちが、私を桐生に残そうと動いてくださったことも、私が御願いしたわけではない。こんな日を迎えるために種をまいた記憶もない。私がただ、私として当たり前に生きてきたら、知らぬ間にそんな流れができていた。
 どっちみち、流れに乗って生きてきた私ではないか。であれば、いまの流れに逆らうこともない。
 これまでは流れに乗って何とかやってきた、これからも何とかなるのではないか?
 
 とはいえ、これから先、私が桐生の方々の期待を裏切る恐れはある。力不足、サボり癖、加齢。不安要因はたくさんある私なのだ。そうなれば、あるいはその兆候が感じ取れたら、

 「流れが変わった」

 と、新しくできた流れに乗って横浜に戻る。あとは毎日が日曜日の暮らしに耐える。

 という程度の覚悟しかない私である。もともとヒーロー体質ではないのだ。そんな67歳が何をやらかすか。そのあたりをご理解の上で、このサイト、そして新しいサイトを通じてお付き合い願えるとありがたい。


 にしても、だ。懸念していたことが実現しそうでいやな気分である。
 懸念の対象は

 アウンサンスーチー

 である。
 ビルマ建国の父の娘にして、ミャンマー民主化運動の指導者であり、ノーベル平和賞の受賞者である。

 これほど立派な経歴をお持ちの女性のどこに懸念を感じたのか。昨秋の選挙で、彼女が率いるNLDが圧倒的に勝ってからである。
 彼女は軍事政権を打ち倒したヒロインになった。が同時に、彼女の

 民主風独裁

 とでもいえる体制が始まったと私は見た。憲法を無視し、大統領の上に立つ最高実力者に自ら座るのは、どう見ても思い上がりである。そして、痩せたおばさんの思い上がりがまかり通る体制は、尋常ではない。

 だから、日本のメディアの持ち上げすぎにも反吐が出そうになった。
 女性。長らく軍事政権に軟禁され、政治活動ができなかった。その劣勢を跳ね返し、軍事独裁を打倒した。誉めあげる材料には事欠かない。
 だが、誉めあげる一方の報道には、どこか胡散臭さが漂う。その臭いをかぎながら、

 「軍事政権時代と、アウンサンスーチー時代と、民衆の暮らしはどちらがいいのだろうか?」

 と私は考えた。
 軍事独裁下でも、民衆の暮らしと権利が守られることはある。民主主義と呼ばれる体制のもとでも、民衆が食うや食わずの暮らしに追い込まれ、自由を奪い取られることもある。
 政治とは結果がすべてである。最低の、あるいは形だけの民主主義より、最高の軍事独裁の方が国民は幸せになることがあるのではないか? 民主主義体制であるかどうかだけで国の良し悪しを判断するアメリカの愚に習ってはいけないのではないか?

 という懸念から8ヶ月。アウンサンスーチーが中国にすり寄る動きを見せた。昨日、中国を訪問、李克強首相と会談した。アメリカよりも、イギリスよりも、フランスよりも、日本よりも、主要国のどこよりも先に中国に足を踏み入れた。
 どんな話があったのか、我々は知るよしもない。が、まず中国を訪れたことは、ミャンマーを中国の傘の下に入れたいのだと受けとっても大外れはしないはずだ。

 いまや、国際法を無視する困った国である。日本を含む周辺諸国に軍事力=腕力を誇示し、きな臭い臭いを振りまく乱暴者である。その中国にミャンマーが接近する。

 これ、ノーベル平和賞受賞者のすることか?

 彼女が最高権力者となってから、ミャンマー国民の暮らしは果たしてよくなったのか。彼女の中国接近はどのような思惑の結果なのか。

 ガリガリの女を誉めあげるだけがメディアの仕事ではない。政治家アウンサンスーチーの政治家としての実像を浮き彫りにする報道がいまこそ必要だろ思うのだが、何故か見あたらない。私の目にとまっていないだけなのか?

 どっか、ちゃんと仕事をしてくれないかなあ。

 あ、俺も9月からはちゃんと仕事をしなくっちゃ。



前の日誌                             
無断               メール