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 2016年6月23日 鍛冶屋

 当地、桐生には数々の誇りがある。美しいマフラーの頂点を創造する松井ニット技研、編み物で世界最先端の技術に挑むフジレース、全身を止めないからくり人形師・佐藤さん……。いまでは、皆我が友である。

 ところが、まだ残ってたんだなあ、凄い人が。

 小黒定一さん。鍛冶屋さんである。農具づくりが本業で、その筋では野鍛冶、というらしい。

 桐生に生まれ、14歳で新潟・燕市の近くで鎌をつくっていた親戚の鍛冶屋さんに修行に出る。あの太平洋戦争前のことだ。この親戚は、農作業用の鎌をつくっていた。地金に鋼(はがね)を巻き、たたいてたたいて刃物にする。日本刀と同じ、昔ながらの刃物の作り方である。

 近年では、工場で地金と鋼をくっつけた複合材が出回っているそうだ。刃物の8、9割はこの近代技術を使った複合材を使っているらしい。職人用の包丁で有名な堺の刃物もそれが大半だという。まあ、そっちの方が楽ではある。

 「だけど」

 もう85歳になる小黒のジッちゃんはいう。

 「私もね、使ったことはある。でも、使ってみると、どうもいかんのだわ」

 昔ながらの製法でつくった包丁と、複合材から仕上げた包丁を比べる。

 「複合材じゃない方が切れ味が長続きするんだなあ。どうしてかはわからないが」

 日本刀の切れ味は世界に冠たるものだ。もともと西洋の刀は突き刺すこと、ぶった切ることを前提につくられている。引いて切れる刀は、私が知るかぎり日本刀だけだ。恐ろしいほどの切れ味がなければ、武器としてそのような使い方は出来まい。

 まあ、それはいい。
 その小黒のジッちゃんと、ふとしたことで知りあった。じっちゃんはまだ現役で、店の横につくった作業場で毎日刃物を打つ。一部は店に飾ってあるが、その数が増えることはない。つまり、毎日ジッちゃんを働かせるだけの注文がいまでも舞い込んでいるわけである。一度使うと、

 「小黒さんの刃物でなくちゃ」

 という客が沢山いる。その客たちが、ジッちゃんを休ませないのである。

 御存知のように、鎌の刃はカーブを描いている。鎌づくりは、このカーブを出すのが難しいらしい。だから鎌が作れるようになると、ほとんどの刃物を作ることができるようになる。最近では農業の機械化が進み、鎌の需要は激減した。だから、包丁もハサミもナイフも、刃物なら何でもつくる。

 「できないのはノコギリとカンナの刃。技が違うんだ」

 だから、小黒さんが打ち出す包丁は見るだに切れそうである。腕のある料理人ならほしくなるに違いない。
 ところが、

 「面白いもんだね。東京からも横浜からも、私の包丁を見に来る料理人が結構いるんだけど、あまり買ってかないんだわ。気に入らないのかと思うと、『こんなに安くて、ホントに使えるのかなあ』なんてつぶやいてる。試し切りして切れ味は気に入ったらしいんだが、どうも、親方や先輩が使っている有名な包丁と比べているらしいんだ。ま、それと比べりゃあ、確かに安いよね、私の」

 ショウウインドウをみると、境でできていれば10万円は超すだろうという刺身包丁に6万8000円の値札が貼ってある。専門家も、ブランドの呪縛から抜け出すのは至難の業なのか。だから、価格を尺度にして道具の良し悪しを判断してしまうのか。

 「でも、これ以上の値段を付けると、この近くの人が買えなくなるからねえ」

 しわくちゃの顔をくちゃくちゃにしながらジッちゃんが笑った。話を重ねれば重ねるほど人柄に引き込まれるジッちゃんである。
 ふと、小黒のジッちゃんが鍛えた刃物を身近にほしくなった。が、私は料理人ではない。農作業もしない。では、何が良かろう? と考えてナイフを思いついた。

 まずショーウインドウを覗いた。10本ほど飾ってあった。サイズを見比べながら、

 「この程度の大きさがいい」

 と思った切り出しナイフには鞘がない。鞘つきのナイフはサイズが遥かに大きい。
 始末の悪い私は、鞘がなければ道具箱に放り込んで刃こぼれさせそうである。だから何としても鞘つきがほしい。だが、これでは大きすぎて取り扱いに困りそうである。

 「うーん」

 と考え込んでいると、ジッちゃんが

 「じゃあ、新しくつくるわ」

 といってくれた。ありがたく申し出を受け、サイズを告げた。

 「じゃあ、出来たら連絡しますから」

 そんな声を背に小黒さんの店を出たのは、先週の初めのことだ。新しくナイフをつくるのである。頼まれた仕事もたまっているだろうから、まあ速くて月末だろうと思っていたら

 「出来ましたよ」

 先週末に連絡が来た。土曜日は終日DACの組み立てがあり、日曜日はジッちゃんの店が休み。月曜日は仕事が入り、火曜日に引き取りにいった。

 刃渡り11p、持ち手が10pで、鞘に収めると全長23pになる。白木の鞘もジッちゃん手作りである。いい。

 「で、お幾ら?」

 私は発注者である。発注時に価格を決めていなかったということは、いわれた価格で引き取る意志が私にあるということだ。
 といえば格好いいが、

 (ウインドウに入っていたナイフは6000円〜8000円程度だった。高くても1万円かな)

 程度の計算はしていたのではある。

 ところが、予想外の返事が戻ってきた。

 「あ、いいよ。それ、使って。私、あれだけいってもらうと、使ってほしいと思うんだわ」

 ん? ただ? これは想定外である。想定外で、実に困る。だって、私は小黒作のナイフがほしくなり、小黒のジッちゃんに労働を強いたのである。それが、ただで済むわけはない。

 「いや、それは困る」

 「困るっていわれたって、私も困る」

 「じゃあ、店に行って娘さんに払ってくる」

 「娘にも、これは差し上げるんだからといってあるからダメだよ」

 ホントかな? とは思ったが、そこまで言われたら引き下がるしかない。

 「わかりました。大事に使わせてもらいます」

 火曜日はそれだけいって引き下がった。


 「こんちは!」

 小黒金物店を再度尋ねたのは昨日のことだ。

 「ほー、どうしました?」

 というジッちゃんに、下げてきた袋を差し出した。

 「これ、飲んでちょうだい。私の好きな酒なんだわ」

 ジッちゃんは仕事を終えたあとの晩酌が何よりも楽しみだと話していた。だとすれば、この流れからすれば、私の好きな「湊屋藤助」を飲んでもらうしかないではないか。昨日の昼前、注文していた藤助が届いたのである。

 「いや、あんた、そんなことされたら……、せっかくあげたのに意味がなくなる」

 「そんな。私だって、貰いっぱなしは困る。だから、確かにナイフは頂きました。今度はこの酒を貰ってくださいよ、御願いします!」

 貰う方ではなく、あげる方が頭を低くして頼み込む。
 我が国には、世界に誇りたくなる贈りもの文化があるのである。

 当初は困り顔だった小黒のジッちゃんも、根は酒好きである。やがて表情が緩み始めた。

 「あのね、これは燗はしないで、冷蔵庫で冷やして飲むと美味いんです。頼んでたのがちょうど今朝届いたんで、小黒さんに是非飲んで貰いたいと思って」

 ナイフの手入れの仕方などをうかがって辞去した。じっちゃん、昨日は晩酌に楽しんでくれただろうか?


 四日市の啓樹宅では、パパが取り組んだRaspberry Piを使ったネットワークプレーヤーと、啓樹がつくったスピーカーが稼働を始めたらしい。音源は、私の音源を外付けHDDにコピーしたものだ。

 夕刻、啓樹に電話した。

 「啓樹、マイケル・ジャクソン、聴けるようになったか?(啓樹はかつて、瑛汰とともにマイケル・ジャクソン・フリークになったことがある)

 啓樹は即座に答えた。

 「うん、聴いてるよ。やっぱりさ、音源がいいからさ、いい音だよ」

 ふむ、音源などという言葉を覚えたか。啓樹、小学校6年生である。 



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