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 2016年4月17日 終わり近く

 熊本の地震、いやあ、大変なことになってきた。
 火山国であり、従って地震国でもある日本は、このような自然災害から離れるわけにはいかないのだろうが、それにしても、阪神大震災、東日本大震災、そして今回の熊本震災。被害の大きさを考えると、何ともコメントのしようがない。

 我が故郷、福岡県大牟田市は熊本県との県境にある都市である。大きなダメージがあった熊本城のある熊本市まで約50q。中学生だったか高校生だったか忘れたが、自転車で遊びに行ったこともある。約2時間半のサイクリングで、熊本城の横を走る坂道を、全身に風を感じながら下り降りた快感が、まだ記憶に残っている。

 それほど近いので、ひょっとしたら故郷も地震の影響を受けたのかも知れない。93歳の母がまだ大牟田におり、親戚も多数いる。

 「心配ですよね」

 と声をかけてくれる人もいるが、実は私は大牟田の現状を知らない。
 老母は痴呆が進み、いまは入院中である。
 面倒を見てくれている弟は、2週間ほど前からバリ島に行っている。定年後の人生をバリで過ごすつもりのようで、向こうで事業を興す野心も持っている。ま、それはどうでもいいのだが、だから地震に見舞われている大牟田には、いまはいない。
 弟の不在中は、弟の次男が時折我が老母を見舞うことになっているが、その甥っ子からは何の連絡もない。

 つまり、老母に連絡を取っても話を聞けるはずもなく、弟には連絡しても仕方がない。その状況で、頼りの甥っ子からは何の連絡もないし、多数いるはずの親戚からも何も言ってこない。
 それに、新聞もテレビも、大牟田で地震被害が出たという情報は流していない。

 「ということは、知らせがないのはいい知らせ(No news is good news.)、なのだな」

 と控えているしかないのである。
 さて、間もなく94歳になる老母は、大地の揺れをどう受け止めたか。受け止めるだけの知性が残っていたか。


 というわけで、熊本の地震騒ぎをよそに、週末の16日、Eric Claptonのコンサートに行ってきた。

 ことは、2ヶ月ほど前、知人から突然の電話をもらったことに始まる。

 「安堂さん、クラプトンのコンサート行かない?」

 いや、行かない? って誘われたって、俺、チケット持ってないし、行きたくても行けないんだけど。

 「僕ね、チケット、持ってるの。4月16日の土曜日で、アリーナじゃなくて1階席なんだけど、1枚余分にあるんですよ。一緒に行きません?」

 突然のお誘いであった。このような目がくらむような誘いを無碍に断る勇気を持ち合わせていないことが私の特質であることは、皆様、すでに御存知のことである。

 「えっ、俺でいいの? 行く、行きますよ、もちろん!」

 という次第で迎えた昨日であった。
 朝8時過ぎ、妻殿と2人、車で横浜に向かった。妻殿は17日、次女の旦那に歯を診てもらうのが目的である。夫婦でありながら目的は違うのだが、とりあえず横浜に行かねばならないことだけは共通していたのである。

 で、私は昨夕、日本武道館に行った。前回の来日公演はパスしたから、2011年以来のEricとのご対面である。

 誘ってくれた知人は58歳。武道館への坂を上りながら雑談した。

 「人のことはいえないけど、高齢者が多いよね」

 とは、我々と同じ流れで武道館に向かう人びとの群れを見ての感想である。

 「そうだよね。これだと、客の平均年齢は45? それとも50?」

 45であろうと50であろうと、我々2人が平均年齢を引き上げていることには関心が向かわなかった。2人の主観では、我々は平均年齢を引き上げられて不満を感じる年代層にいるのである。

 「そうだよね。だって、ナンパしたい女なんて、さっきから1人も見かけないもんなあ。25年前の彼女たちだったら声をかけたくなったかも知れないけど」

 コンサートは定刻を5分過ぎた5時5分から始まった。
 クラプトン、すでに総白髪である。心なしか、足元も昔のように溌剌とはしていない。似たような状態である私なんぞは、

 「よっ、先輩!」

 とでも声をかけたいところだが、さて、英語でどう言えばクラプトンに伝わるのか?

 だが、出てきた音は、容貌や足元を思わせない見事なものだった。クラプトンにしか紡ぎ出せないギター・フレーズは健在だし、リズムも確かだ。声にも張りがある。ポール・マッカートニーにように、音程がふらつくこともない。

 「なーんだ、クラプトン、元気ジャン。これならまた2年後に来日公演するのかな?」

 紡ぎ出す音楽も、すべての曲で何故か曲想が明るい。ひょっとしたらクラプトン、いま幸せの絶頂にいるのではないか?

 そんな思いは、だが、徐々に変更を余儀なくされる。休憩を取るのだ、クラプトンが。

 休憩とは、ヴォーカルを自分で取らないことである。メジャーとは思えないサイドメンに、私が知らない曲を歌わせること2回。サイドギタリストのアンディにも1曲やらせたから、合計3回か。

 「まあ、しゃーないか。71歳だもんなあ。喉が持たないんだろう」

 老いとは恐ろしいもので、かつてはできていたことが、いつの間にかできなくなる。今年の正月、スキーで挫折した私は、痛烈に老いを実感した。
 だから71になったクラプトンが、喉を休ませるためにサイドメンにヴォーカルをまかせるのも、まあ、仕方がないのかも知れない。それよりも、71歳にもかかわらず、我々の前のステージに立ってくれるだけでありがたいではないか。

 1時間40分、ステージは一旦、幕を閉じた。これはお約束である。これから我々が割れんばかりの拍手を繰り返してアンコールする。そうすると、クラプトンがニコニコ笑いながら再びステージに姿を見せ、会場は盛り上がる。
 だって、今日は「Layla」も「Sunshine of your Love」もやってないもん。アンコールでこの定番2曲をやるんだね。
 私はそう思った。会場を埋め尽くした客の多くもそんな期待を持ったはずである。

 で、クラプトンとメンバーがステージに姿を現した。演奏が始まった。

 「ん? 知らない曲だぞ。なんだ、これ?」

 クラプトンは、コンサートのたびに曲のアレンジを変えてくる。だから、弾き始めだけでは、それが何という曲なのかわからないことも多い。昨夜は、「I Shot the Sheriff」がそうだった。

 「もう少し先に進めば、どの曲かわかる」

 と私は思った。
 ところが、である。
 突然、キーボード奏者がヴォーカルを取り始めたのだ。

 「なぬ!」

 が、まだまだ時間はある。この曲を露払いにして、さて、クラプトンはどの曲をとりに持ってくるのか。「Layla」か、それとも「Sunshine of your Love」か。

 残り時間を見ながら、そんな諸相を立てた。ところが、なのだ。
 その曲が終わると、全員が客席に向かってお辞儀を始めた。手を振りながら舞台から引っ込んでしまう。

 「えーっ、これで終わり?!」

 思わず時計を見た。6時55分。ということは1時間50分のステージであった。
 そんな。これまでは2時間がお約束だっただろ? しかも、今回の入場料は1万3500円で、これまでで一番高いんだけど。

 ゾロゾロと武道館を出ながら思った。ヴォーカルをサイドメンに譲って喉を休ませるのはわかる。でも、アンコール曲までサイドメンに歌わせるか? しかも、演奏時間を10分も縮めるか?

 「ああ、もうクラプトンは体力の限界なんだ。これが最後のコンサートになるのかね」

 その足で、誘ってくれた友人と酒を飲んだ。武道館近くのその割烹では、クラプトンの音楽を流していた。コンサート帰りの客が来ると踏んでのことだろう。

 「終わりかね」

 「かもね。でも、5月に新しいアルバムを出すらしいですよ」

 その新しいアルバム、きっと私は買ってしまうのだろう。だけど、クラプトンのアルバム、ここ数枚は衰えが目立つばかりである。今回は、さらに老いまで感じさせてしまうのではないか。

 だが、である。
 一世を風靡した人の晩年はどうすればいいのか。

 自分で己の衰えを知ったら、姿を消す。一番いいときの自分がファンのイメージに残ればよい。
 人は必ず老いを迎える。老醜をさらして何が悪い。多くのファンに人生の実相を伝え続けて何が悪い?

 さて、私もそろそろ老醜をさらしかねない年齢である。
 クラプトンはこれからどうするのか。
 そして、私はどのような人生をこれから選ぶのか。

 
 今朝は瑛汰に、「等積変形」なる面積の出し方を教えた。
 瑛汰の学習塾でのテスト問題を眺めていて、瑛汰が×をもらった問題が目についた。そこには教室で解き方を教えてもらったのだろうが、教えてもらった内容を書き写した瑛汰のメモがあった。ところが、私には理解できなかったので、瑛汰に問いただしたのである。

 「瑛汰、これ、ボスに解き方を教えてよ」

 瑛汰は解けなかった。そこで私の出番となった次第である。
 そして瑛汰に諭した。

 「瑛汰、勉強するってのは、自分が何をわからないのかを知ることだ。自分が何をわかってないかをわかっていないから、教室で先生が言ったことで何となくわかった気になる。それは勉強ではない。自分がわからないことを知って、それがわかるまで先生に聞く。それが勉強なんだぞ」

 瑛汰は何処まで理解してくれたか。

 自分が無知であることに無自覚で、自分の主張だけを声高に叫ぶ大人が大手を振って歩く時代である。瑛汰にも啓樹にも嵩悟にも璃子にも、そんな大人にだけはなってほしくないボスであった。



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