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 2015年12月9日 失敗は……

 Mistake is the mother of success.

 という。失敗は成功の母。そりゃあそうだ。1度失敗しておきながら、再び同じ事に挑んで同じ失敗を繰り返すなんて、人の風上には置けないヤツだ。みそ汁で顔を洗って出直すがよい。

 と、いつもの私なら切れの良い啖呵を切る。しかし、

 Mistake is the mother of mistake.

 失敗は失敗の母、を実践してしまったいまの私には、とてもそんな勇気はない。いやあ、ほんと僕ってダメなヤツ。失敗して、こりゃあいかん、取り戻さねばと思ってもう一度やって、やっぱり失敗して……。
 はい、私には生きていく価値がないのではないか、と昨夜から自己嫌悪に陥っておりまして……。


 というわけで、話は当然のことながら、昨夜に飛ぶ。

 昨夜は、恒例の産官学飲み会であった。老いも若きも、女性も男性も、とにかく楽しく酒を酌み交わす。笑顔しかない飲み会への参加費は一律5000円。ただし、参加者の一般公募はしておらず、新規参加者になるには、既存参加者の紹介が必要という、桐生市きっての秘密結社めいた飲み会である。

 その発起人の一人である私は今回、ふと思いついてしまったのだ。思いついただけなら自己嫌悪に陥ることもなかったろうが、思いついたことを、あろう事か人前で発言するという、許されざる行為をなしてしまったのである。

 「今度、パエリア作ろうか?」

 ご記憶であろうか。11月はじめの日誌で連載した私のパエリアづくりを。友人O氏の口車に乗り、否応なくパエリアづくりをせざるを得なかった11月3日のことを。
 どうやら、あの成功体験が私を思い上がらせたらしい。

 「ふっふっ、俺のパエリアを、食った連中は絶賛した。そりゃあそうだろう、美味いんだもん。であれば、飲み会の仲間たちにも、至福の味を楽しませてやるか」

 だからこれは、

 Success is the mother of mistake.

 という話なのかも知れない、といま思いついた。

 それはそれとして、鼻持ちならないほど思い上がった私の発言は、なぜか多方面からこれ以上ないような歓迎を受けた。

 「安堂さん、それはいい。うん、俺も話しに聞いて、一度食べてみたかったんだ、安堂製パエリアを」

 おお、そこまで言うか。であれば、我が腕前を見せてやるほかないではないか。

 かくして私は、わざわざデニム製のエプロンをamazonに注文した。妻女殿は横浜の次女に

 「というわけだから、お父さんの大きな頭に巻けるバンダナを買って送ってくれない?」

 と電話をかけた。
 バンダナは間に合わなかったが、デニムのエプロンは到着した。パエリア鍋はO氏から借り受けた。かくして私は昨日、エプロン、バンダナ、それに研ぎ立ての愛用の包丁を携え、午後4時半には現地入りして鳥肉、イカ、玉ねぎ、ピーマン、トマトの下ごしらえにかかったのである。
 下ごしらえ中の私に、店の人が声をかけた。

 「ああ、そういえば安堂さん、屋内でやってもらうつもりだったけど、料理を並べる都合を考えたら、どうしても屋外でやってもらうしかなくなったのよね」

 いま思い貸返せば、それが警告だったのかも知れない。だが、自信に溢れているときは、警告が警告と聞こえないのが人の常である。

 「ああ、今日は風もないようだから、大丈夫だよ」

 暖かい屋内から、初冬の寒気が忍び寄る屋外に追い出されても、私の意気はまったく衰えなかった。そして、午後5時半、ガスコンロに火を入れ、パエリアづくりに取りかかった。

 パエリアが出来上がるには、おおよそ1時間ほどかかる。が、40分ほど過ぎると仕上がりが気になるのが、これも人の常であろう。上にかぶせたアルミホイルを少しめくり、小さじで上の方の米をちょっぴり取って口に運ぶ。

 「ん? 水は引いているのに、これ、まだほとんど生米じゃないか」

 いや、この程度で慌てては、人様に料理を振る舞う人間としては失格である。
 かようなときには、あたかも当然のこと、通常の手順の一つをこなしてるかのように装いつつ、こういう。

 「ゴメン。お湯を持ってきてくれるかな」

 運ばれてきた湯を、製造途中のパエリアの上から注ぐ。米が生煮えなのに、鍋の中にほとんど水分がないのなら、もう少し水分を足してきちんと煮るしかないではないか。パエリアの米はアルデンテに仕上げるのが鉄則とはいえ、これはアルアルデンテアルデンテ、とでもいいたくなるほどの生煮え度なのだ。

 かくして、5、6度にわって味見をした。その度に湯を加えた。しかし、いくら待っても、

 「これでいい」

 というアルデンテにはならない。まあ、仕方ないか。この程度まで火が通ったら、まあ、食っても良いだろう。
 かくして、昨夜の第1弾は人様の胃に運ばれることになった。

 無論、かようなときには、口舌によるメンテが必要である。

 「皆様、パエリアが出来上がりました。が、です。米をアルデンテで楽しむのがパエリアの鉄則ではありますが、どうやら少しばかりアルデンテの度が過ぎた仕上がりになってしまいました。御免なさい。まあ、米ですので、少しばかりアルデンテの度が強くてもお腹を壊すことはありませんので、楽しんでください」

 さて、いかなる反応が戻ってくるか。表面は平静に、だが心の内では焦りながら皆のコメントを待った。

 「いやあ、安堂さん、これ美味いわ。あんたすごい!」

 「生煮え? ちっとも気にならないよ。そんなことより、とにかく美味い! 素晴らしいわ!」

 想定外の反応である。であれば、私の想定外の反応を返すしかない。

 「いやあ、皆さんは優しいわ。涙が出るほど優しい人ばかりだ。こんないい人たちと酒が飲めて、これ以上幸せな夜はない!」

 といいながら、心ではまったく違うことを考えていた。

 「次のパエリアは絶対に成功させて汚名を挽回するぞ!」

 あろう事か、昨夜はパエリアを2度に渡って作ることになっていたのである。30人前後での飲み会。鍋1枚では全員が満足するほど食べられないだろう、という予想に基づく計画である。

 かくして私は、やっとすべてのテーブルが酒で賑わい始める頃、再び12月の夜の屋外に出た。寒い。先ほどより冷え込みが強まっている。
 が、心にあるのは一つのフレーズだけだった。

 リベンジ!

 生煮えはもう許せぬ。だから、2回目は米の量を少なくした。1回目より、水と米の比率を水に傾けた。これで生煮えにはならない。バリバリの本格パエリアができる。私はそう信じて疑わなかった。
 ああそれなのに、それなのに。

 作り始めて40分、再び味見を試みた私は絶望の淵に立たされた。硬い、米が。生である、米が。今回もアルアルデンテアルデンテではないか!

 かようなときに出る言葉は一つだけである。

 「湯、湯、湯を持ってきて!」

 が、である。弥縫策は、如何せん弥縫策でしかない。2度目のパエリアを運びながら、私は再び口舌の徒と化した。

 「いやあ、こんなはずじゃなかったんだが。使ったコンロが悪かったのか、米が乾燥しすぎていたのか……」

 だが、皆はあくまでやさしかった。

 「何言ってるの。十分だよ、十分。俺、もう3杯目だぜ。美味くて美味くて、いくらでも食べたくなっちゃうよ、これ」

 感謝、感謝、そして感謝。反省、反省、そして反省。


 今日、我がパエリアの師であるカルロス(「グルメらかす」をお読みいただければ、何度でも登場する我が友であります)に電話をかけた。

 「という訳なんだけど、何で失敗したのかね」

 「水と米の加減はどげんした?」

 「いや、水面下ギリギリまで米を入れたんだけど」

 「あ、そりゃ入れすぎたい。鍋の大きさは?」

 「そうだなあ、直径50pぐらいか」

 「そんなら、水面下1pぐらいまでしか米を入れたらいかんと。だいたい、米は水を吸うけん、煮込みにかかるときはほとんど米が水分を吸ってしまっちょるけん、そりゃあ生煮えになるばい。まあ、生煮えになったら、出来上がった全体をかき混ぜて生煮え部分を下に入れると。そぎゃんすると、余熱と他の米の水分でちゃんと煮えるとばってんね」


 は、さようであったか。しかし、師の元で50人前の大鍋でパエリアを作った時は、水面よりほんのちょっと下まで米を入れたような記憶があるのだが……。私の記憶の混乱が原因か?

 そして昼前、昨夜と同じ場所で人にあった。昨夜のパエリアが残っているというので、彼に食べてもらった。

 「えっ、こりゃあ美味い! 噛めば噛むほど味が出る。あんた、こんなに美味いものが作れるの!? すごいなあ」

 と絶賛した彼は、残り物のパエリアをパック詰めしてもらい、嬉しそうに持ち帰った。やむなく私は注意事項を告げた。

 「レンジでチンして温めると、もっと美味しくなります。あるいは、水を加えて煮るとリゾット、西洋風おじやにもなります。どっちで食べても美味いですよ」

 彼は

 「母ちゃんと2人で晩飯にする!」

 と言い残して店を出た。

 ふむ、しかしながら、失敗しても絶賛を得ることができるパエリア。これはたいした料理である。
 もしもういちど作ることがあったら、今度こそ水加減を上手にし、

 これぞ本格パエリア!

 といえる逸品に仕上げたいと志す、2度に渡る失敗にもめげない私であった。
 いや、ホントはかなりめげているんですけどね……。



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