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 2015年9月1日 エンブレム

 いやあ、これは急展開である。
 佐野氏作の東京五輪エンブレムが使われないことになった。公式には、佐野氏が使用取りやめを申し出たとのことだが、恐らく、それは形だけのこと。実質は、

 「こんなもん、使えんわ!」

 と関係者が断罪したのであろう。本人からの申し出を受けて、それを認めた形にしたのは、佐野氏のデザインを選んだ連中の「保身」に過ぎない。つまり、選んだ私たちは間違っていなかった。佐野氏が申し出たからそれを認めただけだ、ということにしたんでしょ? 薄汚いおじさんたちが考えそうなことである。
 だって、こんなに疑惑が湧き出し、とうとう、「エンブレムの使用例」として本人が出した合成写真に、他人の写真を無断で使っていたというのだから、もう、これは救いようがない。多分、最後の段階では、

 「おい、ここまで来たら、もう支えきれんなあ。だけど困った。どうやったらどうやったら俺たちの責任から逃れられる?」

 「責任、って、おい、あんた、何かやったのか? 佐野氏を抱えていた博報堂から金をもらったとか」

 「いや、その、それは……」


 なんてやりとりがあったのではないか? というのが下種の勘繰りでないことを願うばかりだ。

 さて、とりあえず一件落着した東京五輪のエンブレム問題だが、課題はたくさんある。

 もし、である。大会の組織委員会が言うとおり、これが佐野氏の申請に基づくものなら、組織委員会は佐野氏に対して損害賠償を請求すべきである。
 だって、佐野氏のデザインを採用したあと、委員会は大々的な発表イベントを開き、ポスターを印刷し、幟をつくり、と惜しげもなく金を使ってエンブレムの浸透を図った。1億や2億では済まない、沢山の金がかかったはずである。
 それが、佐野氏の申し出で無駄になった。

 「俺たちは何があってもあのエンブレムを使うつもりやった。だからいっぱい金を使ったのに、あんたのせいで、金が無駄になったやないか」

 というのは、万人が認める論理であるはずだ。損害の賠償を請求しないなら責任は佐野デザインを採用し、それをもとに金を使ったあんたたちにあるはずで、無駄になった経費はあんたたちのの財布から補填すべきだろう? 
 それもしないなら、もともと佐野氏と出来レースをして、それがばれると責任を曖昧にして逃げ回ったと後ろ指をさされますぞ。あ、後ろ指ぐらいでは痛さもかゆさも感じないからそんな役職に就いてるのかも知れないが。

 佐野氏に損害賠償を請求するのは、委員会だけではない。大会の公式スポンサーを始め、一度決まったエンブレムをもとに、金を使った企業は多かろう。NHKのニュースでは、JALがエンブレムのパネルを作って空港のタラップなどに取り付けていた絵があった。そんな費用がすべて無駄になる。すべて佐野氏が、使用中止を申し出たためである。損害賠償を求めなければ、経営陣は

 「会社に損害を与えた」

 と株主代表訴訟を起こされかねない。

 一連の騒ぎのきっかけを作ったベルギーのデザイナー=自分のデザインがパクられたといった人=は、訴訟は取り下げないのだという。この訴訟に佐野氏はどう対処するのか。

 いずれにしても、サントリーのトートバッグのデザイン盗用といい、佐野氏の信用は地に落ちた。まさに、天国に登って世界を制覇したと思った瞬間、奈落の底に堕ちたようなものである。これで、彼にデザインを依頼する人、会社は絶無となろう。つまり、彼のデザイン事務所は仕事がなくなり、経営が破綻する。佐野氏本人、その家族の収入が途絶するだけでなく、彼の事務所で働いているデザイナーの卵、ひよこ、事務職員は仕事を失って路頭に迷う。デザイナーとして腕に覚えのある卵やひよこだって、

 「えーっ、あのパクリの佐野事務所にいたの?」

 というわけで、再就職も思うに任せまい。

 さて、佐野君、今日からメディアは、一枚岩となってあなたを叩きまくる。その重圧に加えて、これだけの課題。ねえ、この一連の騒ぎをどう収める? やっぱ、逃げるしかないかなあ?

 佐野氏を離れると、新しい東京五輪のエンブレムをどうする? という課題もある。ま、また公募して、審査して、となるのが普通なのだろうが、NHKの7時のニュースを見ていて、
 
 「おっちゃん、それ凄い!」

 と思わず叫んでしまったアイデアがあった。
 街頭でのインタビューに答えて

 「そんなもん、1964年のオリンピックで使ったヤツを、もういちど使えばいいやんか」

 と言ってのけたオッちゃんがいたのだ。 
 うん、それならまったく金はかからないし、第一、

 「これ、東京で2回目のオリンピックなんでっせ」

 という、強いアピール力がある。
 組織委員会の皆さん、そうしません? あの日の丸を前面に出したデザインに、これは2回目なんだということが分かる何かを付け加えれば、極めて完成度の高いエンブレムになると愚考するのだが。


 にしても、だ。
 昨日、私は「報道2001」での小野寺・元防衛大臣の発言を紹介した。ご記憶かも知れないが、

 「ほかの人のやった仕事をパクったンじゃないかといわれるもので、文学賞は取れますか? 学会で論文が通りますか?」

 というものだ。
 書いたときは思いつかなかったが、この結末を見ると、政府の中では佐野エンブレムは使えない、という方針が、すでにあの時点でできていたのではないか? だから小野寺は、自信を持ってあんなことがいえたのではないか?

 そういえば、新国立競技場の見直しも、安倍首相から出たことだ。だとすれば、エンブレムだって安倍が決めたっておかしくはない。
 防衛関連法案で支持率が地に落ちつつある安倍内閣である。オリンピックのゴタゴタで得点を稼ごうとすることは十分にあり得ることだ。

 にしても、だ。
 私は8月29日の日誌

 東京五輪。
 信じられないことのオンパレードが始まった。

 いまや、私は預言者である。
 2度あることは3度ある。さて、3度目、4度目の「信じられないこと」は、どんな相貌で我々の前に姿を現すのか。
 今から楽しみなことである。



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