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 2015年8月24日 受験秀才

 まあ、朝日新聞とは極めて律儀な新聞であることよ。
 前回の日誌で私が懸念したことを、そっくりそのまま社説で実演してくれた。朝日の何という論説委員がお書きなったか知らないが、あなたの頭脳は、答えが一つしかない受験問題を人より速く、正確に解くには適した構造になったいるのかも知れないが、いくつもの解答があり得る現実社会の問題を相手にすると、とたんに切れ味が鈍る特殊な頭脳である。
 自分の書いた社説を読み直して、そうはお考えにならないか?

 と、悪口雑言を浴びせかけている本日の社説を、ここに採録しよう。そして、皆様とともに読みながら、何処がどうアホなのかを検証したい。幸いなことにネットで探し当てることができたのでできることである。


 中1男女殺害―防ぐ手立てなかったか

 ——これが見だしてある。この見出しに引かれて、私は久しぶりに社説を読んだ。そりゃあ、防ぐ手立てがあったのなら知りたい。が、この書き方だと、どうせ屁の突っ張りにもならないご託を読まされるのだろうな、という予感が見事に的中するのは、流石安堂、というべきか。それとも流石朝日新聞というべきか。

 夏休みのさなかに悲しく凄惨(せいさん)な事件が起きた。 大阪府寝屋川市の中学1年の女子生徒(13)が殺された事件で、同市内の男(45)が死体遺棄容疑で逮捕された。一緒にいた男子生徒(12)も遺体で発見された。
 女子生徒は吹奏楽部でトロンボーンの練習に励んでいた。男子生徒は「人をたすける人になりたい」と小学校の卒業アルバムに書いていた。

 ——女子生徒が自宅でハーモニカしか吹かず、男子生徒は「絶対に失業がない公務員になりたい」と卒業アルバムに書いていたら、この論説委員はどうしたろう?

 将来ある最愛の子を非道に奪われた家族の心痛は、察するに余りある。なぜ2人が狙われ、どんな手口で近づいたのか。同種の事件を繰り返さないためにも、警察は事件の解明に向け全力をあげてほしい。
 考えたいのは事件に巻きこまれる前に、被害に遭うのを防ぐ手立てはなかったかだ。


 ——そう、そこなのよ、私が知りたいのは。

 防犯カメラには、事件前、2人が商店街を歩く姿が映っていた。深夜とはいえ、人通りも少しはあった。まだ幼さが残る男女だ。長時間、街をうろつく姿に、帰宅を促したり警察に連絡したりする大人がいなかったのか、悔やまれる。

 ——ま、悔やんでも遅いわな。現実には誰もいなかったわけだし。
 それに、長時間うろつく姿、っていうけど、街ですれ違うのは一瞬でしかない。その一瞬で、長時間うろついているのか、何かやむにやまれぬ用事があって走り足で外出しているのか見分けることができるか? できるとしたら、私には神業としか思えないのだが。
 そもそも、いまや子どもに注意しようものなら、親に睨まれる時代だぜ。それでも、あんたなら注意するか? 「お前たち、何時だと思ってるんだ。子どもが遊ぶ時間じゃない。さっさと家に帰れ」って怒鳴りつけるか? それより、「ああ、こんな時間まで遊ぶ歩いて。親の顔が見てみたいよ」と心の内でつぶやきながら見て見ぬふりをするんじゃないか?
 それに、だ。もし、誰かが注意したとして、素直に聞いたかね? 「おじさん、分かりました」って、家に戻ったか? 注意を聞くふりをして、またどこかに遊びに行こうとしたら、首根っこを捕まえて家まで送り届けるお節介を、あんた、したか?
 警察なんて論外だろう。だって、ストーカーされて困ってます、って訴えたって何もしてくれないんだぜ。挙げ句に殺された女性の話は、朝日新聞にも載っていただろう。読んでないのか? 「中学生が、こんな時間にうろついてます」程度の情報で、警察が動いてくれるか? あなたは警察大好きかも知れないが、警察なんてその程度のもの、という割り切りも必要なのである。

 昔は面倒見のよい大人が地域にいた。人間関係が希薄になり、他人への干渉を避ける風潮が強まっていないだろうか。


 ——強まっていないだろうか、じゃないんだよ。強まってる、って、あんたたち、長年にわたって書いてきたじゃないか。マンションじゃ、隣の人の顔も知らない、とか。何十年前からかね? それを今さら持ち出されたって、読者は困惑するのであります。

 夏休みになると子どもは開放的になり、夜間の外出や、普段とは異なる行動パターンをとることも多くなる。学校の目も届きにくい。それだけ犯罪被害に遭う危険性が高まることを、大人がしっかり認識したい。
 身を守るすべを、子どもにも教えておくことが大切だ。
 昨年9月に小学校1年の女児が殺害された神戸市では、市教委が夏休み前、全小中学生に防犯チェックシートを配った。
 車の中から道を聞かれたら「車と距離を取る」「危険を感じたら車の進行方向と反対へ逃げる」など、具体事例ごとに家庭で話し合える内容だ。

 ——ほらほら、見知らぬ他人は犯罪者、って教えてるじゃない。そんなことを教えられている子どもに近づいたら逃げ出されかねないし、「あんた、私の身体がほしいの?」って目で睨まれかねない。ま、相手によってはそお程度の妄想を私は抱くかも知れないが。それは別として、だから他人の子には手が出せない、いや違った、声がかけられないのよ。
 そもそも、自分の子も他人の子も同じように叱りつけて躾をするって、「世界は一家、人類皆兄弟」みたいな共同体意識がなければできないことだよね。その幻想共同体は、日本ではずいぶん前に崩壊した。共同体が厳然と生き残っている時代には、そういう地域社会の目は自由への桎梏だった。それもあって多くの若者が田舎を出て都会に向かった。そこには他人の目はなく、群衆の中の孤独があったわけだ。そしてそれが近代化といわれ、田舎も徐々に都会の風に染まって今がある。
 だからねえ、こんな事件があるたびに、「昔はよかった」なんてご託を並べるのは知的退廃なのよ。今を今として認めて、その上でどうするかを考える。それがあんたたち「インテリ」の使命なんじゃないの?
 御願い、褌を締め直して! あ、ブリーフか。じゃあ、ダメだ。

 小学生向けの防犯対策はあっても、中学生になった途端、保護者も地域も油断しがちだ。
 警察庁によると、中学生の犯罪被害者数は昨年までの10年間、小学生を上回っている。最近は携帯電話を通じて犯罪に巻き込まれることも増えている。
 教育委員会や学校は、繰り返し注意を呼びかけてほしい。

 ——ねえ、ここまで読んできたのに、ないでしょ、防止策。あるのは「昔はよかった」みたいな、無責任なノスタルジアだけ。
 まあ、こんな毒にこそなれ、薬には絶対にならない文字の羅列で飯が食えるって、ああ、羨ましい!

 今回の捜査では、犯行時間の絞り込みや容疑車両の特定に、防犯カメラの映像が有力なツールとなった。一方、犯罪抑止の面では役割を果たせなかったともいえる。社会がどうカメラを使いこなすか、今後のカメラの設置のあり方を考える上でも、一つのきっかけになろう。

 ——さあ、ここだよ、私が指摘したのは。
 「犯罪防止の面では役割を果たせなかった」だって? あんた、頭おかしいント違う? 監視カメラで犯罪が防げると本当に思ってるの? 
 ねえ、例えば東京港区には何台の防犯カメラがあるのか知らないが、それを使って犯罪を防ごうとすれば、監視カメラ1台につき1人、とまではいわないが、5台に1人ぐらいのカメラ監視員が必要だろう。しかも、24時間、カメラの映像を見続け、起きようとする犯罪に目を光らせるしかない。
 そんなこと、できますか? それにかかる人件費は置くとしても、3交代制として8時間、5台のモニターに注意を払い続けることができますか? それが毎日続くんだぜ。そんな仕事、やってくれる人はいますか?
 それが可能になるのは、映像から犯罪を見分けるソフトウエアが開発されてからである。でも、路上で抱き合う2人と、刃物を持ってもつれ合っている2人を見分けるソフトウエアって、できるのかな?
 で、ここには、市民の暮らしが監視されているという危機感が皆無である。ねえ、ジャーナリストって、権力を監視するのが役割じゃなかったっけ? 種々の犯罪を利用しながら、市民生活に監視網を張り巡らし、市民をがんじがらめにしようとする権力の動きを感受するセンサーをまったく持たないジャーナリスト。そんなの、ありかよ?! 楽だよな、警察。こんなぼんくらジャーナリストしかいないんじゃ。

 ——と、最後まで読んできて、どこかに「防ぐ手立て」は、いや、そこまでは行かなくても「防ぐ手立てのヒント」ぐらいはありましたかね? 私の目には1個も見つかりませんでした。私、老眼が進みすぎたのでしょうか?
 その老眼で申し上げると、この社説、駄文というほかありません。
 いや、いくら朝日新聞の論説委員殿がお書きになろうと、駄文は駄文。そういってはばからない私であります。



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