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 2015年3月19日 快刀乱麻

 本が好きであることを自認する私はかつて、書店を歩くのが好きだった。
 そりゃあ、書店によっては看板娘もいる。はりゃまあ、といいたくなるほど看板に無頓着な書店もある。そのどちらもが好きだったから、決して淫らな心で書店を歩いたのではない。

 書店に入る。一斉に書籍が私をみる。その感じが好きだった。
 ここで世界最高の、最先端の知識が、私を待つ。
 何となく、そんな高揚感を感じた。

 さらに、通い続けると、私に呼びかける本が出始める。

 「おい、そこのあんた、俺の前を素通りするのかね。俺を読まずして世界を語るのかね」

 私の耳元で、そんな声が聞こえた。声のした方をみると、ふと目の焦点が1冊のほんの背表紙にあう。

 「呼びかけたのは、お前か?」

 そんな瞬間にワクワクした。

 書店巡りをしなくなって、もうずいぶんたつ。まあ、妻女殿を前橋日赤にお送りする日は、月一の書店巡りの日ではある。妻女殿を前橋日赤で降ろすやいなや、私はけやきウォークに車を向けて書店に入る。
 だが、書棚に並ぶ本に呼びかけてもらうには、月一では足りないのだ。もっと頻繁に書店に足を運ばねばならなぬ。だから、けやきウォークで私に声をかける本はなく、新聞の書籍広告でみて、

 「これ、面白そうだな」

 と記憶に残った文庫や新書、それに何の役に立つのか分からないが、ギターの教則本を飽きもせずに買う。それだけの書店行きである。

 で、いまや本を入手する主戦場はamazonに移った。
 新聞の書評欄が取り上げる新刊書は、ほとんどがハードカバーである。高い。だから、書評を読んで

 「これ、読むか」

 とピンと来た本はamazonで検索する。そして、けっしてそのまま買わない。中古本を探すのだ。

 「あ、まだ高いや。しばらく待つか」

 そんな本が、まだ10冊ほど貯まっている。月に2、3回検索して価格の下がり具合を見、

 「そろそろいいか」

 と考えるのは、おおむね定価の6割以下に下がったころである。こうして今月は

 ・現代中国の父 搶ャ平
 ・市場と権力 『改革』に憑かれた経済学者の肖像
 ・オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史 1 二つの世界大戦と原爆投下

 を買った。こいつらはまだ棚の中で、私が読む気になるのを待っている。


 実はこの本も、amazonで価格が下がるのを待つはずだった。

 「蒙古襲来」(服部英雄著、山川出版社)

 それを、ついつい新刊で買ってしまったのは、3月8日の日誌でご報告した。
 せめて1500円以下に下がったら買おうと思っていた本を定価の2400円(税込みだと2592円)で買ってしまったのは、かつて私に備わっていた、本に呼びかけていただける能力が、ほんの少しだけ残っていたのかも知れない。

 で、読んだ。読み始めたらページをめくる手が止まらなくなった。500ページをこす大著であるにもかかわらず、1日目でほぼ半分読み、翌日以降も時間があればページを繰って、確か3日で読み終えた。

 快刀乱麻を断つ

 というのは、このような本のためにある言葉である。

 あの創価学会があがめ奉る日蓮さんが、夜を日に徹して仏さんに祈願したが故に神風が吹き、蒙古の船団を海のもずくにした、という言い伝え(私は映画で見た。確か、長谷川 一夫が日蓮の役で、暴風雨のなか、ムシロで囲った仏壇に「南無妙法蓮華経」と数珠を握りしめて祈祷していた)は、全くのでたらめであることを、微に入り細を穿って論証した本だ。
 つまり、蒙古群は神風が追い払ったのではない、という事実を論証してしまった。
 日蓮宗徒も創価学会員も、できれば焚書してしまいたくなる本である。
 もっとも、この本が主要敵とするのは、歴代の史家たちが何の疑いも持たずに利用してきた「八幡愚童訓」という、著者不明の宗教書であるが。

 著者の論は、実に明確である。

 あの時代、何故に蒙古は日本に攻め入ったのか?
 硫黄がほしかった。
 当時の日本は南宋との交易関係が深く、日本からの主要輸出品は硫黄であった。火山国、地震国である日本では豊富に採れる。が、火山の少ない中国では貴重品だった。そして、硫黄は火薬の原料なのである。
 南宋をなかなか攻め落とせなかった元は、南宋の武力を弱めることを目指した。そのために、日本からの硫黄輸出を止める。火薬製造が困難になれば、南宋の武力は落ちる。
 それだけでなく、日本を切り従えることができれば、日本の豊富な硫黄は元のものとなる。南宋に対して圧倒的に攻撃力が勝ることになる。

 ほっほ。そんなこと、中学でも高校でも習わなかったゾな、もし。私が学んだ歴史では、領土拡大欲に駆られた邪悪な元帝国が、何の理由もなく、突然日本に攻め込んでいた。フビライとは何とひどいヤツだ、と思っていたが、対立国に武器弾薬を供給している国を叩くというのなら、なるほど、それは攻め込まれても仕方がないであろうと納得がいく。

 で、これを前提に、著者はこれまでの通説を完膚無きまで叩きつぶす。内外の歴史文書を丹念に読み込み、気象学、海洋学など動員できるあらゆる最新知識を活用し、通説をバッタバッタとなぎ倒す。
 さて、そのようになぎ倒して元軍を追い返したのは神風ではなく、日本の武士たちの獅子奮迅の戦いであったことを描き出したか。
 それはこの本を手に取られた方が自ら読み取っていただきたい。

 これ、久々に現れた、胸のすくような学術書である。


 といいながら、著者の服部氏にほんの少しばかりの御願いを。

 あのう、できれば漢文の歴史文書は、すべて読み下し分にしていただきたかったのですが……。

 いや、前半はほとんどの漢文に読み下し分がつけられていて、私のような門外漢もなんとか意味をくみ取ることができた。しかし、後半になると読み下し分がだんだん減り、終わり近くなるとほとんど現れなくなる。

 賊船事、雖令退散、任自由、不可有上洛遠行、若有殊急用者、申子細、可被随左右矣

 などと出てきて、そのあとに何の説明も読み下し分もないと、私なんぞは呆然として

 「なに、これ……」

 と呆然とするしかない。

 ではあるが、とにかく、ご一読をお薦めしたくなる本である。
 書店に立ち寄られる機会があれば、是非レジに運んでいただきたい、と御願いして筆を置く。



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