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 2013年9月18日 コーヒー

 私の携帯電話が鳴り始めたのは、朝の8時半頃だった。出ると、

 「あ、すみません」

 と女性の声だ。
 最近、私の携帯に電話をかけてくる女性は、そのほとんどが電話営業である。ともすれば引き込まれそうになる甘ったるい声に心はグズグズに緩みながらも、

 「そんなもん、いらん!」

 と冷たく突き放す。私は、色欲より金銭欲に囚われたつまらぬ人間である、と嘆息しないでもない。だけど、そこで色欲に屈服して鼻の舌を伸ばして色良い返事をしても、電話の向こうの女性が、その私の意欲、色欲に応えてくれるはずもない。だとすれば、財布の紐を締めるしかないではないか。

 だけど、それにしては時間が早いな。ずいぶん熱心な電話営業もいたものだ。今月のノルマが達成できそうになく、焦ってるのか? だとしたら、私がつけ込むすきもあるのか?
 と考えたかどうかはともかく、電話の声は続いた。

 「あのー、朝早くから御免なさい。コーヒーが届いたんですけど」

 コーヒー? そういわれて、瞬時に思い出した。そうそう、コーヒーだよ。

 電話の主は、行きつけの理髪店の、私専用の理髪師である。女性。確か、41歳か42歳のアラフォーである。元ミス桐生の、元美女だ。

 いや、元ミス桐生だから、彼女の元に月一通うようになったのではない。
 桐生に来て、

 「さて、床屋は何処にしよう?」

 とずいぶん探し回った。
 知り合った人に聞いては店に足を運ぶ。何となく気に染まずに、店を変える。
 そんな中で気に入ったのは、前橋日赤の近くにある理髪店だった。同年配の店主が、実に丁寧に刈ってくれる。妻を前橋日赤まで送り届けるたびに通っていたが、時として、その日が休店日だったりする。そうすると、ハサミを入れなければどうしようもないほど伸びた髪がうっとうしい。

 そんなわけで、飲み屋で知り合った理髪師に、

 「あんたに刈ってもらったら、10歳ぐらい若く見えるかな?」

 といってみたら

 「任せて下さい!」

 というので、しばらく通った。しかしこの人、40を過ぎて独身。それもいかがかとは思うが、それとは別に、頭を触ってもらいながらいろいろ話しているうちに、私に反発心を持っているらしい様子に気がついた。
 まあ、彼のいう桐生再建案を、それだめ、これもだめ、とだめ出しを続けたためだろう。私としては、桐生を再建する意欲を持っているのなら、正しい道、ちゃんと再建できる路を歩いて欲しいと思っただけだが、確かに、自分が暖めてきた案を否定され続ければ、気分も害するはずだ。

 そんなわけで、次の店を探し、これも夜に知り合った理髪店に変えた。
 この床屋さん、実は二つの顔を持ち、理髪師であると同時にWebデザイナーであった。ために、私が椅子に座って鏡とにらめっこしていると、彼の電話が鳴る。

 「はい、もしもし」

 と出た電話の相手は、どうやらもうひとつの職業の客らしい。話し込むこと5分。

 「ああ、済みません、電話が来ちゃって」

 うん、電話が来たことはいわれなくても分かる。でも、それはなかっぺや。二つの職業を持つのは勝手だが、そのうちの一つの職業に客がいるときは、もうひとつの職業の客からのアクセスを拒否すべく、携帯電話の電源を切るぐらいのことは出来ないのか?

 「いや、そうすると、あっちの客を失いかねねいので」

 とは、私が問わなかったので、彼が言ったことはない。しかし、その程度のことだろうとは想像はつく。
 これは、目の前の客には余りにも失礼である。
 
 「なので、次の理髪店、何処にする?」

 と、知り合いに聞いた。

 「だったら、ここにしたら」

 といわれていったのが、いまの店である。

 「俺の高校の同級生でさ、うん、美人だよ。独身だったかなあ……。お姉ちゃんもいるんだけど、お姉ちゃんは確実に独身」

 ま、その言葉の何処に引かれたのかは読者のご想像に任せるとして、とにかくその理髪店に通い始めた。もう1年前後になる。
 
 念のために書き記しておくが、彼の同級生の彼女、旦那持ちである。
 確実に独身だったはずのお姉ちゃん、結婚していた
 それでも、その理髪店に通っている。その範囲内でご想像願いたい。

 前置きが長くなった。
 とにかく、電話をかけてきたのは、その元ミス桐生であった。そういえば、1週間ほど前に理髪に行ったとき、

 「安堂さんって、コーヒーが好きなんですか?」

 と聞かれた。
 突然だが、この理髪店の隣には、コーヒー豆を売る店がある。そこでコーヒーを買おうと3週間ほど前に行ってみると、店がグチャグチャになっていた。あれっ、と思って隣のこの理髪店に行き、

 「隣の店、つぶれたの?」

 と聞いたことがある。改装中だったらしいが、

 「何故?」

 と聞かれて

 「いや、コーヒー豆を買いに来たんだけど、店はグチャグチャで、でも改装中という張り出しもないし」

 と答えた。
 彼女、それを記憶していたらしいのだ。それが、

 「安堂さんって、コーヒーが好きなんですか?」

 というご下問につながったわけだ。
 という次第で会話が始まり、その結果、

 「だったら、おいしいコーヒーがあるんです。私がいつも買ってるヤツで、今度取り寄せますけど、安堂さん、試してみます?」

 と聞かれ、まさか

 「いらないよ」

 とはいえない。

 「ありがたいね」

 と答えた。
 それが、今朝の電話につながったわけだ。

 「試してみます?」

 と問われて、まさか無料でいただくわけにはいかないだろうと考えた。だから、今日の午後受け受け取りに行って、

 「で、いくら?」

 と聞いた。なのに、受け取ってくれない。

 「飲んで美味しかったら、次回からお代をいただくということで」

 まあ、彼女が独身なら

 「俺、狙われてる?

 と考えたかも知れぬ。しかし、髪を刈ってもらいながら雑談してきたところによると、彼女、結婚生活にルンルンという感じでもないが、何で結婚なんかしちゃったんだろうと落ち込んでいる風もない。落ち込んでいてくれれば私の期待は膨らんだかも知れないが、まあ、今日のところ、俺は狙われてはいない、単なる、親しくなった客との関係である、と了解した。

 が、である。
 それでも、コーヒー豆をただでいただいていいものかどうか。

 ふと、いつもバッグに入れてあるものを思い出した。

 「ねえ、音楽聞くんだっけ?」

 「聞きますよ」

 「ビートルズは?」

 「大好きです」

 「だったら、これあげるよ」

 差し上げたのは、「Let It Be」の海賊版DVD。そう、数ヶ月前に手に入れたあのお宝4枚組のコピーである。

 さて、あの元ミス桐生。今ごろビールでも飲みながら旦那と「Let It Be」を鑑賞中だろうか。
 半月もすればまた髪が伸び、あの店に刈りにいく。その時、感想を聞いてみることにしよう。

 
 明日は前橋で送別会。
 ふっ、この歳になると、わざわざ前橋まで出かけて酒を飲むのは、ちと億劫ではあるが、送別会となれば行かぬわけにもいかないしなあ……。

 

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