●日誌一覧

シネマらかす

グルメらかす

音らかす

旅らかす

スキーらかす

事件らかす

 2013年8月11日 生きてます?

 といっても、このところしばらく顔を見ない可愛いあの娘に問い合わせているのではない。
 あなたです、あなた! あなた、生きてます?
 だって、日本列島がサウナになっちゃったじゃないですか。暑さにやられてどっと病の床、なんてことはありませんよね。

 昨日、昼食を終えて、出かけようと車に乗ったら、車の外気温計、なんと

 41.5℃

 を示していました。ま、この外気温計、車を始動したときは高く、走るにつれて下がるというくせを持っているのですが、走り始めてしばらくしても39.5℃。何しろ、エアコンの吹き出し口から、最初は熱風が吹き出し、徐々に冷たい風に変わったという、何ともいえない暑さであります。恐らく車内は70度近かったのではないでしょうか?
 本日も、所用で午後2時頃出かけたら、車の外気温計は39.5℃。しばらくして39℃までは下がりましたが、そこからはピクリとも動かない。

 ふーっ、暑い! 皆様、熱中症などにはなっておられないでしょうな。
 
 しかし、NHKのニュースで街頭インタビューを受ける人って、どうしてあんな間抜けばかりなのでしょう。
 今日は、マイクを突きつけられて

 「暑いです。我慢できません」

 いや、我慢できないったって、あなた、我慢するしかないんですから。我慢できないあなたは、なぜその炎天下にいるわけ? 我慢できないから、どうするってーの? 現に、そこでいま、我慢しちゃってるんじゃないの?

 しかし、この暑い中、インタビューに答えている人たちは、なんで出かけてるんでしょ? 自宅でエアコンをかけて、電気料金をけちりたいんなら朝早くからショッピングセンターに出かけて、とにかく酷暑を避ける方策を実行するのが筋でしょ。誰も頼まないのに、勝手にジリジリ焼け付くような陽光に身をさらし、

 「暑いです〜」

 お前、バカか。中には、1、2歳ぐらいの幼子を連れて動物園なんかに出かけてるどうしようもない親もいたりするから、まあ、世の中の人は何を考えてるんだろうと不思議なのであります。

 そんな意味のない街頭インタビューを見せてくれなくたって、暑いってことは分かるの。だって、暑いんだから。なのに、どうしてあんなインタビューを必ずつけてニュースにするかね、NHK。やってることの無意味さも分からぬほど、君たちの知能は退化したのか?


 最近の出来事から。
 ギターが1本にまとまった。2本あったMartinが1本になった。といっても、2台を分解して1台にまとめ上げたのではない。

 友は持つものである。
 桐生市でギターを教えながら楽器・CDの店を経営しているNさんと知り合ってしばらくたつ。もとプロのベーシストであるからして、根っからの音楽好き、楽器好きである。彼がギターを生徒に教えるとき、胸に抱くギターは、カスタムメイド、つまり彼が注文して好きなようにつくらせたMartinのOM-28VR。生ギターの音のほとんどは使われている材質で決まる。だから、Martinで最高峰のD-45と同じ材料を使ったという。
 店に遊びに行って時折触らせてもらいながら、

 「ふーん、特注したんじゃ、これ、100万円ぐらいしたでしょ」

 といったことがある。

 弾けば、なるほどいい音がする。あくまで柔らかく、ずっと深いところから響いてくるような音だ。それだけでなく、弾きようでは、この小さなボディーからこんな大きな音が出るかというほどの迫力も示す。
 憧れのギターだった。が、である。私なんざ、弾ける曲もろくにないほどの初心者で、しかもこの財政状況。喉から手を出しても手に入るものではない。天下の美女が手に入らぬ如く、天下の名器も私の手に入ることはない。憧れは憧れのまま留め置くのも人生である。
 そう諦めていた。

 「安堂さん」

 とNさんが言い出したのは、2週間ほど前に遊びに行ったときだ。

 「あなたのMartin2台と、このMartinと交換しません?」

 空耳か? それともNさん、この暑さで、とうとう狂った? そんな言葉が喉まで出かかった。
 なぜなら、不等価交換の申し出であったからだ。そりゃあ、私はMartinを2台所有している。といっても手は2本しかないから、弾くのは1台だけ。もう1台はいつもケースに入って納戸の中で無聊を託っている。
 しかし、である。私が買ったMartinは、私にしては高価な買い物であったが、2台あわせたってとても100万円はしない。100万円出せば、銀座で豪遊できるほどの釣りが戻ってくる。

 「だって、これ、100万円ぐらいしたんでしょ?」

 「いやあ、安堂さん、勘がいいなあと思ってびっくりしたんですよ。ぴったしかんかんで、1台100万円で3台発注し、2台をそれぞれ120万円で売ったんです。交換しませんか?」

 やっぱり、この人狂ってる。自分が損をする不等価交換を持ちかける人間は、正常な判断力を失っている。

 「だって安堂さん、2台持っていたって、どうせ1台は使ってないでしょ」

 そりゃあその通りだけど……。

 「だったら、その2台とこれを代えましょうよ」

 「あのー、私の2台、あわせたってこのギターを買えないことは、あなたはプロだから分かってますよね」

 「もちろんですよ。だから、ほかの人にはこんなことはいわないけど、安堂さんにはいっちゃいたくなったんです」

 「だって、あなたが損をするんですよ?」

 「いいですよ。僕はね、商売もあってギターはいっぱい持ってきたんです。いまでも、自宅に5、6台あります。だからいいんですよ」


 「いいといわれても……、で、あなたは2台手にしてどうするんですか?」

 「1台はレッスン用に使って、もう1台は売ります。売って、今度はギブソンを買おうかな、って考えてるんですけどね」


 うますぎる話には裏があるのは人生の鉄則である。さて、この話にはどんな裏があるのか? しかし、Nさんには私に恩を売らねばならない理由はない。恩を売られても、お返しする能力は私にはない。やっぱり、どう考えても裏は読み取れない。一方的私が得をするのだ。
 うーん……。

 「しばらく考えさせてもらえますか」

 Nさんにそういって、考えた。
 2台が1台に減るのは何となく寂しくはある。が、どうせ1台は使ってないものなあ。
 俺が死んだとき、2台ないと、啓樹と瑛汰で遺産分けの争いが起きないか? いや、どちらもギターはやりそうにない。
 うん、1台しかないと、故障したときに弾けないじゃないか。いやいや、我が家にはもう1台ある。妻女殿用にと、安いがそこそこいい音がするギターを買い、金属源だと指が痛いというのでナイロン弦を張ってある。勝ったのはいいが、妻女殿はちっともお弾きにならない。

 「触らないのか?」

 と聞くと、

 「指が痛くなるからだめ」

 とおっしゃる。弾きたいというから買ってきたのに……。女心と秋の空、か? 
 だから、愛用のギターが故障しても、修理が出来上がるまでのつなぎはなんとでもなる。

 となると、申し出をお断りする理由はないか……。

 と結論づけて先週、取り替えてもらった。あの、憧れの特注品、カスタムメイドのMartin OM-28VRがいま、ここに、この部屋に、私のそばにある!

 すでに10時間ほど弾いた。流石に素晴らしい音だ。
 が、使ってみなければ分からぬこともある。これまで日常的に使っていたMartin 00028ECと比較すると

 ・ネックが太く、ネックの幅が広い

 ・フレット間の距離が大きい


 それが気になる。
 体とは不思議なもので、慣れたギターだと、目をつぶっていても必要な弦、フレットに指が伸びる(といえるほどうまくはないが、まあ、ここは許されよ)。不肖私の指も、多少は記憶力があるようで、その記憶はもっぱら、 00028ECよってつくられたものである。

 ネック幅が広く、フレット間の距離が大きいOM-28VRだとどうなるか。
 培われた記憶に従い、

 「ここに押さえるべき弦があるはずだ」

 と指は動く。ところが、そこにないのだ、押さえるべき弦が。
 もちろん、違いはミリ単位のものである。が、そんなわずかの差でも、音がビリついたり、ひどいときには違った音が出てしまったりする。

 計算外であった。さて、老体に備わった記憶力はうまく是正できるだろうか?
 これまでにもまして練習すれば、いずれは是正できるはずである、と信じて進むしかない。

 いずれにしても、Nさん、ありがとうございました!!!

 しかし、私が100万円を超すギターを持つようになるとは、いったい誰が想像したであろう? 惜しむべきは、ギターの腕前がなかなかギターに追いつかないことである。


 先日、四日市の啓樹と、横浜の瑛汰に、漫画「はだしのゲン」10巻セットを送った。
 話は、すでに終えたはずの九州旅行にさかのぼる。
 さて、何処であったかは記憶にないが、啓樹が突然言い出した。

 「ボス、『はだしのゲン』って知ってる?」

 「ああ、知ってるぞ。読んだ。啓樹のママも瑛汰もママもよんだ。それがどうかしたか?」

 「あのしゃ、僕しゃ、歴史が好きでしょ。それでね、ママが『だったら、はだしのゲン、読んだら』っていってたから」


 作者の中沢啓治さんが亡くなったから、娘はそれで思い出したのであろう。

 「ああ、そうなのか。ふーん、啓樹は歴史が好きなんだ。それはいいことだ。『はだしのゲン』ね、横浜の瑛汰の家にあるはずだけど。ほら、3階にボスの本がいっぱい入った本棚があるだろう。あそこにあると思うけどな。あっても、もうボロボロになっているけどな」

 「それ、見ていい?」

 「ああ、横浜に帰ったら探してみな」


 で、旅行を終えて横浜に戻った日、啓樹は忘れておらず、夕食を終えると瑛汰を引き連れて3階に探しに行った。しばらくすると

 「これしかなかった」

 と、「はだしのゲン」の絵本を持って降りてきた。へーっ、我が家にこんなものがあったか、と驚いたが、啓樹は早速読み始めた。

 瑛汰は手持ちぶさたである。璃子は寝る時間。となると、ちょっかいを出す相手は啓樹しか見あたらない。

 「啓樹、俺にも見せてよ。俺だって見たいんだから」

 と体を寄せていき、啓樹の読書を邪魔しようとした。

 啓樹は、

 「男ならもう少ししゃんとせんかい!」

 と喝を入れたくなるほど易しい子である。人に強く出ることができない。荒い言葉を浴びせることなんて聞いたことがない。
 ところが、このときは違った。

 「だめだよ! 僕が読んでるんだから。あっち行って!」

 瑛汰のちょっかいをきっぱりとはねつけた。そして読書に没頭した。

 私の見ていないところで読み終えたらしい。読み終えた啓樹はむっつりしていたという。眼が赤かったともいう。「はだしのゲン」に激しく心を揺さぶられたか。
 小学3年生で「はだしのゲン」に引き込まれる。素晴らしい感性の持ち主である、と私が言うのは身内自慢か?

 であれば、送るしかない。瑛汰にも同じものを送ったのはいうまでもない。

 そういえば、と思い出しのが「はだしのゲン」の映画である。

 「確か、うちにDVDであったな」

 検索すると、あった。全3作。すぐにコピーし、啓樹に送った。明日には着くはずである。
 瑛汰分はまだ我が家にある。ほかと一緒に、そのうち送ることにしている。

 ふーっ、明日は少し気温が下がるらしいけど。

 皆様、暑さ対策を十分に!

 

前の日誌                             
無断               メール