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 2013年8月3日 真夏の珍道中5 「魚をやっつけるの」

 かつてから、巨人ファンというのはガキの集まりであると思っている。彼らは勝つことにしか関心がない。そのようなファンを育ててしまったが故に、読売巨人軍を支配する読売新聞は、なりふり構わず勝てるチームにしようと血道を上げる。江川の疑惑の入団然り、金に飽かせて各チームの主力選手をスカウトすること然り。

 「歴史は勝者が作る。悔しかった勝ってみな」

 ナベツネを筆頭とする読売軍団の奢りは止まるところを知らない。ガキの感性しか持ち合わせない情けない大人が多数派を構成する世の中には読売新聞がフィットする。

 東大卒が官僚にならず、外資系の金融会社に入る。より富む者が勝者ともてはやされ、額に汗して乏しい賃金しか受け取らぬ人たちが敗者と蔑まれる。

 おいおい、ホントにそうなのか? フェラーリに乗ってる奴らだけが黄金の日々を送り、取り残された大多数は味けない人生しか送れないのか?
 負ける中にも、美は生まれる、勝者以上の美が育つ、ってことは絵空事なのか?

 「新徴組」(佐藤賢一著、新潮文庫)

 を読了した。負けることの、負けまいとして負けざるを得なかったことの美しさにうたれた。

 新徴組? それ、何? 佐藤賢一のことだから、ひょっとして新撰組のパロディ? と思って買った本である。こちとら、新徴組なんてものが世に存在したことすら知らなかったのだから、ま、そのあたりはご寛恕願いたい。読み始めて、どうやら史実に基づいた小説であることに気がついた迂闊な私である。

 新徴組は新撰組と根を一つにする。新撰組は京にあって治安の維持にあたり、新徴組は江戸の警備を受け持った。新撰組は会津藩が抱え、新徴組は庄内藩へのお預けとなる。

 小説の主人公は、新徴組の沖田林太郎だ。新撰組の沖田総司の義兄である。彼は、言葉の上の大儀を信じない。そんな空理空論より、何よりも家族を大事にする。妻に対しては、私と同じように

 「けっ、女ってヤツは似ても焼いても食えないな」

 と苦り切りながらも、夫婦としての情愛は持ち続ける。
 いってもれば、彼が優れた剣の腕を持っていたことを除けば、あっちにもこっちにもいる普通のオヤジに過ぎない。
 その林太郎が、いくつかのいきさつで新徴組に入った。偉くなる気はない。日々暮らしていければ充分だと思っていた彼も、しかし、時代の波は飲み込んでいく。懸命に所雲を果たしていただけなのに、いつの間にか庄内藩は朝敵とされた。江戸を引き払った庄内藩に伴って居を移した彼は、時代の渦の中で薩長が組織した官軍と戦火を交えることになる。
 庄内藩は天才ともいわれた酒井玄蕃の優れた戦闘指揮、

 「本間さまには及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」

 とその財力を歌われた豪商本間家の資力による最新式の武器の調達もあり、すべての戦闘で官軍を圧倒する。勝ち続けた庄内藩だが、列藩同名を突き崩され、一度も負けることなく、明治政府に恭順せざるを得なくなる……。

 やはりNHKの力は恐ろしい。 明治維新を巡って、「書かれなかった歴史」を体現するのは会津藩だと思い込んでいた。しかし、いたのだ、会津藩を上回る猛者が。

 時代を距離を置き、自分の小さな世界で慎ましく生きようとしていた人たちが、歴史の中でどのような生き方を強いられたか。強いられながら、いかに美しく彼らは生きたか。
 勝った薩長にだけ歴史があったのではない。負けた庄内にも会津にも歴史は存在したのである。
 700ページ近い大著だが是非ご一読いただきたい本である。


 さて、阿蘇だ。
 眠れば、いつかは目が覚める。眠ったまま目が覚めない状態を死という。

 まだ死ぬには時間がある啓樹、瑛汰、それに私は27日朝、6時過ぎには目を覚ました。3人が3人とも早朝に目覚めたということは、初めての3人の旅に多少の興奮は覚えていたのであろう。
 とはいえ、そんな時間に目が覚めてもやることはない。啓樹はいつも6時半に目覚め、一人問題集を取り出して勉強しているが、旅に出てまで律儀にやることでもなかろう。

 「ボス、お風呂行こ!」

 やはりムードメーカーは瑛汰である。

 「良し、行こう。お風呂に入って着替えるんだぞ。今日着る服を持って行け」

 窓外を見ると、雨はどうやらあがったようだ。これなら昨夕は無理だった屋上の露天風呂に入れるかも知れない。期待してフロントに問い合わせたが、無駄だった。であれば、昨日と同じ屋内温泉に身を沈めるしかない。

 出れば朝食である。

 「啓樹、隣の部屋の大ババたちに、ご飯に行きませんかっていってこい」

 朝食も、昨夕と同じ1階の宴会場だった。ビュッフェ方式である。

 「ほら、啓樹、瑛汰、まず、ここにあるトレーを持って、お皿を乗せて、食べたいものをお皿に入れるんだ。好きなだけ入れていいぞ」

 ご飯とみそ汁、納豆、それに海苔は私が3人分用意した。

 「さあ、食うぞ!」

 一斉に食べ始めた。異彩を放っていたのが瑛汰の皿である。ウインナーソーセージが12、3本乗っている。それに生卵、ゆで卵、卵焼き……。これじゃバランスが悪い。野菜もあるかと見ると、それなりにある。まあ、いいか。今日だけのことだもの。

 「ボス」

 と黄色い声を発するのは、またしても瑛汰だった。

 「ウインナー、もっと食べていい?

 ウインナーって、お前、あれほど沢山さらに入れてたじゃないか。もう……、食べちゃったのか。

 「おお、いいぞ。好きなだけ食べろ」

 「やったー!」


 遅れて啓樹の声がした。

 「じゃ、僕も」


 後に、横浜に戻った瑛汰は、

 「俺さ、ウインナーを20本も食べたんだよ」

 と友だちに自慢しているらしい。瑛汰、それ、自慢することじゃないと思うけど……、まあ、いいか。


 ホテルをチェックアウトした我々5人は、 草千里を目指した。ここで、啓樹と瑛汰を馬に乗せる。

 その昔、小学6年生だった私は修学旅行で草千里を訪れ、馬に乗りたいと思ったが乗る金がなかった。
 すぎて結婚し、子供ができて九州に家族で里帰りした際、草千里を訪れた。私は乗れなかったが、わが子たちにはここで馬に乗ってほしい。
 高地の広々とした草原で馬のまたがる子供たちの表情は、高揚感に満ちあふれていた。
 啓樹と瑛汰に、あんな顔をさせたい。

 雨はすっかりあがっていたはずなのに、山道を上り始めると、時折ポツポツと降る。まだ、完全にはあがっていないらしい。無視して進むと、霧が出始めた。

 「啓樹、瑛汰、これが霧だよ」

 といっているうちはまだ良かった。間もなく、10m先も見通せないほど霧が濃くなってきた。これは危ない。道路脇のパーキングスペースに車を止めて外に出た。

 「啓樹、瑛汰、いまね、お前たちは雲の中にいるんだぞ」

 「えーっ、雲の中?」

 2人が声を揃えた。

 「そうだよ、雲の中なんだ。これを山の下の方から見ると雲だ。その雲の中にいると、霧に囲まれていることになる」

 どちらを見てもミルク色一色。
 間もなく霧が流れ、視界が広がってきた。

 「おい、馬がいるわ」

 高原で放牧されている馬や牛が見え始めた。

 「なあ、いつも下から見ていると、雲が流れるのが見えるだろ。お前たちを囲んでいた雲も、風に流されたんだ。それでほら、いろんなものが見えるようになった」

 「僕、写真撮る」

 昨日は車の中に置き忘れ、私にどやしつけられたカメラを取り出して啓樹はシャッターを押し始めた。

 「ああ、俺も撮りたい。貸して、啓樹、貸して!」

 瑛汰が叫ぶ。

 「まだ、僕が撮ってるんだよ」

 啓樹は悠然と拒絶する。なかなかいいバランスである。

 が、この状況では草千里にたどり着いても無理だろう。諦めて下山を始めると、道路との間に作られている柵のそばまで馬が近寄っている場所があった。車を止めると、啓樹も瑛汰も、恐れることなく馬に近寄り、啓樹は写真を撮る。瑛汰は柵を乗り越えようとする。

 「こら、瑛汰! 何をやってるんだ!! 降りなさい!!!」

 
 しかし、啓樹と瑛汰を馬に乗せるために、わざわざ阿蘇まで来たのである。このままでは戻れない。下山途中に観光案内所があった。

 「というわけで、子供たちを馬に乗せたいんだけど」

 「ああ、ほんなこて、今日は天気の悪かですもんね。草千里も悪かとやろか。ばってん、ここば降りていってもろうて駅前の信号ば左折してもろてずーっと走ってもらうと、馬に乗せてくるる牧場のあっとですたい」

 「それはありがたい。何という牧場ですか?」


 「ん? 牧場の名前ですか? えーーと、何ちいうたかなあ……。ああ、出てこん。ばってん、看板の出とっとですたい。車で行ってもらうと分かりますけん」

 確かに分かった。そこに車を着けた。営業中の看板が出て、馬が6頭、馬屋につながれている。

 「こんにちは。こんにちは」

 返事がない。仕方なく、中に入る。誰もいない。

 「啓樹、瑛汰、誰もいないな。ちょっと待ってろ、聞いてくるから」

 すぐ近くで外に出ていた初老の婦人に聞いた。

 「馬に乗りに来たんですが、事務所にも誰もいないみたいで」

 「あ、さっき馬に乗って出かけなはったごたるですよ。いつものことですけん、待っとったら戻ってきなはっとです」

 そうですか。待った。

 待ちくたびれた2人は近くで遊び始めた。

 「瑛汰、瑛汰! 魚がいるよ!!」

 掘り割りのような水流をのぞき込んでいた啓樹が
声を上げた。

 「ホントだ、小さな魚がいる!」

 瑛汰は、葉っぱをちぎって水面に投げ始めた。

 「瑛汰、何してんだ?」

 「魚をやっつけるの」

 瑛汰にとってはすべてが勝負である。手にできるものはすべてが武器と化す。が、その武器が敵にたいして有効かどうかの判断力は、まだ育っていない。

 まだ戻ってこない。待合所に入る。先ほどは気がつかなかったが、置き手紙があり

 「申し訳ありません。ただいま馬を散歩させております。間もなく戻ります。お急ぎの方はこちらへ」

 という趣旨と携帯の電話番号が書いてあった。

 「お兄さん、それ、電話してみたけど誰も出ないの」

 といったのは弟嫁である。
 そうか、と頷きながら見回すと、壁にウインチェスター銃機関銃が飾ってある。馬の鞍もあるし、土産品も沢山だ。ラムネ100円と書いてるからには、ここでラムネも売るのだろう。
 これほどの物を置いて留守にする? いい度胸である。私がかっさらっていったらどうするつもりだ?

 「うん、俺が電話してみようか」

 携帯電話を取り出してかけてみた。

 「はい」

 つながるじゃないか。

 「子供を2人馬に乗せたくて、もう20分ほど待っているんだけど」

 「ああ、そうですか。御免なさい。間もなく戻りますので」

 なるほど、営業はしているわけだ。
 待った。戻らぬ。

 「啓樹、瑛汰、どっちから来ると思う?」

 「僕は、こっち」


 啓樹は右の道を指した。車が沢山走る道に通じる道だ。こんな道、馬を歩かせるか?

 「じゃあ、おれはこっち」

 瑛汰は正面を指した。住宅の間を抜ける道だ。だけど、瑛汰、この道は行き止まりじゃないか?

 「じゃあ、ボスはこっちだと思う」

 私は左を指した。畑の間を抜ける道が森の前で右に曲がっている。馬を歩かせるのなら、こんな道のはずだ。


 「ほら、啓樹、瑛汰、ボスの勝ちだ!」

 私の予想通り、左に道に馬が2頭と、またがる2人の人影が見えた。御免なさいといったわりには急ぐ風もなく、馬はゆったりと歩を運んでくる。

 「よーし、啓樹、瑛汰、やっと馬に乗れるぞ!」

 啓樹、瑛汰、2人とも、旅行で最も楽しかったと今でもいう乗馬が、こうして始まろうとしていた。

 

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