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 2013年7月31日 真夏の珍道中2 「だって瑛汰、我慢できない」

 たった2泊3日の旅行を記録するのに、どれほどの紙幅を費やす気だ?
 昨日の日誌を書き終えて、ちょいとばかり考え込んだ。
 だって、横浜を出て飛行機に乗り、ホンの10数分後のことまでを書くのに、いったいどれだけの言葉を費やしたのか。

 文章は短きをもってよしとする、とは学校教育で教え込まれたことだ。

 一筆啓上火の用心おしん泣かすな馬肥やせ

 これが名文中の名文と引用されていた。
 まあ、確かに短い文章の中で伝えたいことはすべて書いてある。でも、だ。この文章、面白いか? これ、名文か? 電報代をけちったちんけなオヤジが、鉛筆なめなめ、

 「もっと字数を減らすには……」

 と汗を流して書いたちんけな文章に過ぎないのではないか? 
 まず、だ。これだけ短い文章にしたのに、どうして

 「一筆啓上」

 なんて決まり文句を入れなきゃならん?
 火の用心? そんなもん、言われなくてもやるでしょ。
 おしんが泣くことがどうしていけないのか? 子供って、泣きながら育つのではないか? 流した涙の分だけ子供の心は豊かに育まれるのではないか?
 馬肥やせって……。太りすぎた馬は使い物にならないんじゃね?

 学校で教える中には、おかしなものがいくつもある。それを64歳になって記憶している私も私ではあるが……。

 なんて憤懣をぶちまけたりするから文章が長くなるんだよな。
 といいつつ、舞台は再び機中へ。


 午前9時に羽田を出た飛行機は、予定では10時40分に福岡空港に着陸するはずだった。飛び立って間もなく、

 「福岡着は10時45分を予定しております」

 と機内アナウンスされても、まあ、その程度の遅れは飛行機では日常茶飯事である。気にもしなかった。

 やがて飛行機は玄界灘から博多湾を横切って陸上に入り、窓から市街地が見え始めた。ゴーッ、ガタゴトガタ、という音がする。着陸用に車輪を出したのであろう。間もなく福岡だ。

 「啓樹、瑛汰、シートベルトは締めてあるな。もうすぐ着くからね。着いたらレンタカーを借りて大牟田に行くんだよ」

 そんな話をしていたら、機内アナウンスが流れた。

 「当機は着陸態勢に入りましたが、現在、再び上昇しており、着陸をやり直します。お急ぎのところ申し訳ありませんが、詳しいことが分かり次第、お知らせします」

 着陸のやりなおし? 何があった? 侵入角度を間違えた? 車輪が出なかった? ひょっとして胴体着陸でもするのか?
 かような折り、頭に浮かぶのが悪いイメージばかりであるのはどうしたことだろう。快適なフライトを一刻でも長く楽しませるために、あえてランディングを遅らせる配慮をしてくれた、などと思えないのはどうしてだろう? 人間とは、行く手に暗いイメージしか抱けない生きものなのか?
 再び機内アナウンス。

 「滑走路に、前の飛行機が部品を落とした可能性があるとの報告が入り、滑走路の安全が確保されるまで着陸を見送ることにしました。お急ぎのところ恐縮ですが、今しばらくお待ちください」

 そういうことか。
 横を見ると、啓樹も瑛汰も動じた風はない。そうか、子供とは行く手に暗いイメージなど持たない生きものなのか。

 「ボス、おしっこしたい」

 言い出したのは瑛汰である。おしっこしたいって、瑛汰、今はシートベルトをしなさいってランプがついてるだろ。トイレには行けないんだよ。

 「だって瑛汰、我慢できない」

 といわれたところで、こちらも何ともできない。

 「どうしてもっと早く言わない。とにかく今はだめだ。我慢しろ。我慢できなかったらそこでしろ

 そんなやりとりをしているうちに、飛行機は無事着陸した。シートベルトランプは消えないが、瑛汰の窮状を考えると、そうもいっていられない。
 私はベルトをはずし、キャビンアテンダントの席に急いだ。

 「子供がトイレに行きたがっているんだけど」

 といわれても、いくら綺麗なお姉ちゃんだってできることとできないことがある。

 「シートベルト着用のサインが消えるまでお待ちいただきませんと……」

 消えた。客が一斉に席を立って出口を目指し始めた。が、こっちはそれどころじゃない。

 「瑛汰、サインが消えたぞ。さあ、トイレに行け」

 客の流れに逆らって瑛汰はトイレを目指す。私と啓樹は、瑛汰が戻るのを待つ。戻ってきたころには流れはよどみなくなっており、とても割り込める状態ではない。

 「啓樹、瑛汰、最後に降りような」

 私は荷物を降ろし始めた。


 空港に出た。レンタカーを借りねばならない。時計を見る。すでに11時半を過ぎている。

 「ボス、おなかが減った」

 ふむ、そうかもしれぬ。何しろ、朝食が早かったしなあ。それに、これから大牟田に向かえば、少なくとも1時間はかかる。その間、2人に空きっ腹を抱えていろともいえぬ。言えば、車中でわめき散らすに決まっている。

 「よし、ここで何か買っていこう」

 空港のショップでクロワッサンか何かを買った。啓樹と瑛汰、それぞれ2個ずつである。

 「まだ食べちゃだめだぞ。車に乗ってから食べるんだ」

 
 ニッポンレンタカーで借りたのは、スバルのB4である。
 当初は、少し高くても乗り慣れたBMWにしようと思った。できれば、ディーゼルエンジンを積んだBMWを、この際だから試乗してみようと考えた。
 ところが、何処に電話をしても、ない。BMWがない。ホームページにはあるとうたっているのに。

 であれば、と選んだのがこの車だ。日頃から、日本で真面目に車を作っているのはスバルとマツダであると、多分、マガジンXの影響で思っている。しかし、思っているだけで、ほとんど乗ったことがない。であれば乗ってみるか。

 「えー、この車はパーキングブレーキが電子式になっておりまして、このレバーで操作します。また、出力を3段階に切り替えることができ、ノーマルでは省エネモードですが、馬力が欲しいときはこのダイアルを操作していただいてスポーツモードに切り替えていただき、もっと欲しいときはこのダイヤルを右に回していただきます。燃費はその順で悪くはなりますが」

 ん、それは分かった。でも、シフトレバーを見ると、オートマモードからマニュアルモードに切り替えられるようなんだけど、マニュアルモードにしてシフトチェンジするにはどうしたらいいの?

 「えっ?」

 いや、私はエンジンブレーキを多用するんだけど、このシフトレバー、マニュアルモードに入れると動かなくなるじゃない。これじゃあシフトチェンジができない。3速から2即に落とす、なんてどうしたらいいのよ。

 「はっ、ちょっとお待ちください」

 担当員はグローブボックスから操作マニュアルを取り出して読み始めた。おいおい、これ、おたくの会社の車じゃないの?

 「ああ、分かりました。マニュアルモードにしたあとのシフトチェンジは、ここ、ハンドルにあるレバーで行います」

 てなやりとりがあって、

 「啓樹、瑛汰、お前たちは後ろだ。シートベルト、ちゃんとしたか?」

 と確認語、我々3人は大牟田を目指して走り始めた。


 ああ、まだ大牟田にも着かないよ。


 九州縦貫道への入り口に向かって走りながら、ギョッとした。私は忘れ物をしてきた。カメラである。
 啓樹、瑛汰と過ごす2泊3日の旅である。愛人と過ごす2泊3日の旅なら、証拠は何も残さない方が身の安全に役立つ。どれほどせがまれようと、カメラなど携帯してはならない。が、これは啓樹、瑛汰との旅なのだ。隠さねばならないことは何もない。いや、記録しておかねばならないことばかりである。

 桐生を出るときは、カメラの重要性を当然認識し、車に積んだ。横浜の家にも運び込んだ。忘れたのは、横浜の家を出るときである。などと、失敗の歴史を振り返ってみても、この際、何の役にも立たない。
 どうする?

 大牟田の実家に電話をかけた。ここには母と弟夫婦が住む。

 「というわけで、カメラを忘れて来ちゃったんだけど、確かカメラ持ってたよね。貸して欲しいんだよ」

 電話に出たのは弟嫁だった。よくわからないというので、弟に電話をしてカメラの所在を確かめ、充電をしておいてくれるよう頼んだ。

 やがて九州縦貫道に乗った。時速120km平均のドライブは快適である。後席では景趣と瑛汰が、空港で買ったクロワッサンにかぶりついていた。

 「ん、美味っ!」

 と瑛汰が言えば、

 「僕のも美味しいよ」

 と啓樹が答える。
 啓樹と瑛汰と私。3人の旅は、やっと軌道に乗ったかに思えた。


 ふっ、やっぱり今日は大牟田にはたどり着かないや。
 明日は、できれば阿蘇にまで行きたいなと思いつつ。

 では、また。

 

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