●日誌一覧

シネマらかす

グルメらかす

音らかす

旅らかす

スキーらかす

事件らかす

 2013年6月13日 アベノミクス

 というタイトルを掲げたからといって、安倍内閣の経済政策を正面から捉えて論じようなどという大それた野望を持つものではない。
 第一、それは私の力量を遥かに超える。

 我が尊敬するカール・マルクスは、その経済学説、いわゆるマルクス経済学を「資本論」で集大成し、経済学を科学にしたといわれた。
 しかしながら、その後の経済、社会の動きを見ていると、マルクス経済学が、科学におけるニュートン物理学やアインシュタイン物理学と同等の科学であるとは、もはや思えない。何しろ、世界はマルクスさんが方程式で描き出したようには動かなかったのである。
 あのマルクスにしてからがきちんと読めない経済の動きを、私なんぞが読み解けるはずがない。

 私は、生まれつき謙虚な男なのである。

 この私ですらそれほど謙虚なのに、世の中には謙虚さという言葉を己の辞書に持たない方が沢山いらっしゃる。経済学者、経済評論家、皆同じである。
 彼らは自分の言説に責任を持たない。

 「日本の経済はこうなる」

 と言明しておきながら、「こう」ならなかったときに、平気な顔をして、

 「いや、『こう』ならなかったのは、実はこれこれのせいで」

 と平気な顔をして説明する。それだけならまだしも、

 「だから、次はこうなるのです」

 といってはばからない。日本語には「廉恥」という美しい言葉があることを、彼らに塩とともにすり込みたいと思う。

 そこでアベノミクスである。
 事前にお断りしておくが、私は安倍が嫌いである。大阪の橋下と同じ程度に大嫌いである。良家のボンボン風のやに下がった顔も嫌いだし、肉体労働なんかしたことがないだろうなという貧弱な体格にも虫ずが走る。それはかつての日誌ににも書いた通りで、いまもって変わりはない。

 が、だ。
 たかが株価が下がったぐらいで、鬼の首を取ったように

 「アベノミクスに暗雲」

 なんてはしゃぎ回るメディアは、もはや安倍以下の存在ではないのか。

 何事ならんと読んでみても、株価が急落したのはアベノミクスの神通力が失せたからで、そもそもアベノミクスがおかしいのである、程度のことしか書いてない。

 あのね。株価って、上がったり下がったりするものなの。ある時は大きく上昇し、ある時は大きく下がるものなの。
 で、株価が上がったり下がったりする原因は様々であって、今みたいに経済が世界に開かれている時代は、株価が上がったり下がったりする要因は国内だけにあるわけではないということも頭にたたき込んでおかないと間違ってしまうぜ。

 前回の大幅下落は、中国が引き金になった、と解説されていた。今日の大幅下落は、米国の金利動向が誘因ではないかといわれている。
 いずれにしても、日本の株価の大幅下落の原因は、日本国内にはなさそうなのだ。

 しかも、である。私が嫌う安倍君は、日本国の首相である。遺憾ながら、世界帝国の総裁ではない。彼は、あるいはアベノミクスは、日本国内には影響力を持つが、日本国外にまでは影響力を持たないのである。

 正確に言えば、日本が採用する経済政策は直接、間接に海外に影響を及ぼし、その影響が日本に戻ってくる。だが、どのような超人も、一つの経済政策の影響全体を事前に計算することは不可能であることも事実で、だから、日本の経済政策は、日本経済がうまくいくように立てるしかないのである。アベノミクスだって、そのようなものだ。想定外の影響が海外から来る、あるいは海外を経由して戻ってくることはあり得ることなのだ。

 ということを考えると、株価の下落って、アベノミクスが間違っていたという証拠なのか? 
 まだ、そんなことをいう段階ではない、と私は思う。

 金融を緩和し、インフレを起こす。道路や橋を造って景気を刺激する。民間の投資を引き出す。それがアベノミクスである。

 であるからには、アベノミクスをきちんと批判するためには、

 ・金融緩和を軸としたインフレターゲット政策
 ・公共投資を軸とした景気刺激策と国の借金問題
 ・民間活力を引き出す手法


 の3点について、正面から論を張り、アベノミクスの間違いを指摘するしかない。しかし、私が見聞きする限り、そのような本格的なアベノミクス批判は、まだ何処にもない。

 株価は、景気の先行指標といわれる。銭を儲けようと必死になっている連中の思惑の総和が株価である以上、肯ける話である。
 その株価が大幅に下がった。景気の先行きに不安が生まれるのは当然だ。だが、それはアベノミクスの責任なのか?

 ひょっとしたら、アベノミクスは100%正しく、放っておけば落ち込む一方の景気に対する唯一の処方箋なのかも知れない。だが、景気が落ち込む流れの方が遥かに強く、アベノミクスでもそれを止められなかった、ということだってあり得るのだ。

 安倍政権を批判的に見続けるのはメディアの責任であろう。しかし、批判とは本質的なところで行われるものでない限り、意味がないものである。

 我々の関心事は、安倍政権の命脈より、日本経済の浮沈にある。
 それをわきまえないメディアの「アベノミクス批判」は、メディアのマスターベーションに過ぎないと、私は断言する。


 あー。固い話を書いたら肩が凝っちゃった。
 さてこれから、焼酎のお湯割りをもう一杯飲みながら映画を見ようっと。

 

前の日誌                             
無断               メール