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 2013年5月15日 慰安婦問題

 私は、心の底から橋下大阪市長が嫌いである。あの、巧みすぎる世論煽動は、危険この上ない。華々しくアドバルーンを上げておいて、世論の動きを見ながら修正する手法もあざといとしかいいようがない。深い考えもなく次々と仮想敵をつくり、攻撃して拍手喝采を浴びる。彼が衆愚政治を一身に体現している存在だと見極めれば、

 「バカがアホを煽って、いったいどうする気だ?」

 と苦虫を噛みつぶすしかない。

 その橋下が、またもや問題発言をした。軍と慰安婦の問題である。橋下のことだ。またか、と呆れていればいいようなことかも知れない。しかし、世のメディアが雪崩を打つように、表層的な橋下発言批判に血道を上げているのを見ると、それも違うような気がして仕方がない。今回の橋下発言は、これほどまでにたたかれねばならない発言なのか?

 まず、事の是非は脇に置いて、軍隊というものを考える。
 軍隊とは、戦争が避けられないときに、戦場で敵を殲滅するために存在するものである。であれば、兵隊とは若くて血気盛んでなくてはならない。私のように、余命の方が少なくなってしまった世代ではものの役に立たない。そのような、血気盛んな若者を数万、数十万単位でとりまとめ、敵に向かわせねばならない。

 生きものには本能がある。食べねば生きていけないし、飲まねば死ぬ。眠りも命をつなぐためには必須である。そして、異性との交接欲も、種としての人間を次の世代につなぐため、望む望まないにかかわらず、誰しもが備えて生まれ落ちるものである。

 食い物、飲み物が手に入らなければ、盗んででも、時によっては殺してでも手に入れて自らの命を長らえさせようとするの人間である。不眠不休が続けば、目の前に敵がいて眠り込んだら殺されると重々わかりながらも、眠りに引き込まれるのも人間である。
 であれば、本能の一つである交接欲だけを押さえ込むことができるのか? それが無理なことは、歴史を少しあされば、いくらでも事実としての証拠を見いだすことができる。

 では軍隊という組織に組み込まれた人間たちの交接欲を、どう取り扱えばいいのか? 対象は、バイアグラなどなくても常に臨戦態勢にある若い兵隊たちだ。倫理を説こうと、道徳を教え込もうと、そこからこぼれていく兵隊が多数出ることは、想像に難くない。

 という現実を踏まえて、橋下発言をどう捉えたらいいのか?
 メディアは軽々と批判の論を展開するが、それが倫理、道徳の世界に止まるかぎり、倫理、道徳の囲いを突き破って暴れ出す本能の働きに対する批判にはなり得ない、と私は思う。

 ある新聞は

 「それをいっちゃあお仕舞えよ!」

 という寅さんの言葉を引用して批判した。確かに、お仕舞いかもしれない。しかし、であれば、それを言わなくても済む環境を兵隊たちのために整えねばならない。それは可能なのだろうか?

 女性の人権を真っ向から否定するものである、という批判もあった。確かにその通りだろう。しかし、自分の人権を顧みもせず、そのような仕事をする女性もいる。渋谷で殺された東電のOLは、何を思って売春という仕事を副業としたのだろう? インテリの見本みたいなガリガリの体で女性の人権を叫ぶおばさんたちは、実は売春婦を心の底から軽蔑し、たいした理由もなく自らを汚れなき者の立場に追いてふんぞり返っている差別主義者ではないのか、との疑いが心を去らない。

 橋下発言への数多くの批判がストンと心に落ちないのは、彼の発言の前提になっている軍隊の存在に対する省察が見られないからである。
 軍とは戦争をするための組織である。そして、その軍を必要と考えるかぎり、軍の中で生きる兵隊たちの五欲については十分に考えられなければならない。そうでないから、沖縄では米軍兵士による沖縄女性への暴行事件が起きるし、戦場では兵隊による現地女性への凌辱が起きる。
 私だって、そのようなことが起きて欲しくはない。発生する現実には目を背けたくなる。そのような犯罪を犯した兵隊には

 「死刑だ!」

 と宣告したい。
 しかし、兵隊とは死ぬか生きるかの究極の修羅場に放り込まれるものであり、究極の修羅場とは、人間が素っ裸の動物に戻って本能に従って生きる場所であることを思えば、女性への罪を犯す兵隊だって、実は被害者なのではないか?

 そのような軍隊の性格を無視しての橋下発言批判は、苦労知らずの連中の、建前の正義論に過ぎない、と私は思う。

 今回の橋下発言も、無論肯定はしかねる。しかし、正義の使者として頭から罵詈雑言を浴びせれば済むとも思えない。
 そんな中途半端な思いで、私はこう考えた。

 「いま、橋下は、なぜあんなことを公言したんだろう?」

 あのような発言をすれば、メディアから袋だたきになることは、賢い橋下は十分承知していたはずである。それなのに何故、あえて火中の栗を拾うような発言をあえてしたのか?

 以下は、私の想像である。根拠となるデータは全く持ち合わせていないことをあらかじめお断りしておく。

 維新の会は、いまや全く勢いがない。相対的に見れば、自民党の補完勢力に過ぎず、このまま行けば、夏の参議院選挙で大敗し、政党自体が雲散霧消しかねない。橋下が市長を辞めて参議院選挙に出るという観測が消えないのは、そのためだ。

 そこで橋下は考えた。有権者をもう一度維新の会に引きつけるにはどうしたらいいか? 熟考した結果が、従軍慰安婦発言だった。

 「恐らく、メディアはよってたかって、俺の発言を叩くだろう。しかし、誰が考えても、軍隊がある以上、兵隊の整理問題として慰安施設は必要だし、恐らく、男性を中心とした有権者の半数近くは、心の中で『よくいってくれた』と評価する。俺の発言が叩かれれば叩かれるほど、彼らの俺に対する指示は強まる。こうすれば参議院選挙を戦える」

 さて、私は橋下の戦略を正確に読み取ることができているのかどうか。
 自信はない。しかし、それ意外に考えようがないのである。

 どうだろう?

 

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