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 2013年4月24日 LED ZEPPELIN

 の、「Mothership」というCDをが今日届いた。無論、なにもしないのに届いたわけではない。amazonに注文したから届いたのである。レコードショップ(いまではCDショップと呼ぶべきなのだろうが)がない桐生ではほかに手段がない。
 それも、注文したのは中古のCDである。新品だと2658円する。中古だと送料込みで2040円だ。たいした価格差ではないが、同じものなら安いに越したことはない。これもamazonのありがたいところだ。

 ところで、私はBeatles命を続けた。LED ZEPPELINのファンであったことは一度もない。ばかりか、LED ZEPPELINの曲なんて、ほとんど聞いた記憶がない
 ある時、

 「おい、LED ZEPPELINの代表曲って何だっけ?」

 と我が妻女殿にお伺いを立てたほどである。お伺いを立てたのは、妻女殿が1ヶ月ほど前、

 「これが欲しい!」

 とLED ZEPPELINの「Celebration Day」というCD+DVDアルバムを所望され、私がamazonに注文して差し上げたからだ。カードで支払う代金は私の口座から引き落とされたのだが、まあ、それはいい。
 だから、妻女殿はLED ZEPPELINを御存知である、と思っていたのだが、返ってきたのは

 「……」

 つまり、無視であった。何でだ?

 そのような私が、3枚組のアルバムであるMothershipを何故発注したか。それは、現在Eテレ、つまりNHKの教育テレビで放映中の

 「押尾コータローの ギターを弾きまくロー」

 という番組のせいなのだ。
 
 押尾コータローといえば、知る人ぞ知るギターの名人である。ギター1本で、びっくりするような音楽を聴かせる。
 彼の演奏を初めてテレビで見たとき、舞台の上では彼一人がギターを抱えて演奏していた。それなのに、紡ぎ出される音楽は、フルオケを従えてギターコンチェルトでもやっているかのように聞こえた。

 「ん? リズムセクションは? ベーシストは何処にいるんだ? ドラムの姿も見えないぞ。そうか、バックバンドはテレビカメラに写らないところで演奏しているのか?」

 私はそう思った。いやそう思わざるを得ないほどの音楽が奏でられていた。

 「何いってんのよ。あれ、押尾さんが一人でやってるのよ」

 と妻女殿にいわれても、そんなバカな、としばらくは信じられなかった。
 押尾コータローとは、そんな演奏法を編み出した天才である。

 その押尾さんが、ほとんど素人同然のタレントに、ギターのイロハを教える。ギターに触ることがある人間なら見逃せない番組である。我が家では、当然のこととして録画してある。

 その、確か2回目だった。視聴者から問い合わせにコータローが答えるというコーナーで、

 「アコギで弾くロックの名曲は?」

 という質問に答え、2曲弾いたのである。
 1曲目は、いうまでもなく、Eric ClaptonTears in Heavenであった。
 そして2曲目に、聴いたこともない曲が流れた。引き込まれるような音色を持つ曲だった。

 「はい、これはLED ZEPPELINの天国への階段、という名曲ですね」

 コータローが、確かそんな風に解説した。弾いたのほんの8小節ほどだが、

 「俺、この曲弾きたい」

 と私に思い込ませるほど美しい曲だった。
 ネットで検索すると、この曲のタブ譜が見つかった。 iPad用に購入したSongsterr Guitar Tabsというアプリにもこの曲のタブ譜があった。それを見ながら練習を始めたのだが……

 「おれ、この曲、聞いたことないジャン!」

 そうなのである。ギターの練習は、弾きたい曲を十分に聞き込むことから始まる。第一、聞いてみなければ、どんなボーカルがついているのかもわからない。リズム感もつかめない。それでは、ギターを弾けるようになっても弾き語りができないではないか!

 だから購入した。
 これを書きながら、3枚組のアルバムの1枚目を聞いている。13番目に、天国への階段= Stairway to Heavenが入っているはずなのだが、まだその曲に至らない。間もなく始まるだろう。

 そうそう、私の押尾ブームでもうひとつ。
 昨日、押尾コータローのタブ譜、「 STARTING POINT」amazonに発注してしまった。同名のアルバムの楽譜である。
 やはり、同じ番組の4回目で、彼は「黄昏」という曲を演奏した。これがいいのだ! 聞いた瞬間、

 「俺も弾きたい!」

 と思った。 だって、

 「画面で見るかぎり、それほど難しそうでもないし」

 天才の演奏は、見ていると簡単そうだが、やってみると手の届かない高見にあるのである、という広く知られた常識は、その時、私の頭からすっ飛んでしまったのである。
 このタブ譜、明日には届くだろう。


 「しかし、安堂よ、日誌を見ているかぎり、君って暇そうだな」

 時折、そう言う友がいる。
 私は平気で答える。

 暇だよ。だからギターを弾くし、映画を見るし、本を読むし、おまけに中学数学までやってる」

 充実した日々である、多分。

 

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