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 2013年4月7日 原発

 昨日、サンフランシスコに居住する友が、はるばる桐生まで遊びに来た。
 いや、友というのも、昨日確認したばかりだ。これまで彼と会ったのは数えるほどしかないのである。

 最初は、会社の新入社員オリエンテーションの場だった。そう、彼は会社での同期生である。
 ところが、何を思ったのか、入社した年の12月、彼は突然会社を辞めた。風邪の便りに聞いた私は、

 「たった8ヶ月で辞めるなんて。おかしなヤツだ」

 と思った程度である。何しろ、任地が違う。彼は確か東京で、私は三重県であった。オリエンテーションで会っただけだから、その程度の感想しか持ちようがない。

 その彼と、ほとんど40年ぶりぐらいで再会したのは、今年の1月だった。今年、我が同期生は最後の1人が定年を迎える。それを記念する飲み会、というか、最後の同期生会というか、そんな集まりだった。そこで再会した、とは私の記憶である。

 彼は、

 「そんなことはないよ」

 と昨日、口を尖らせた。

 「20年ほど前、たまたま日本に帰国していたときに、君と会って酒を飲んだぜ」

 えーっ、そうだっけ? だが、我が記憶袋を逆さまにして振ってみても、その記憶のかけらすら出てこない。人の記憶とは、いい加減なものである。いや、当時の彼は、その程度の印象しか残さない人物だったのか。当時の私は、その程度の感性しか持っていなかったのか。

 ま、それを詮索しても始まらない。
 で、私の記憶に従うと、ほぼ40年ぶりに同期生会で再会した彼とは、しかし、その場で話すことはほとんどなかった。座がお開きになり、みんなゾロゾロと帰宅の途につき始めたとき、

 「おう!」

 などと挨拶し、

 「お前、アメリカに戻る前に、時間があったら、桐生まで出てこいよ」

 と話しかけた。しかし、何しろ、ほぼ40年ぶりである。それにこの程度の会話である。彼が桐生に来るなどとはほとんどあてにしていなかった。ほぼ40年ぶりの再会は、いずれ記憶の底に沈殿し、あるやなしやが不明になるものと思っていた。
 だって、そうではないか。この程度の会話で女が口説けるのなら、人生の悩みの大半はなくなってしまう。

 それが、来た。なぜか、来た。

 駅まで迎えに行き、昼飯を食い、自宅に伴って話し込み、夕食を食べに外出、彼を駅まで送って帰宅。ここまでほぼ6時間、たったの6時間しかなかった。
 それなのに、彼は

 「いやあ、久しぶりに本音で話ができた。本当に楽しかった」

 と喜んだ。
 私も、

 「何か、君と会わなかったほぼ40年がもったいなかったな。とにかく楽しかった」

 とつぶやいた。

 米国での彼は、様々な仕事を渡り歩いたそうだ。最初の仕事は、原発の安全安全性解析。中身は私の知識の及ぶところではないが、コンピューターなどを駆使し、原発の安全性を確保するため、危険箇所などを事前に割り出して手当を勧告する仕事らしい。ために、東京電力にも沢山の知己がおり、原子力船陸奥の原子炉の中にまで入ったこともあるという。

 「へーっ、そんな仕事してたんだ。だったら、福島原発の事故、どう思う?」

 プロに対して、当然聞くべきことである。

 「第一報を聞いたときは、全く驚かなかったんだよ。ああ、その程度か、それなら押さえ込める。原発には問題ない、って」

 これがプロの第一印象らしい。地震も津波も、たいしたことではない。原発を損傷するほどの力はない。

 「だけどさ、いつまでたっても治まらないじゃない。どうしたのかな、と思っていたら、すべての電源が落ちちゃったんだって? これはいかん、と思ったし、危ないとも思った。原発って、そもそも、そういう風にはつくられていないというのが常識なんだよ」

 そういう風につくってはいけない原発がそういう風につくられてしまって、ために電源がすべてなくなった。だから冷却水が送り込めなくなった。これがすべての問題の始まりなのである。
 そこで、聞いた。

 「そう、緊急電源を津波で水をかぶるところに設置していたなんて、こりゃあ、そうしようもないドジだと俺も思う。日本での報道の一部では、それはこの原発がGE(ゼネラル・エレクトリック社)製で、ライセンスを受けた日本の企業が『ここをこう変えたい』と言っても、GEが『これでなきゃいかん』と言い張ったから、こんな設計になったというのもあったんだが」

 即座に返答が帰ってきた。

 「そんなはずはない。GEはそんないい加減なことはしない。多分、GEがライセンスしたのは、原子炉など基幹部分の技術で、発電所全体の総合設計はライセンスを受けた日本の会社がやったはずだ」

 まあ、このあたりは、お互いに決定的な証拠を持っていないわけで、水掛け論になりかねない。彼はアメリカの技術を信頼し、私は日本の細部に至る気遣いを信じていると言うだけの話である。
 話題を転じた。

 「しかし、君はアメリカの技術に相当信頼を置いているらしいが、それにしてはあの事故の時のアメリカ人って、すごく臆病だったじゃない。外交官を待避させようとしたりさ」

 「そりゃそうだよ。だって、本当に危なかったんだもん。原発って冷やせば何でもないんだけど、冷やせなくなった。確かに、首都圏まで人が住めなくなる事態になりかねなかったんだから。とにかく、後で見ると、東京電力の幹部ってarrogantだよね。見るべきところを見て対処するというより、自分の保身ばかりが目についた。現場にはいい人が沢山いるんだけど、偉くならない」

 「そう、日本を救ったのは、現地にいた吉田所長の決断だよな」

 「その通り!」

 「でも、吉田さんは、そんなだから偉くなれずに現地の所長だった」


 ここまで意見が一致すると、当然話は組織論に移る。ことは東京電力だけでなく、ほとんどの組織が、偉くなって欲しくない人が偉くなっているぜ……。

 彼は、久々にこんな話をしたらしい。

 「俺の昔の仕事の話、こんなに熱心に聞いてくれた嬉しかった」

 と彼は言い、私は、

 「非常に勉強になった」

 と答えた。
 有意義な一日だった。


 で、彼と我が家で話している最中。四日市の啓樹から電話が来た。

 「あのしゃ、僕さ」

 「どうした、啓樹? 何か、ボスにねだりたいものがあるのか?」

 「うん、ボスに買ってもらった『ヒックとドラゴン」を読んだらさ、次がどうなるのか、すごく気になってしゃ」

 「それで、ボスに次の本を買って欲しいってか?」

 「うん、そうなの」

 「『ヒックとドラゴン』って、何巻まであるんだ?」

 「うーんとしゃ、10巻まで出てるの」

 「そうか、わかった。すぐにamazonに注文しておくよ。ところで啓樹、ボスに電話しろって、誰か言った?」

 「うん、ママが電話しろって」

 構造は理解できた。
 しかし、嬉しい。自分で本を読み、先が読みたくなる。頭脳が、感性が、知性がすくすくと成長している証である。
 直ちにamazonに2〜5巻を注文した。

 「啓樹、まず5巻まで送ったから、4巻を読み終えたころ、もっと先が読みたくなったら、ボスに電話しろ。10巻まで送るから」

 「うん、わかった。ありがとう」


 これは後刻の電話である。そして今日、3〜5巻が届いたとの連絡があった。2巻の到着は明日になりそうだ。

 啓樹、明日から3年生である。

 「啓樹、3年生になると勉強も難しくなるから、頑張って勉強しろよ」

 夜、そう電話で伝えた。

 

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