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 2013年1月25日 インフルエンザ・その1

 どういう理由でかは分からぬが、わざわざこのページを選んで読みに来ていただいている懸命な読者の皆様である。今日のタイトルを見た瞬間に、

 「そうであったか!」

 と膝をたたかれた方も多いのではないかと推察する。
 そうなのです。私、インフルエンザでひっくり返っておりまして、高熱にうなされたり、全身に及ぶ倦怠感で何をする気力も起きず、従って、新しい日誌を書こうにも書けない日々を過ごしておいたのであります。


 思い返せば、発症は21日のことであった。
 前日、横浜から桐生に戻った私は、何となく体調が悪かった。熱っぽい。

 「風邪かな?」

 そう思いながら、仕事をこなしていた昼間、

 「安堂さん、ほら、今度桐生に来た彼女の歓迎会をやりません?」

 と仕事仲間から声をかけられた。同業他社に、12月1日付けで、まだ20代の女性がやってきたのだ。やはり、若い女性となると、若い男どもの反応が違う。

 「君、はっきりしないな。俺に『やりません?』って、どうしてお伺いを立てる? 俺は天皇でも君主でも殿様でもない。君がいうべきは『歓迎会をやりましょうよ』ではないか?」

 若い人への言葉の指導は、我らの年代の責務である。彼に比べれば私の方が遥かに年上だが、立場としては同格である。彼の一挙手一投足に許諾を与える権限など、私にはない。お伺いを立てられる身分上の格差はないのである。

 「あー、そうですね。だったら、やりましょうよ」

 うん、それでいい。

 「で、いつやる?」

 実は、その場に、歓迎会の主役となる「彼女」もいた。私に声をかけた彼と彼女の間で短いやりとりがあった後、彼はいった。

 「今日はどうです?」

 今日? うーん、体調が今一だなあ。だけど、あれほど挑発して、その挑発に乗った反応が返ってきたわけだ。いまさら、Noとはいえない。

 「いいよ、今日でも。で、どこでやる? 何時から?」

 時間は午後6時半、場所は私が推薦した居酒屋に決まった。

 この日、私にはもうひとつ予定があった。マッサージである。
 最近知り合いになったミュージシャンに、

 「マッサージのうまいところがあるんですよ。しかも、保険がきくんです」

 と推薦を受け、

 「僕、週に1回通ってるんですが、悪かった腰も肩も、最近何ともないんですよ」

 と背中を押されて、この日の夕刻5時半に、初めての予約を入れていたのである。

 「よし、マッサージを終えてから歓迎会に行こう。幸い場所が近いし、歩いて行けるな」

 と段取りを立てた。


 マッサージは快適だった。私は左半身がバリバリに凝っているそうで、左右のバランスの悪さを指摘された。右肩は前に突っ込んでいるのだという。

 「右肩ほど痛くはないかもしれませんが、左肩は上がりすぎですね。これも痛みますよ」

 さんざんな体である。

 「御免なさいね。なんか今朝から風邪気味で、咳が出たり鼻水が出たりで」

 と恐縮しながら、ベッドの上で3、40分ほどマッサージをしてもらい、初診料込みで880円。

 「えっ、こんなに安いの!」

 と驚き、次回の予約を入れ、少し軽くなったような気がする体をダウンジャケットに包んで外に出た。

 異変は、その瞬間から起きた。

 この日のダウンジャケットは、私が持っている中でいちばん上等なパタゴニアである。これを着ると、真冬でも汗ばむほど温かい。
 それなのに……。

 体が震えた。ガタガタと音が出るほど震えた。奥歯を噛みしめて震えを止めようとするのだが、止まりはしない。挙げ句の果てに、両手の先が痺れて感覚がない。

 「おいおい、どうしちまったんだよ、俺の体。ガタピシ軋まなければ走らない中古車みたいじゃないか」

 歩くのが辛い。できることなら自宅に直行して布団に潜り込みたいぐらいだ。
 が、約束がある。歓迎会だ。

 「出ないわけにはいかないよなあ。小1時間ほど顔を出して先に引き上げよう」

 10分ほど歩いて歓迎会場に着いた。まだ4、5人しか集まっておらず、酒も飲まずに皆が集まるのを待っている。それもいいのだが、私の身体は震えが続いているのだ。ここは熱燗を飲んで体を中から温めるしかないではないか。

 「飲んじゃおうよ」

 と集まっていた仲間を誘い、私は熱燗を頼んだ。
 飲む、注ぐ、飲む。何度繰り返したか。だが、どれだけ飲んでも、ちっとも体が温まらない。指先の痺れも残ったままだ。やがて皆が集まり、乾杯も済んで談笑が始まった。私は、飲む、飲む……。

 「ごめん、俺、帰るわ。朝から風邪気味でさ、ほんと、申し訳ないんだけど、体がしんどくて」

 タクシーを呼び、自宅に戻ったのは、恐らく8時頃であったろう。

 「どうしたの。えらく早いじゃない」

 と怪訝そうな顔をする妻女殿に、

 「熱があるみたいで気分が悪い。それで早く帰ってきた。もう寝る」

 と言い置き、歯を磨いて布団に入った。

 熱がある。だから気分が悪く、頭がもうろうとする。
 であれば、熱を下げればいい。熱を下げるにはをかくことである。

 こうした原則の下、いつもは素肌にパジャマを着るのだが、下着をつけたままパジャマを着た。加えて、エアコンを「暖房」にし、設定温度を24度にした。これで布団をかぶるのである。強制的に汗を書かせる作戦である。
 だから、枕元にタオルと替えの下着を用意した。

 「熱、測ってみたら」

 妻女殿が体温計を持って入ってきた。素直にうなずいて脇の下に挟む。

 「あらー、39度もあるわ。しんどいはずだ」

 そのような高熱は、30歳ごろに出した知恵熱以来、記憶にない。と思いながら、眠りに誘い込まれた。

 なにか、切れ切れに夢を見ていた。どういう訳か、数字が沢山出る。その数字たちは一定の規則に従って並ばねばならないのだが、なかなか並んでくれない。

 「どうしてちゃんと並ばないんだよ!」

 と怒ると、どこからか

 「いいんだよ、適当に並んでれば」

 と言う声が聞こえる。
 規則通りに並べな何かが起きるのか、起きないのか。そもそも、何故数字を規則通りに並べねばならないのか。その規則とはなんなのか。

 ひょっとしたら、最近読んだ「解錠師」(ハヤカワ文庫)と、最近はまっているパソコンゲーム「マインスイーパー」がごっちゃまぜになっているのか。

 頭の中にいっぱい数字を貯めたまま目が覚める。下着のシャツはすでに汗みどろである。脱いで、タオルで汗を拭き取り、新しい下着を身につけてまた布団をかぶる。たちまちのうちに夢の世界に引きずり込まれ、また数字と格闘する。

 「どうせ格闘するのなら、ヌードの美女軍団相手じゃなきゃいやだ!」

 と考えるゆとりも元気もない。とにかく、数字の中で藻掻き続ける。そして目覚め、下着を取り替えて、再び数字の世界へ……。

 私は寝ているのか、起きているのか。どうして数字と格闘せねばならないのか。私は数学者ではないし、そんなものになりたいと思ったこともないのだぞ!

 2013年1月21日の夜、それに続く22日の夜明け前、私は夢幻の世界に漂っていた。
 そして、インフルエンザなど、夢にも思わなかった。

 

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