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 2012年12月24日 病んではおりませぬ

 比較的長いご無沙汰であった。
 ないと思うが、ひょっとして、私が病の床についているのではないかとご心配いただいた方もあったやもしれぬ。ご心配めさるな。私、病んでなどおりませぬ。

 予想の範囲内だったとはいえ、選挙結果のあまりの無残さに萎えてしまった面はある。日誌を書こうと思っても、なにやら気力はわかないし、そもそも、テーマを思いつかぬ。

 そうこうしている間に21日、東京に行く仕事ができた。今となっては、東京に行く仕事ができてみたところで、仕事を終えたあとでともに時を費やしたいと思う女性も、東京には払底しておる。では、と、旧知のH氏に連絡を取ると、その日の夜はすでに予約済み。

 かくして、21日は朝から妻女殿を前橋日赤にお連れし、桐生に戻るやいなや、東武鉄道に飛び乗って都へ向かい、仕事を終えて横浜まで体を運び、あとは瑛汰と璃子の慰み物になった次第であります。

 「ボス、いつまでいるの?」

 「璃子たん、ボスと寝る」


 という2人に翻弄され、翌22日は帰るに帰れず。川崎のラゾーナで2人に書籍を買い与え、昼食後、瑛汰のスイミングに付き合って、夜は瑛汰と添い寝。
 23日は朝から瑛汰のサッカー練習の付き添い。日が差さぬ平安小学校の校庭で、ダウンジャケットを羽織りながらも、足元から這い上る寒気に震えた。

 「今日も帰っちゃ嫌だ」

 と2人に引き止められながら、やっと午後2時半に吹っ切って桐生に戻ってきた次第。そんなこんなで日誌を書く時間がなかったことはご理解いただけるのではなかろうか。

 しかし、今回の横浜行きで、璃子の本性を見た気がする。
 クリスマスプレゼントに、私は「メルちゃん」をお送りした。璃子が欲しがったからである。その璃子はすこぶるメルちゃんを愛し、メルちゃんと遊んではいる。

 が、である。

 「璃子、メルちゃんも連れてこなくちゃ」

 ベッドにメルちゃんを置き去りにして居間に出てきた璃子に、私はそういった。なにせ、私が買い与えた人形なのだ。
 璃子は

 「うん」

 と腰を上げ、寝室に向かった。
 寝室から出てきた璃子は、メルちゃんの頭髪をわしづかみにしてぶら下げ、

 「メルちゃん、連れてきた」

 とニコニコした。
 璃子、髪の毛でぶら下げられたら、メルちゃん、痛いんじゃないの?
 と注意する隙も与えぬ見事な掴みようであった。
 後生畏るべし。


 帰宅2日目の本日、やっと年賀状の原版を作り上げた。もう、そんな時期である。印刷は明日。添え書きは明日の夜だ。

 そして26日は車の修理。7年近くなると、あちこち痛み始めるものらしい。オイルが漏れ始めた。これは経年変化でパッキンが傷んだためらしい。ついでに、クラクションがおかしくなった。2つの音が一緒に出て重厚な響きを醸し出す我がBMWなのに、うち一つが鳴らなくなった。おかげで、ピーッという甲高い音が出るだけで、はなはだ威厳がない。
 この2点を修理に行く。

 となると、翌日はもう27日。今年もあとわずかである。

 本日、ほぼ半世紀前に会ったっきり、賀状の交換ぐらいしかしていなかった友からメールが来た。15歳の私が派米少年に選ばれたとき、北海道から選ばれて同行した山本君である。
 なんでも、神戸で大学教授をしているそうで、ことに寄ったら3月に桐生に立ち寄り、私に会いに来るという。

 友あり遠方より来たる また楽しからずや

 そんな思いだ。

 が、半世紀。彼は

 「私は坊さんのような頭になり,血糖値が上がり,鼻腔の炎症が回復せず」

 なのだそうだ。
 
 さて、かつての紅顔の美少年2人が半世紀ぶりに顔を合わせて何をするか。
 実現したら、ルポルタージュを書こうと思う。
 なお、私の派米少年時代をたどりたいという奇特な方は、こちらから始めていただきたい。連載形式で、15歳が体験したアメリカを書いてある。

 いずれにしても押し詰まった。今年の残り少ない日々、皆様も有効にお使いいただくようお願いする。

 

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