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 2012年1月2日 蜜月

 啓樹との蜜月が続いている。

 いまの啓樹の課題は、かけ算の九九である。我が家に来たときは6の段まで何とか終え、7の段に取りかかったところであった。

 「啓樹、ママが来るまでに九九を全部覚えような」

 それが、私が啓樹に課したテーマであった。

 啓樹より2歳下の瑛汰は、公文の学習塾に通い、すでに8の段に取りかかっている。
 塾に通ったことがない私は、確か小学校3年か4年で、初めて九九というものの存在を知った。だから、学校の学習過程を先取りして九九を覚えることに意味があるのかどうか、疑問を持たないわけではない。学習指導要綱に沿って子供が覚えれば、それでいいではないか、とも思う。
 が、瑛汰は8の段を手がけ、2歳上の啓樹は7の段では、世の秩序が保てない。

 啓樹よ、長じた者は遅れてくる者の上に立たねばならない。やるぞ、九九!
 ってな乗りである。

 九九とは、覚えるしかないものである。ギターを弾きながら歌う歌詞と同じく、覚えて、いつ何時でも取り出せるものでなくては役に立たない。であれば、記憶の底にしみ込ませるしかない。

 「啓樹、そこに立って九九を2の段からいいなさい」

 私の指導はそれだけである。
 間違えれば、間違えた部分だけ10回いわせる。その上で、その段を最初からもう一度いわせる。それだけのことである。
 いや、それだけではない。とにかく、繰り返させる。風呂に入れば、風呂の中で九九をいわせる。車で出かければ、車の中で九九をいわせる。
 そして、間違いなくいえれば、大いに褒める。一緒になって喜ぶ

 啓樹が我が家に来たのは12月29日。特訓が始まったのは30日である。そして今日、啓樹は九九をマスターした。間違いなくいえるようになった。
 まだ、記憶の根底に貼りついているかは不明である。だが、私の目的は、記憶の底に張り付かせることである。明日の朝も、また2の段からいわせる。間違ったところを10回いわせる。
 こんなことを1週間も続けていれば、九九は記憶の底にべったりと張り付く。人間の記憶とはそのようなものである。

 「啓樹、ブロックを積み上げたことがあるだろう。ブロックを高く積もうと思えば、一番下をしっかり作らなければならないよな。九九は、一番下だ。九九をちゃんと覚えると、次の勉強ができる。九九が判らないと次の勉強も判らない。だから、ちゃんと覚えるんだぞ」

 「九九より難しいのがあるの?」

 「ああ、九九を覚えたら、次はかけ算の筆算がある。割り算もある。九九を覚えていないとできないぞ。その次には分数があって小数がある。中学校に入ると方程式が出てきて、高校に入ると微分や積分、集合なんてのもある。一つ一つ積み上げていくと、そんなのも判っちゃうんだよ」

 微分も積分も集合も、私は学んだ。ただ学んだというだけで、いまは何も記憶にない。そんな私が言うことにどれだけ意味があるかどうかは別として、啓樹には学ぶことの面白さ、大切さを伝えたい。

 「そうか。でも、ぼくは九九ができるもんね」

 それでいい。

 「勉強したら、何でも判るようになるの?」

 根源的な問いである。根源的な問いには、たとえ相手が幼児であろうと、きちんと答えねばならない。

 「いや、ボスだって知らないことはたくさんある。知らないことの方が多いんだよ。何でも判るというのは誰にもできない。だから、ボスだっていまでも勉強してる。でも、全部を判ることは誰にもできない」

 入浴中の会話である。

 が、いずれにしても、九九を全部いえるようなったということは、啓樹に自信を与えたようだ。最初は自信なさげに九九をいっていた啓樹が、大きな声で九九をいえるようになった。
 8の段がいえるようになったら、8の段のドリルをやらせた。
 9の段がいえるようになったら、9の段のドリルをやらせた。
 当然、すべての答えが正解である。
 ○で埋まったドリルを啓樹に返す。

 「簡単だったろ?」

 「うん、ボス、勉強って面白いね」


 それでいいのである。

 で、その啓樹を連れて、今朝は黒保根に卵を買いに出かけた。黄身がオレンジ色をした実に見事な卵を9個400円で買える養鶏場である。
 が、途中で断念した。車が渋滞していたのである。途中に貴船神社があり、恐らく初詣客であろう車の列がほとんど動かなかった。
 Uターンして、ヤオコー。我が妻殿の命に従い、メモ書きされた買い物を済ませる。ついでに、啓樹に小学2年生が読む伝記と九九のドリル、小学2年生用の国語のドリルを買う。
 すっかり、教育ボスである。


 啓樹の両親と弟が、今朝四日市を発った。現在午後10時だが、まだ着かない。帰省客のUターンラッシュに巻き込まれ、今ごろどの辺にいるのやら。今日中には到着すると思うが……。

 我が長男は、年末から風邪を召したらしい。その状態で大晦日、妻女の実家に里帰りし、元日に

 「車の運転ができなかったら電車で行くよ」

 と、咳き込みながら我が妻殿に電話したらしいが、妻殿が

 「それだったら来なくていい」

 と冷たく言い放ったとのことだ。
 珍しく、正しい判断である。

 無論、元気であれば暮れだから、正月だから実家に帰るというのは日本の麗しき風習である。
 が、健康が損なわれた体に鞭打ってまで実行すべき風習ではない。風邪をひいたのなら、麗しき風習には一時的におさらばをして、まず、じっくりと健康を回復すればよろしい。
 双方の実家に挨拶をしたいのなら、健康を回復したあと、1月中にたずねればよろしい。

 それが現代人の常識だと思うのだが、我が長男は常識よりも世俗の風習を大切にする守旧派に育ってしまったか?
 
 ま、風邪を治して、月内に顔を見せなさい。それでいいんだから。

 

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