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 2011年11月14日 私はスター?

 さて、結果は報告せねばなるまい。予告をしたのだから、その結果をお知らせするのは、書き手の責務と心得る私である。

 12日土曜日、宴会兼私のコンサートは、確かに開かれた。参加人数は、男性4人、女性2人。全員で鍋をつつき、私はギターを抱えて歌った。
 以上、報告終わり。


 では、味気ないよな、やっぱり。
 味気のある報告が、どうしても必要だよね。

 その朝、私はやや緊張していた。初のコンサートである。緊張するなという方が無理だ。私だって、できることなら恥はかきたくない。

 で、朝からギターを抱えた。コンサートの前の、最終の仕上げである。
 午前中、2時間ほどは練習をしたろうか。昼食を済ませ、手コネ寿司の材料を買い求めに赴いた。カツオの半身が3500円であった。脂がたっぷりのった見事なカツオだった。価格も見事ではあったが。

 カツオの半身と、シャケとアサリを買い求め、自宅に戻った。
 宴会兼コンサートが始まる午後7時までは、まだたっぷり時間がある。

 時間とは不思議なもので、追われると焦る。
 だが、たっぷりありすぎても焦るのである。

 「このまま、何もせずに初舞台に上っていいのか?」

 時間がなければ、

 「えーい、ままよ!」

 とギターを抱えて舞台に上るしかない。が、時間があると、焦りのあまり、

 「もう少し弾き込んだ方がいいのではないか?」

 とギターを抱えてしまう。そう、午後も3時間ほどは弾いて歌っただろうか。

 追い込まれると、人間とはかよわい。
 弾く。間違える。これはいかん、と、また弾く。前に倍して間違える。こんなはずではなかったと、また弾く。3倍間違える。何だか、底なし沼に足を突っ込んだ気分である。

 「えーっ、俺、本当に舞台に立てるのかよ!」

 といっても、今度はどんどん時間が迫ってくる。焦りが募る。

 少し前に、「スウィート・トロント」というドキュメントを見た。1969年、カナダのトロント・バーシティ・スタジアムで開かれたコンサートを記録したものである。メインは、あのJohn LennonThe Beatlesの最後のコンサートは1966年8月。それ以来の舞台に上るJohn Lennonは、舞台裏で激しく嘔吐しながら出番を迎えたという。

 そう、あのJohn Lennonでも緊張するのだ。その挙げ句、嘔吐するのだ。ましてや、私が緊張するのはあたり前ではないか?
 向こうは数万人の観客。私は数人の観客。だが、人前に立つ緊張に、聴衆の多寡は関係ない。

 「やーめた。これ以上練習したって、無駄、無駄」

 高校時代、中間試験、期末試験を迎えるたびに、

 「普段は勉強してないのに、試験の前だけ勉強したって無駄ジャン!」

 と、早々と布団に潜り込んで眠りを貪った日々を、久しぶりに思い出したのは、午後4時頃であった。

 「もう、舞台に立つまでギターは弾かない!」

 
 さて、会場は一人暮らしの同業他社氏の自宅兼事務所である。手コネ寿司(何と、米を1升炊いて作ったのだという。作りすぎである)、サラダ、日本酒1升、そしてギター2台、譜面代、歌詞カードを持って、決戦の場に赴いた。
 着くと、会場は2階だという。上がってみると、畳敷きの6畳間。その真ん中に座卓があり、その上に鍋用のコンロが置いてある。

 「はあ、これが私の初舞台の会場であるか……」

 でも、座卓はコンロで占領されている。ん? 取り皿を置く場所もないぞ。どうやって鍋物を食べる? 畳の上にでも置いておくのか?

 いずれにしても、これが初舞台の会場なのだ。

 宴会が始まったのは、午後7時半頃であった。まず、全員ビールで乾杯(正確に言うと、一人だけお茶。「今朝の3時まで飲んじゃって。今日はやめとく」と宣うた剛の者は、まだ20代前半の女性である)。少し鍋をつついて、

 「じゃあ、やるわ」

 と私は宣告した。

 「えーっ、もうやるんですか?」

 というブーイングが来た。こいつ、物事が判ってない。

 「あのさ、しらふでも危ないギターが、寄って上手く弾けると思う?」

 続けて、

 「バカめ!」

 と言いそうになったが、慌てて言葉を飲み込んだ。これから私は、この人たちをギターと歌で楽しませなければならないのだ。事前に怒らせてどうする?

 Opening Numberは、言わずと知れた

 ・Tears In Heaven

 である。持ち歌の中では、比較的に間違うことが少ない曲である。それに、

 「これを弾き語りできたのは、私の生徒ではあなたが最初」

 とギター教室の先生に褒められた曲でもある。その一点にすがりついて身につけた自信がある。

 終わると、まばらな拍手が来た。まあ、全員が拍手したところで5人である。舞台に立つ私からはまばらな拍手にしか聞こえない。

 「じゃあ、次行きます。これは、女性が強くなりすぎたいまを予見した曲でもあります」

 ・プカプカ

 だ。

 おれのあん娘はタバコが好きで
 いつも プカ プカ プカ
 体に悪いからやめなって言っても
 いつも プカ プカ プカ

 遠い空から降ってくるって言う
 「幸せ」ってやつがあたいにわかるまで
 あたい タバコ やめないわ
 プカ プカ プカ プカ プカ

 おれのあん娘はスウィングが好きで
 いつも ドゥビ ドゥビ ドゥ
 下手くそなスウィング やめなって言っても
 いつも ドゥビ ドゥビ ドゥ

 あんたが あたいの どうでもいいうたを
 涙 流すまで わかってくれるまで
 あたい スウィング やめないわ
 ドゥビ ドゥビ ドゥビ ドゥビ ドゥ

 Ah おれのあん娘は 男が好きで
 いつも ウフ ウフ ウフ
 おいらのことなんか ほったらかして
 いつも ウフ ウフ ウフ

 あんたが あたいの 寝た男達と
 夜が明けるまで お酒のめるまで
 あたい 男 やめないわ
 ウフ ウフ ウフ ウフ ウフ

 おれのあん娘はうらないが好きで
 トランプ スタ スタ スタ
 よしなって言うのに おいらをうらなう
 おいら 明日死ぬそうな

 あたいの うらないが ピタリと当るまで
 あんたとあたいの 死ぬ時わかるまで
 あたい トランプ やめないわ
 スタ スタ スタ スタ スタ

 あんたとあたいの 死ぬ時わかるまで
 あたい トランプ やめないわ
 スタ スタ スタ スタ スタ


 という歌詞は、女の足元にひれ伏して、愛をこいねがうしかなくなったいまのタマ抜かれ男たちの状況を正確に予見している。驚くのは、これを歌ったのが男であることだ。
 男とは、女にハイヒールでめちゃめちゃに踏みしだかれたいというマゾヒズムを心の内に持っているのであろうか?
 ん? この曲を選んだ俺は?

 3曲目は

 ・San Francisco Bay Blues

 4曲目は

 ・ジェームス・ディーンにはなれなかったけれど

 と進み、会場を見る。ん? ひょっとしたら、誰もついてきてないのではないか?

 「ねえ、いまの歌、知ってる?」

 「いや、いい歌だけど、誰が歌ったんですか?」

 「クラプトンは判るよね。あとは、プカプカがディランU、ジェームス・ディーンは岡林信康」

 「ああ、名前だけは聞いたことがあるような。でも、いい歌ですねえ」


 そうか、判ってくれるか、私の選曲を。

 ・Layla

 をやろうとした記憶はある。が、やったかどうかは定かではない。

 ・Norwegian Wood

 は、

 「弾きながら歌うと、ギターを間違えそうなので、君、歌ってくれないか?」

 と呼びかけたものの、

 「いや、僕、歌ったことないんですよね、好きな曲だけど」

 といわれて、部分的にギターを弾いたような気がする。
 と、ここまで来て、何となく、潮時を感じた。

 「じゃあ、次の曲で最後にするわ」

 ・さようなら世界夫人よ

 で締めた。
 恐らく、20分前後のステージであった。全盛期のビートルズのステージ(おおむね30分前後)よりも短いパフォーマンスであった。
 ギターを仕舞いながら、

 「みんなも一緒に歌えばいいと思って歌詞カードを作ってきたんだけど」

 と打診してみた。

 「いやあ、みんないい曲なんだけど、聞いたことがなくて。チューリップだったら、僕らの世代は歌えるんですけどね。安堂さん、次回までにチューリップの曲を仕込んでくれませんか」

 私は、飲み屋を流す演歌師ではない。客が歌いたい曲ではなく。私がやりたい曲をやる。
 でも、俺の好み、マイナーかな……。


 一人だけ、アルコールの誘惑と完全と戦っていた女の子が、3人を車で送ってくれた。彼女の愛車は、ベンツのAクラスである。
 飲んで、運転代行で帰ればいいじゃないかという周りの誘惑を彼女は完全とはねのけ、お茶けで通した。

 「だって、きたないオヤジが私の車に入ってくるのは気持ち悪いじゃないですか。それがいつも私が座る運転席に座ってハンドルを握る。考えただけで鳥肌が立つ! 厚手のズボンをはいて、手袋を3枚も重ねてくれれば我慢できるかも知れないけど」

 体の割に、神経が過敏すぎる子である。ま、そのおかげで自宅まで送ってもらったのではあるが。

 遅い時間だったが、どういう訳か、彼女の車に乗った全員が、我が家で途中下車した。我が家に入ると、まず目につくのはクリスキットのオーディオシステムである。
  遅い時間なのに、何故か妻女殿が寝室から降りてきた。妻女の眠りを破らないよう、静かに、水でも飲ませて追い払おうと思っていたが、こうなれば遠慮することはない。

 「そうそう、今日歌った曲のオリジナルを聞きなよ」

 と頭脳警察をかけ、岡林を歌わせ……。

 いつの間にか、この日歌った曲のオリジナルが入っているCDをコピーしてプレゼントすることになったのは何故だろう?
 全員がいなくなったのは、午前1時頃である。


 というわけで、昨日はぼんやり過ごした。恐らく、二日酔いが長引いたのであろう。ギターを弾く気にもなれなかった。ましてや、日誌を書く気力はわいてこなかった。ひたすら、CDのコピーに追われた日曜日。

 というわけで、結果報告が遅れてしまいました。
 ごめん。

 

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