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 2011年10月15日 九州電力

 私が九州・大牟田の生まれであることはすでにお知らせした。
 大学は福岡市に通った。初めて明かすが、九州大学の、

 あ、ほうがくぶ

 である。
 これ、赤字の部分は、読点を無視して、声を出してお読みいただきたい。法学部出身者とは、ま、その程度のものである。

 いまから結婚をすることになれば、仲人さんは

 「新婦は九州大学法学部(まさか、あ。ほうがくぶ、とはいわないだろう)を優秀な成績でご卒業され……」

 と挨拶をされるはずである。
 この事実でも分かるとおり、ある特定の状況で伝えられる

 「優秀な成績」

 とは、何とか卒業できる程度の低空飛行の言い換えである。が、まあ、それは今日の本題ではない。

 九州大学を卒業した私は、九州電力に就職する可能性もあった。何しろ私の卒業時、地元で就職しようとすれば地方銀行か、九州電力か西日本鉄道、ぐらいしか選択肢はなかった。つまり私は、ひょっとしたら今ごろ、球種電力の役員であったかも知れないのである。
 
 「お前が役員? ありえねー!」

 と言う声が聞こえてくるような気がする。ま、書いてる私も、それはないだろうと思いながら書いている。単なる可能性の話として記しただけだけである。

 その九州電力が無茶苦茶だ。

 玄海原子力発電所の説明会でやらせがあった。
 その程度ならたいしたことはない。やらせ抜きで原発賛成派が多数を占めるはずはない。おおかたは、恐らくそうであろうと思いながら、ま、いいか、で済ませてきた。その程度のものである。だから、日本に54基の原発が存在する。おおかたは、うさんくさいものを感じながらも原発を容認してきた。
 いいか、悪いか、ではない。それが現実である。

 そのやらせが発覚した。今回のやらせを促したのは佐賀県知事らしい、ということになった。
 福島原発の事故の直後、玄海原子力発電所の運転再開を認めるかどうかの説明会にやらせがあった。いわゆる「やらせメール」を出したのは九州電力の社員たちである。それだけなら、まあ、社畜ともいわれるサラリーマンの行動だから理解できないこともない。そして、それだけですんでいたら、

 「九州電力って、いや電力会社ってその程度なんだよねえ」

 でことは収まっていた。
 ところが、そのやらせを促したののが地元の佐賀知事であった。これはちょっとしたスキャンダルである。

 この問題を追及された九州電力は、第3者委員会を設けて事実を究明した。委員会は、知事の発言がやらせメールのきっかけになったと認定した。
 なのに九州電力は、国に提出した報告書で、佐賀県知事の関与にまったく触れなかった。

 これが、今回の騒動である。

 みんな怒った。九州電力の第三者委員会の委員長を務めた郷原信郎弁護士は

 「都合の良いところをつまみ食いしてちりばめた報告だ」

 と怒りを隠さず、真部利応社長はやめるべきだ、と断言した。

 ま、そんなものであろう。第3者委員会とは、費用を負担する発注者にも縛られることなく、できるだけ客観的な立場で事実を究明するために設ける。発注者が差配できるのは人選だけである。選んでしまったら、結論には従う。そうでなければ、第3者委員会を設置した意味がない。

 九州電力は

 「私どもが無実と考えている方にぬれぎぬを着せることはできない。見解の相違が出てくるのはやむを得ない」(真部利応社長)

 と、第3者委員会の意味を全面否定した。この人、いったい何のために第3者委員会を設置したのだろう?

 メディアは九州電力批判一辺倒である。ま、そりゃあそうだろ。これは経産相が強い不快感を示すのを待つまでもなく、九州電力はおかしい。どれほど批判されても仕方がない。

 とはいうものの、メディアもまともではない。必要な仕事をしていない。
 あんたら、口を極めて九州電力を罵ってるけど、あんたらの仕事はそれだけかい?

 九州電力の真部利応社長の対応が、何とも納得いかない。

 社内で不祥事があった。社内では、ま、そんなものよ、という共通理解があったことではあろう。だが、それが明るみに出た。時期が悪かった。福島で原発事故が起きた直後である。休止中の原発の再稼働には世間の厳しい視線が注がれていた。その中でのやらせである。九州電力は第3者委員会を設置して事実の究明を委ねた。

 ひょっとしたら、世間の目をそらす狙いがあったのかも知れない。そうだとしても、ここまでは極めてまっとうな対応である。誰にも批判されるいわれはない。

 道を踏み外すのは、第3者委員会の報告が出てからだ。明確に佐賀県知事の発言が発端だったという結論を無視し、国への報告から落とした。

 原発設置県である佐賀県の意向は、九州電力には重いものである。その政治的圧力に屈してやらせメールをやってしまったとしたら、九州電力の罪はワンランク低いものとなる、と考えるのが普通である。九州電力に強かった世間の風当たりも、これからは佐賀県知事に向く。だとすれば、九州電力は第3者委員会の結論をそのまま国への報告書に盛り込むことにメリットがあったはずだ。
 なのに、盛り込まなかった。

 すでに公表されていた第3者委員会の報告と違った内容の報告を国にあげれば、国が不快感を示すことは容易に想像がつくことである。恐らく、真部利応社長がいまの地位にとどまることは難しいだろう。九州電力は政治権力に屈せざるを得ない被害者であった、という第3者委員会の報告をそのまま採用しておれば、真部利応社長の首が繋がる可能性もあったはずだ。
 なのに、無視した。

 どう考えても、九州電力が国に提出した報告書は、九州電力にメリットがない。
 なのに、提出した。

 何故だ?
 想定できるあらゆるメリットを振り捨てても佐賀県知事を守る姿勢を見せなければならなかった九州電力の事情、それを取り巻く情勢、力関係とは、いったいどのようなものなのか?

 という疑問に答えるのがメディアの務めではないか?
 
 やらせメールが発覚したのは、確か7月。すでに3ヶ月がたつ。この間、この事件を担当した記者、九州電力を担当した記者はどんな取材を続けてきたのか? 3ヶ月にわたる取材活動で仕入れた情報を生かして、読者の基本的な疑問に答え、洛陽の紙価を高める絶好のチャンスだったはずなのに、新聞にもテレビにも、そんな視点はどこにもない。

 あのさあ、

 「九州電力けしからん!」

 ってのは、誰でもいえるのね。私だっていえる。隣のおばあちゃんだっていえる。明日デートする女の子でもいえる(いや、ここは単なる願望です、はい)。
 だけど、情報で世間を渡っていこうというあんたらの仕事は、拳を振り上げて

 「けしからん!」

 ということではない。
 何がどうしてこうなったかを、裏付けのあるデータで描き出すことだ。

 「けしからん!」

 という拳は、何も生み出さない。だが、九州電力がこういう事態に追い込まれた過程をつぶさに描き出すことは、きっと将来の役に立つ。

 というのは、ジャーナリズムの基本だと私は思うのだが、ジャーリズムの基本とは、ジャーナリストの間では死語になってるのかしらん?

 奮闘せよ、ジャーナリスト!
 私の疑問に答えてくれる記事を待っている!!!

 

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