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 2011年9月13日 看護師

 まったくお節介な会社である。
 看護師による健康診断があるというので、朝から前橋まで行く羽目になった。
 薄らぼんやりとした記憶をたどると、1年ほど前にもあった。東京から看護師のお姉ちゃんが来て、30分ほど面談する。それだけのことである。

 「安堂さん、最近、体調はいかがですか?」

 などということを聞かれる。ま、仕事をしているふりをしているぐらいだし、桐生から車を運転して前橋まで来ているのだから、体調はそこそこであることは聞かなくても分かると思うのだが。それでも、この質問は必須らしい。

 「まあね、この歳になると、朝目が覚めた瞬間に、ああ、今日も生きて迎えることができた、ありがとう、って感謝したくなるのだよ。うん、ヘルニアでの具合がいまいちなのと、血圧ぐらいだね、問題は」

 娘のような年頃の看護師さんに、丁重にお答え申し上げる。

 「血圧、測ってます? 念のために測ってみましょうか」

 プシュプシュプシュ(空気を入れている音)

 「あれ、158-104。やっぱり高いですよ」

 「ま、気にしなさんな。私はいいのだよ、明日脳溢血で倒れようと。すでに私は余生に入っておる。どこか悪いところがあるのが普通ではないか。それに、あなたのように若くてチャーミングな女性と2人きりで話しているのに、ドキドキせずに血圧が上がらない男がいるとは信じがたいのだが」

 といいながら、自分で思う。口は重宝である。重宝な口は、その場を和ませるために使わねば存在価値がない。

 そのようなたわいもない話の中に、聞き捨てならないことがあった。
 彼女は昨日から前橋に来て、社員との対話をしている。だから、私は聞いた。

 「昨日は前橋の連中と飲んで盛り上がったの?」

 その仕事が役に立つかどうかは別として、若き乙女がわざわざ東京から来てくれたのだ。夜の宴で歓迎するのは地元勢の務めであるはずだ。

 「いえ、一人でホテルに帰って……。ほかの県にいくと、必ず夜は飲み会になるんですけどね。ほら、私、東京にいると、担当の患者さんがいるじゃないですか。どこかおかしくなってしまった人ばかりで、そういえばこの会社、精神がおかしくなる人が多すぎるような気もするんだけど、とにかく患者さんと会うのが仕事で、普通の人とはほとんど会話ができないんです。だから、地方に出て、普通の人たちとワイワイやるのが楽しみなんですけど、でも、昨日は何にもなし」

 そうなのである。我が社の前橋は病んでおる。何しろ、前橋の責任者、そしてNo.2、それにこの2人にごまをする連中は、部下である女性に向かって言い放つのだそうだ。

 「えっ、僕を食事に誘ってるの? ごめん。僕、女性と2人だけでは食事に行かないんだ。みんなと一緒ならいいけどね」

 私は、セクハラという言葉、概念に大きな疑問を抱いていることは何度か書いた。だが、この連中は会社がセクハラに厳しい態度で臨むことに疑問も持たず、唯々諾々と従うばかりである。
 
 君子危うきに近寄らず

 を実行しているつもりになっているのか。
 たとえ部下とはいえ、女性と2人だけになれば何をいわれるかわからない。一緒だった部下の女性が、あることないこと言い立てる危険もある。くわばらくわばら。そんなことになったら、私の社内での地位はどうなる野のよ。そんな危ないところに近づけるか!

 と我が身を守っているのだとすれば、己のみを大事とする典型的なサラリーマンでしかない。女性といえども部下なのだ。じっくり話すことで仕事をさらに発展させることが全体の利益に貢献する、とは考えないのか? 2人だけで話すことでしか伝えられないことがあるとは思わないのか?

 それとも。
 たとえ部下とはいえ、女性と2人だけになれば、自分で抑えるのが難しいほど男性ホルモンが噴出してしまうのか。たやすく野獣に変身する自分を理解しているから、あえて避ける。だとすれば、見上げた克己心であるという他ない。

 ま、そんな連中が仕切る前橋である。東京からの賓客をもてなさないことに何の不自然もない。

 「そうか、それは寂しかったな。じゃあ、帰りに桐生に寄っていく? 歓迎してやるぜ」

 私は危うきに近寄る君子である。

 「ありがとうございます。ところが、会社の私の患者さんが暴れ出したらしくて、ここの仕事が終わったらすぐに帰って来いって連絡が入っちゃって」

 まあ、半年前にボーイフレンドができたばかりという彼女である。無理に引き留めるのも野暮というものであろう。

 「じゃあ、気が向いたら、桐生まで遊びにおいで」

 といって別れた。


 ここで終わるつもりだったのだが、連想ゲームで思い出した。今朝の上毛新聞の記事である。

 「男性ホルモン イクメンほど減少」

 という見出しがついていた。
 それによると、独身時代に、男性ホルモンであるテストステロンの分泌量が多い男性ほど、後に父親になっている傾向がある。ところが、父親になってしまうと、独身時代に比べてテストステロンの量が30%も減っていた。同じ年齢でも、独身のままだとテストステロンの量は10%減っただけだった。
 さらに、父親になって毎日1時間以上子育てにかかわると、テストステロンの量はさらに20%減った。
 米国とフィリピンの合同研究チームのレポートだという。

 ということは、あれか? 子供って、男の浮気心を封じる特効薬なのか?

 うーん、私は3人の子供の父親である。私のテストステロンの減少量は? 単純に3倍すれば90%も減っていたことになるが……。
 もっと気になること。
 私は子育てを終えた。だから、かかわるべき子育ては、もうない。私のテストステロンの量は回復しているのか? 再び野獣になれるほどに増えているのか?
 それとも、いったん減ったテストステロンは回復しないのか?

 いまから布団に入って、我が行動面を検証して、テストステロンの分泌量を推計してみるか。私は野獣になり得るか……。

 

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