●日誌一覧

シネマらかす

グルメらかす

音らかす

旅らかす

スキーらかす

事件らかす

 2011年9月6日 ヒステリー

 昨夜のことである。
 市内の小料理屋で、集まりを開いた。
 私を除く参加者は、大学教授、市内の経営者市の中堅幹部。たいした肩書きがないのは私だけ。総勢8人である。全員が我が友人であり、

 「桐生市再生のためには産業界と大学の連携が必要である。産学の連携は会議からは生まれない。真の連携すは、ともに酌み交わす杯から芽を出すのである」

 という私の与太話にウカウカと乗ってくる迂闊者の集まりでもある。

 その最初の飲み会だったのだが、それはどうでもいい。

 メンバーがおおむねそろったのは午後6時過ぎであった。初対面同士の名刺交換も終わり、生ビールによる乾杯も済ませて宴が盛り上がりかかったころだった。

 「お待たせしました」

 店のお姉さんが、鉄板焼を我々のテーブルに運んできた。モヤシの上に焼き肉が乗り、いい匂いを放っている。食欲が刺激される。

 「えっ、これ、頼んでないよ」

 会の世話役が発言した。そうか、これは我々の食い物ではないのか。そう思うと、ますます食べたくなる。

 「えっ、あ、間違っちゃった。御免なさい」

 お姉さんが、鉄板焼きを隣のテーブルに持っていった。

 「御免なさい、間違っちゃって」

 まあ、飲み屋では時折ある間違いである。間違いは人の常。だから、ヒューマンエラーを見越した安全対策が望まれるのである。
 ま、飲み屋での間違いなんて、それで人類が破滅するわけもない。ニコッと笑えば住む話である、というのが世の常識である。私は、そして我々グループは、全員がそう思ってグループ内での雑談に花を咲かせ直そうとした。その時である。

 「おい、こんなものが食えるか!」

 隣のテーブルからオヤジのだみ声がした。我々グループ全員の目が、別に申し合わせたわけでもないのに隣のテーブルに集中した。

 「でも、ご注文いただきましたので」

 お姉さんがいっている。オヤジは聞く耳を持たない。

 「頼んだことは頼んだ。が、もういらないといってるんだ。食えるか、こんなもの」

 不思議なオヤジである。食べたいから注文したのだろうに。それが目の前に出てきたら食えないってか? どうやら、間違って先に我々のテーブルに出されたのがよほど気にくわないらしい。

 「いいから、下げてくれ!」

 いや、我々のテーブルに先に出てきたので、慌て者揃いの我がメンバーの誰かが箸をつけた、というのなら理解できないこともない。だが、事実は、誰かが箸をつける前に

 「えっ、これ、頼んでないよ」

 との声が出て、鉄板焼きはそのまま手つかずの状態で隣のテーブルにワープしたのである。なのに、このオヤジ、何でむくれてる? ヒステリー体質か?

 冒頭に書いたように、我がグループは迂闊者集団である。そして、私の左隣にその代表者がいた。従業員100人の会社を率いる青年実業家である。

 「あ、だったら、それ、僕が食べたい。こっちに持ってきて」

 火に油を注ぐひと言とは、このような発言のことである。にこやかな表情だったところから判断するに、発言者には粗塩であるという自覚はなかった。むしろ、その場を丸く収めるチョコレートを差し出したという意識しかなかった。チョコレートを差し出すつもりで、手の上に乗っているのは確かにチョコレートだと確認した上で手を差し出したら、彼以外の目には、味覚には、それはチョコレートの形と色をした粗塩でしかなかった。
 
 瞬間、私は彼の経営能力に疑問を持った。君、100人の従業員を引っ張っていける?

 約10分後、オヤジは店を出て行った。その妻らしきおばちゃんが支払いをしていた。

 「えっ、女房も一緒にいたの。だったら、普通止めるでしょ。お父ちゃん、アホなこといわんといて、ってな具合に」

 隣の仲間に聞いてみた。

 「普通そうですよね。でも、あのおばちゃん、オヤジと一緒に怒ってった」

 桐生とは、奥深い街である。

 なお、不思議な2人が店を去ったら、我がグループから

 「やっぱり、さっきの食べたい!」

 と言う声が出た。

 「やめな。さっきのはもう冷えてるから、きっとレンジでチンして出てくるぜ」

 と注意を喚起したが、どうしても食べたいという。
 店主が、

 「いいですよ、食べてください。いつも来ていただいてるんで、サービスします」

 といって、本当に先ほどまで隣のテーブルに置かれて行き場を失っていた鉄板焼きを持ってきた。やっpり、レンジでチンしたのかな?
 と思いながら、全員で、つまり私も含めて全員で楽しんだのはいうまでもない。


 で、我々は原酒をしこたま飲み、全員がほぼへべれけになった。

 「安堂さん、あんたと知り合ってよかった。こんな場に出させてもらってホントに幸せです。ありがとうございます」

 ある社長がいった。ホントにそう思っているらしい。まなざしにはすら感じ取れる。
 が、私は、男に趣味はない。まして、中年のオヤジには全く関心がない。

 「ねえ、あなたの会社で、若くて綺麗な女の子を雇わない? 安堂さん接待係という役職で」

 なお、彼の会社は中小企業である。兄弟と奥さんで経営している小さな会社である。女の子を雇用するゆとりなどないことは明白である。だから、私の発言はジョークでしかない。
 
 でもなあ、彼の会社が成長して、新しい人を雇用するゆとりができたとき、昨日の私の発言を記憶しておいてくれないかなあ……。

 全員が楽しんだ。2、3ヶ月に1度ほどのペースで続けることになった。

 楽しい酒を飲みたい、という極めて私的な思いから始まった飲み会から、さて、何が生まれるか。
 安堂さんの接待係が複数生まれることを痛切に願う私である。

 

前の日誌                            next
無断               メール