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 2011年5月6日 忘れた病

 黄金週間も残り少なくなった。
 想定通り、ワークデイよりはるかに過酷であった黄金週間の中間報告をする。

 4月30日、予定通り横浜に赴いた。この日は土曜日。瑛汰は公文の日である。午前11時から1時間、教室に通う。土曜日、私が横浜にいれば付き添いは私であることは当然、と周囲は見なしている。周りみんながそうだから、瑛汰もそう信じて疑わない。

 「ボス、行くよ」

 昼食を終えて島忠へ。本棚の材料仕入れである。本棚を設置する部屋を見て、多少設計図を変更した。奥行き30cmを22.5cmに変更したのである。
 30cmでは、ややおおぶりになりすぎるためであった。さらに、奥行きを22.5cmにすれば、91×182cmの板から、この幅の板が4枚取れる。奥行き30cmだと、1枚4980円の板が2枚と半分必要だが、これだと2枚ですむ。財布の上からもありがたいのである。
 ただ、この設計変更が予期せぬ事故を招くことを、その時の私は知らない。たかだか3000円弱の金が浮いたことに至上の喜びを感じるノーテンキでしかなかった。

 図面を見せ、カットしてもらう。カット済みの材料を車に積み込み、横浜の自宅、現在は瑛汰の自宅に戻る。瑛汰と2人、早速製作を始めた。

 カット済みの板だから、あとは木ねじで組み上げれば出来上がるのが普通だが、木工に一家言ある私はそうは考えない。板はすべからく磨かねばならない。面取をしなければならない。
 かぜ気味の瑛汰に木くずを吸わせたくはないのでマスクの着用を命じ、電動サンダーで磨きをかけ、面取をする。この工程をきちんとこなすことが仕上がりを決める。

 「やっぱり来たか」

 私には、最初から不安があった。腰である。なにしろ、ヘルニアが出ている腰である。負担をかける姿勢はできるだけ避けよ、とは医師の厳命である。とはいえ、瑛汰のリクエストだ。

 「ボスは何でもできる」

 と言う瑛汰の盲目的信頼をヘルニア如きで裏切ってはならない。と思って作業を始めたのだが、敵も、さるものではあるのだ。

 「うーん、重たくなってきたな」

 危険信号を感じつつ、だが、作業の手は緩めない。とにかく、そばにいる瑛汰は、本棚が出来上がるのが楽しみで楽しみで、

 「ボス、今日できる?」

 と何度も問いかけてくるのである。

 「ボスは腰が痛いからいつできるか分からない」

 とはいえないではないか。

 だったら、できるだけ少ない作業で仕上げることを考えればよい。なのに、職人は、凝る。自らの手で作り出す作品は、できるだけ美しくなくてはならない。プレカットした板を木ねじで止めるだけの作業なのだが、それにも工夫の仕方はある。
 締め終えた木ねじを隠すのである。

 木ねじを止める部分に、あらかじめ直径1cmの穴を開ける。その穴からねじ止めする。その後、その穴を直径1cmの丸い木で埋めれば木ねじは表に出ない。一番美しい作り方である、と私は思う。

 側板にドリルであらかじめ穴を開ける。そこから木ねじを差し込み、棚板を止める。止め終えたら、丸い木でその穴を埋め、表面に残った 部分を削り取る。

 事故は、穴を埋める丸木を鋸で切っているときに起きた。もっとも、これは先に書いた予期せぬ事故ではない。

 「痛い!」

 と感じたときはすでに遅い。ふとしたはずみで、本来は丸木を切断する作業に専従しなければならない鋸が、何をどう間違ったのか、丸木を押さえてた左手の親指に襲いかかった。

 「痛い!」

 ここにはかなり太い血管が通っているのであろうか。血がしたたり落ちた。ティッシュで押さえる。たちまちティッシュが血に染まる。何度取り替えても同じである。垂れた血が床に落ち、板に落ちる。やばい。

 親指の根本を輪ゴムでくくり、血止めを試みる。止まったかなと思って作業を始めると再び出血が始める。それだけではない。親指が鬱血して膨れあがる。これはいかんと輪ゴムを外す。またまた血が出始める。

 苦労をしながら、本棚の上段部分を何とか仕上げた。横浜の我が家の天井の高さは235cmほどある。ここに高さ182cmの本棚は収まりが悪い。天井まで届いていない家具は揺れに弱いのである。揺れに強くするためには、家具を天井まで届かせる必要がある。そのための上段部分なのである。これを本体に重ね、最後は金具で止めて一体化しようというのが我が計画なのだ。

 何とか作業が一段落したころ、次女の声が飛んだ。

 「瑛汰、4時半にお医者さんに行くからね」

 実は、風邪気味なのは瑛汰だけではなかった。瑛汰が持ち込んだ風邪が璃子に移り、本来美人であるはずの璃子が鼻水娘状態であった。鼻ちょうちんを出すのは序の口である。鼻水が垂れてくると、恐らく気分が悪いのであろう。手でぬぐう。ぬぐわれた鼻水は璃子の手の動きに従って顔中に広がる。
 この日の璃子の顔は、鼻水の艶で光り輝いていた。

 医者に行く。当然、私が専属運転手としてお連れすることになる。

 「瑛汰、今日はこれぐらいにしよう」

 初日の作業はそこまでであった。


 5月1日。
 作業は朝食直後から再開した。事前の作業は前日のうちに終わっている。この日は木ねじで側板と棚板を結節するだけである。2時間足らずのうちに終えた。床にと接する部分に、床が傷つかないようフェルトを貼る。そして立ち上げると、たかさ182cmの立派な本棚となった。

 フェルト部分で滑らせて、設置場所まで運ぶ。うん、立派だ。たかだか1万円の材料費で、市価5万円の本棚より、はるかにできも使い勝手もよい。

 まず自己満足に浸り、思い直して完成を志した。前日のうちに作っておいた上段部分を上に乗せようというのである。

 「ん?」

 上段部分を運んできて、違和感に捕らわれた。この上段部分、大きすぎないか? 予期せぬ事故が起きたのである。

 本棚本体と天井との隙間をメジャーで測る。53cmほどである。
 次に、上段部分の高さを測る。91cm。えっ、なぜ?

 53cm前後の隙間に91cmの物体は入らない。高度な数学を駆使するまでもなく、子供でも分かる事実である。

 「ボス、これ、入らないよね」

 瑛汰にも分かる事実である。
 仮にも私は大学卒である。学士様なのだ。豊かな教養と知識、判断力を身につけていると自認し、他からも、多分認められている私であるにもかかわらず、何故にこのような初歩的なミスを犯してしったのか?

 しばらく思考の海を抜き手を切って泳いだ。泳いでいたら浮遊物に出くわした。

 そうか。設計変更か。

 当初、桐生にいて書いた設計図は奥行き30cmであった。次女がその程度でいいといったからである。奥行き30cmなら、30cm幅の板がいる。182cm×91cmの板からは3枚しか取れない。それを前提に板取をしたら、182cm×91cmの板が2.5枚必要になった。上段部分は52cmで計算した。
 それを横浜で奥行き22.5cmに変えた。このとき、上段部分の高さを52cmとすることを失念した。板取をしたら182cm×91cmの板が2枚ですんだ。

 「お金が節約できた!」

 とホッとした。油断した。この板取なら、上段部分の高さを91cmにしても板が足りる。52cmしか必要ないという事実がこのとき、私の頭からすっぽり抜け落ちた。

 というわけで、いま横浜には高さ82cmの本棚がある。そして、その横に、高さ91cmの本棚もある。

 「瑛汰、ごめんな。ボス、間違っちゃった。今度、直しに来るからね」

 
 百科事典は、次女の協力もあって数項目が完成した。
 私が手伝ったのは、

 ・野菜はどうしてできるの?

 ・空はどこまであるの?


 という瑛汰の疑問への答えである。

 瑛汰、野菜を作るには、まず、をまかねばならない。だけど、土もゴチゴチの土ではいけない。掘り返して柔らかく、細かくした土に栄養(肥料という)を加え、そこに種をまく。そうすると、種が土の中の栄養を吸い込んで育つ。だけど、種はしか吸い込めないのだよ。だから。種が土の中の栄養を吸い込むためには、水をまかねばならない。

 「だったら、雨が降ればいいじゃん」

 「瑛汰、頭いいな。そう、雨が降ってもいい。雨が降らないときは、瑛汰が水をまいてやらないといけない」


 そうすると、種が栄養を吸い込んで大きくなり、土の上に芽を出す。お日様の光が当たるね。お日様の光が葉っぱに当たると、その野菜が土から吸い込んだ水と空気(実際には二酸化炭素だが、瑛汰にはまだ理解できないから空気)を使って、自分で栄養を作るんだ。炭酸同化作用というんだけど、まあ、これはまだ難しいね。この栄養は人間にとってはどうしても必要で、これがないと生きていけないんだ。人間はいろいろなことができるようになったけど、お野菜がやれている炭酸同化作用は、まだ機械を使ってもできないんだよ。不思議だね。

 瑛汰、絵を描こう。ほら、これが太陽で、太陽の周りをいろんな星が回っている。これが地球だ。宇宙には太陽みたいな星が数え切れないぐらいあって、その周りを回る星ももっとたくさんある。
 ほら、これが地球で、瑛汰はここにいる。瑛汰の上にあるのが空で、だから空はどこまでも続いているんだ。空の果てまでいった人はいないし、空の果てがとこにあるのかを知っている人もいない。空って、どこまでもあるんだよ。

 難しかったかも知れない。だが、相手が子供であっても疑問には正確に答えなければならない。正確な知識を抜きにした判断は危険この上ない。


 秘密基地は、瑛汰の構想がまだまとまっていなかった。何でも地上5階建ての建物で、5階部分にドアと、ライトセーバーを含む武器を収納する棚がある。ほかにはトイレが必要らしい。

 「だって、おしっこしたくなるでしょ?」

 という瑛汰に諭した。

 「瑛汰、こんな大きな秘密基地をどこに作るの? そんな場所、瑛汰知っている?}

 「瑛汰、トイレって高いんだよ。いつも瑛汰が使っているトイレだって30万円ぐらいするんだよ。ボス、そんなにいっぱいのお金は持ってないぞ。瑛汰だって持ってないだろう。どうやってトイレ買ってくる?」

 てなことで、とりあえず今回は先延ばしとの結論に至った。


 3日、長女と啓樹、嵩悟を品川駅で拾って桐生へ。
 午後6時前、予定通り「「スターウォーズ T-6ジェダイシャトル 7931」のレゴが届く。

 「啓樹、作るのはご飯を食べてからだぞ」

 食後、黙々と作る啓樹。確かに、自分で説明書を見ながらパーツを一つ一つ組み合わせて作っていく。私の出る幕はない。この集中力、理解力、並ではない、というのはひいき目か。
 完成半ばで就寝。

 4日。
 啓樹たちご一行はJRで高崎へ。啓樹のパパの実家へ表敬訪問である。私は、し残した仕事をこなす。
 夕刻、桐生駅まで迎えに行き、その足で松井ニット

 「私には買ってくれないの」

 長男の妻女にストールとマフラーをプレゼントしたのを知った長女が、そういったと聞き及び、桐生に来たら連れて行く約束をしていたのである。
 ストール、マフラーの代金を私が払う。まあ、お金がポンポン飛んでいく。
 夜、こんどうで鰻。

 5日。
 啓樹と映画。「ガリバー旅行記」
 帰りの車で。

 「啓樹、面白かった?」

 「うん、面白かった」

 「どんなところが面白かった?」

 「うーん、忘れた」

 どこを楽しんだか、記憶になくても、楽しんだ記憶さえあればいい、という考え方もできる。私だって、数限りなく読書をしているが、まあ、読んだ端から忘れていく劣悪読書人である。
 だけど、いま見たばかりの映画だ。啓樹、何も覚えてないのか?

 「どんなお話だっけ?」

 「えーっと、忘れた」


 これはいかん。忘れすぎである。

 「そうか、啓樹は見たばかりの映画も覚えてないんだ。だったら、もう映画を見る必要はないな。DVDだってもう見なくていいよね」

 「えーっ、どうして? だって、啓樹、見たいもん」


 「見たってしょうがないでしょう。だって、見たらすぐ、全部忘れてるんだったら、この映画見たかどうかわからないじゃん。ああ、これ見たなあ、って分からないんだったら、見ても見なくても同じじゃないか。だったら、最初から見ない方がいいよ。そんなもの見る時間があったら、レゴを作っていてもいいし、友だちと遊んでいてもいいし。そっちの方がいいと思うよ」
 
 そこまで脅されて、やっと啓樹の頭が働き出したらしい。

 「あのしゃ、ガリバーって人がいるン。その人が、名前は忘れたけど、ある所にいくんだよ。そこの人たちは小さいんだよ。それでガリバーが悪い人をやっつけるの」

 何だ、啓樹。覚えてるんじゃないか。
 
 いいか、啓樹。何でも覚えてなくっちゃ。いいことも悪いことも見たことも聞いたことも、できるだけ覚えて、パパとママに教えてあげた方がいいと思うよ。

 「分かった」

 6日。
 古代の茶屋で昼食、そば。
 夕刻、

 「啓樹、桐生に来てから、美味しいもの、何食べたっけ?」

 「うーん、忘れた」


 啓樹の忘れた病、治癒まではしばらくかかるのかも知れない。


 啓樹ご一行は明日、四日市に戻る。車で品川駅まで送る。
 私はその足で、再び瑛汰のもとへいく。本棚を完成させるためである。電動丸鋸を持参し、91cmの上段部分を52cmに切り詰め、上に乗せる。先日は丸鋸を持参しなかったため、この作業ができなかったのだ。

 「あのさ、ボス。瑛汰はね、本を買って欲しいの」

 桐生に戻ったら、瑛汰からそんな電話が来た。立派な本棚がなかなか埋まらず、いま瑛汰は、この本棚を本でいっぱいにするのが夢であるらしい。本棚を完成させたら、ラゾーナまで本を購入しにいかねばならなぬ。

 そうして、やっと今年の黄金週間が終わるのである。


 しかし、菅直人という男。心根がどこにあるのかさっぱり理解できぬ。

 今日になって突然、浜岡原子力発電所の運転停止を要請すると言い出した。東海地震に備えるとのことらしいが、今回の福島原発だって「想定外」だったはずで、だとすれば、ほかの原発を止めろといわないのは不可思議である。浜岡原発は首都圏、中京圏に近く、事故があったら大変だ、とでも解釈するしかないが、だとすれば田舎にある原発は事故があってもいいということになる。
 しかも、これ、首相の権限外。

 人気とり、というか、俺にも何かはできるということを見せたいというスタンドプレーというべきか。

 表に出ようとすればするほど、国民の違和感を招いてしまう。我々は、大変な男を首相としていただいてしまったなあと嘆くのは、これが何回目だろう?

 

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