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 2010年12月25日 腰痛詳報・その3

 私は、多分ケチなのだと思う。
 そもそも、生まれが悪かった。「グルメらかす」をお読みいただいた方はご記憶のすみに保存されておられるかも知れないが、とにかく、豊かさとは無縁の少・青年期を送った。貧しさは我が友であった。

 するとどうなるか。
 もったいない、が日常語となる。いやしくもお金を支払って手にしたものであれば、隅から隅までしゃぶり尽くす。目刺しであれば、頭から尻尾の先まで胃に収める。茶碗にくっついた米粒は最後の一粒まで口に入れる。
 それが、我が習い性である。

 16日木曜日は、ギター教室の日であった。12月分の授業料7350円はすでに払い込んである。そこで、もったいない精神が頭をもたげた。
 実は1週間前の9日、ギター教室に行けなかった。仕事に手間取ったのである。

 「時間までには何とかなるかも」

 と私は、車にギターを積み込んで仕事場にいた。ところが、何ともならなかった。電話で、今日はやむなく休むと伝えねばならなかった。
 だからである。
 私は、16日は何としてでもギター教室に行く、と心を定めていた。でなければ、4回分の授業料を払いながら、2回しか教室には顔をだないことになる。それはあまりにももったいない

 大学時代、きちんと授業料を納めながら、私はほとんど大学に顔を出さなかった。授業を受けなかった。あの頃の私は世の中、大学への疑問ではち切れそうだった。真面目に授業に出ることが世の中を良くするか? そんな思いにつきまとわれていた。
 時間は自分で有効に使う。授業を聞く時間などない。
 そう粋がっていた。
 あの頃の私にもったいない精神があったら、今ごろはまったく違った人生を歩いてきたはずである。もったいない?
 これは余談である。

 さて、16日の私はだが、相変わらず腰痛に苦しめられていた。
 腰痛で一番いやなのは同じ姿勢をとり続けることである。ギターをつま弾くには同じ姿勢を続けなければならぬ。正直、辛い。
 だが、私はギター教室に行くのだ。そのためには、予習をせねばならぬ。何しろ、腰痛を発症して以来、ほとんどギターに触っていないのだ。予習なしでギター教室に顔を出す。無駄である。もったいない

 という強迫観念に駆られた私は、午後4時頃から自宅でギターをつま弾いた。練習曲は相変わらず
 Hotel California
 と
 Pretty Girl
 である。
 痛む腰をかばい、5分ごとに腰を伸ばした。久しぶりのギターなのに、楽しめなかった。楽しめない? 何をいうか! 問題は楽しむかどうかではない。元を取るかどうかである! それがもったいない精神ではないか!

 腰に負担をかけないようにそーっと運転席に座り、ギター教室に出かけた。

 「先生、ごめん。先週は仕事で、そのあとは腰痛でほとんど練習をしてません。技術はきっと退歩してます。許して!」

 金を払っているのは私である。先生は私の使用人に過ぎない。雇用主である私がどうであれ、使用人に許しを求める必要は皆無である。
 なのに、なぜ謝ってしまうのだろう?
 私の思いには筋が通っていない。いい加減な男である。

 教室でも、腰は遠慮会釈なく痛んだ。

 「御免なさい。今日はこの辺で勘弁して」

 20分ほどで教室を出た。スーパーに寄って弁当と総菜を買う。自宅に戻って腰を気遣いつつ、ビールを飲み、食事を済ませる。
 それから寝るまで、何をしたのだろう?
 記憶がない。

 17日金曜日。
 目覚めとともに腰の痛みが戻った。しつこいヤツである。醜女(しこめ)の深情けである。この腰痛、私に忘れ去られたらほかに男を求めるあてがないのに違いない。

 で、どうする?

 私は2つの決断をした。

 ひとつ。を買う。
 ネットでamazonにアクセスし、本を2冊発注した。
 「腰の激痛が消える! 革命的療法!! マッケンジー体操」
 過激な書名は、宝島社のお家芸である。
 「腰痛のベストアンサー」
 主婦と生活社は、タイトルもどこか律儀である。

 ふたつ。医者に行く。
 骨が変形したり、ヘルニアが出ていたりしている場合を除いて、腰痛は筋肉痛である。西洋医学は筋肉痛には弱い。東洋医学、マッサージで筋肉のしこりをとるしかない。
 私はずっとそう思って実行してきた。
 無論、ラスベガスのように日本の医療機関が平気でモルヒネを使うのなら医者にかかるという選択肢はある。が、日本の医者はモルヒネを使わない。であれば、マッサージの方が頼りなる。ずっとそう信じてきた。
 ところが、今回はその信頼が揺らいだ。何しろ、マッサージを受けた後、腰痛が悪化したのである。

 「東京・渋谷の辰野接骨院ならこんなことはなかった。腰が痛み出しても、いつお540円で何とかなった」

 とは考えた。が、桐生から渋谷は遠い。この腰では、車を運転して澁谷にたどり着くのは至難の業である。選択肢は限られていた。

 朝食もそこそこに、私は車の人となった。目指すは、群馬県で一番はやっているという整形外科である。院長と学友であるという知り合いに紹介されたのだ。

 「僕も時々腰痛が出て。安堂さん、知ってます? 一番情けなかったのは、マッサージチェアでマッサージして、椅子から立ち上がった瞬間にぎっくり腰になったんです。その情けなさって分かります?」

 知らない。分からない。ついでに

 「僕、電話をしておきますよ。いつも患者でいっぱいなんだけど、僕が電話をしておけば順番を繰り上げて早く診てくれますから」

 という話もあてにしない。いいよ、本を持っていって読んでるから。多少時間がかかっても仕方がないぜ、こんな場合は。

 午前9時頃病院に着いた。待合室は30〜40人の患者でごった返していた。それでも10番目あたりで名前を呼ばれたのは、知人の電話の効果か。持つべきものは良き友である。

 腰のレントゲン写真を撮った。
 椎骨と椎骨との間にある椎間板が1カ所、薄くなっているとの見立てだった。だが、それが腰痛の原因ではないらしい。でも、気にはなる。

 「まあ、ある程度の年齢になれば椎間板はへたって薄くなるんですよね。それで身長も縮んでくる。確かに、ここ数年、私、身長が縮んでます。一番身長が高かったのは、55歳ぐらいかな。それに比べれば1cm近く低くなってますもんね。で、先生、これ、あとどれくらい持ちます? 30年ぐらいはいけますかね?」

 安心した。腰痛に苦しみながらも、私のユーモアセンスは失われていない。

 「はあ? ああ、少なくとも30年は大丈夫でしょう」

 こうして診断は進んだ。とはいえ、腰痛の確たる原因が見つかるわけでもない。

 「消炎鎮痛剤(ロキソニン)と筋弛緩剤(ミオナール)、それに胃薬を1週間分お出しします。できるだけ安静にしてください」

 まあ、処方としてはそんなもんだろう。

 「先生、でも、モルヒネを打ってもらえば一発なんですけどね」

 試しに言ってみた。だめ元である。

 「あ? ああ、それはそうですが、日本じゃね」

 まあ、それはそうである。

 「安静って、昨日は仰向けで寝ていたんですけど、それでいいですか?」

 「仰向け? それ、一番いけない寝方です。横向きになって寝ていてください」

 腰を牽引し、終わると温め、次いで薬局で薬をもらい、自宅に戻り、寝室で横になった。昼食をとりに一度外出し、戻って薬を飲む。あとは横向きに寝ているしかない。

 17日金曜日の午後から、ずっと横向きで寝ていた。退屈である。退屈しのぎがいる。
 私の寝室にテレビはない。あったとしても、見るに堪える番組は皆無である。何しろ私は、NHKの朝ドラと大河ドラマ、ニュース、それに「坂の上の雲」、あとはWOWOWの映画と音楽番組しか見ないのである。民放のバラエティなど、音を聞いただけで消す。

 撮り貯めた映画を見るという選択肢もあった。が、そうするには居間にいなければならない。居間には、間に合わせの安いソファと、これも間に合わせに買った安物のリクライニングチェアしかない。この腰の状態では、そいつらに座るのは難行苦行だ。
 板張りの床に寝てテレビ画面を見る気力もない。

 というわけで、居場所は畳敷きノ寝室しかない。無聊を慰めるのは本だけである。

 読んだ。次々に読んだ。
 「甘粕正彦 乱心の曠野」 (佐野 眞一著、新潮文庫)
 「最愛」(真保裕一著、文春文庫)
 「インテリジェンス人間論」(佐藤優著、新潮文庫)
 「夜ごと、言葉に灯がともる (本に遇う)」( 河谷史夫著、彩流社)
 「何度読んでも、いい話 —人が人と出会う運命の物語」(河谷史夫著、亜紀書房)
 「痴人の愛}(谷崎潤一郎著、筑摩現代文学大系)

 最後の本は途中までだが、とにかく読んだ。
 大変な読書量だと思われるか? でも、ほかにすることがなければ、この程度は読める。

 18日土曜日、次女の旦那に車で送られて、妻女が戻ってきた。
 私はひたすら横になって読書に明け暮れた。とにかく、朝目が覚めて、夜眠りにつくまでほかにすることが、できることがないのである。

 19日日曜日、さすがに飽きた。もう、読書だけの暮らしは嫌だ。せめて映画が見たい
 だが、映画を見るには環境を整えねばならない。

 市役所前の家具屋に出かけた。リクライニングチェアを取り替えようと考えた。

  ストレスレスチェア。1年以上も前から欲しかったリクライニングチェアである。ノルウェー製。総革張り。一目見て気に入ったものだった。
 が、高い。これがいいと思ったものは定価が30万円近くする。いつかは欲しいと思いながら、おいそれと手が出せる価格ではない。だから、腰痛を病んでも思い出すことはなかった。

 なのに、戻ってきた妻女が言ったのだ。

 「あの椅子、腰にいいのかしらね」

 久しく忘れていたストレスレスチェアを思い出した。思い出したら欲しくなった。いまは非常時である。寝室以外に私が身体を置ける場所を作らねばならない。この椅子は味方になってくれるのではないか? 私の居住空間を居間にまで広げてくれるのではないか? 映画を鑑賞できるのではないか? だとすれば、金額の多寡など問題ではないのではないか?

 出がけに妻女を誘った。あのリクライニングチェアを見に行く。来ないか?
 買うとしたら、高価な買い物である。私が独断で決めるのもいいが、できれば同居人の合意が欲しい。

 「行かない。私、忙しい」

 無闇に忙しがる女である。やむなく1人で出かけた。ストレスレスチェを思い出させたのは妻女である。それなのに、誘っても来ないという。であれば、買うか買わないかの判断は私に任された訳だ。

 5分ほど座ってみた。腰が楽である。これなら座り続けることができそうだ。買うか?

 ここに至る状況を見れば、判断は私が下してもいい。が、念のために自宅に電話を入れた。誰も出ない。妻女の携帯に電話を入れた。出ない。

 私は座り続けた。さて、本当に私一人の判断で購入していいものか? 再度電話をした。出ない。 仕方がない。

 「これ、買うわ」

 私は、決然と購入の決断を下した。

 「で、配送はいつになる?」

 1週間はかかるという。冗談ではない。私はいま欲しいのである。1週間もすれば腰の痛みは引いているはずだ。それでは出し遅れの証文みたいなものではないか。

 「いや、いま腰が痛いんだよね。今すぐに欲しいの。何とかならない?」

 何ともならない。

 「じゃあ、この展示品でいいから、すぐに持ってきて。展示品の分、値引きしてね」

 配送が混んでいて、当日中にできるかどうか分からないという。

 「これ、福祉問題なんだよ。私は腰が痛い。今すぐにこの椅子に座りたい。この椅子がなければ暮らしが成り立たない。遅くとも今日中に我が家に置きたい。理解していただけました?」

 何とか努力します。

 「で、価格なんだけど」

 展示品割引は、わずか1000円であった。粘ったが、それ以上は何ともならない。弱みにつけ込まれたか? が、妥協するしかない。

 ストレスレスチェは、その日夕、届いた。
 妻女は不平を並べた。

 「そんな高いもの、『考えてみる』といって一度帰ってくるのが常識じゃない?」

 そんなことはない。私と妻女の常識が食い違っているだけである。私はいま腰痛を抱える。その上、ストレスレスチェアを思い出させたのは妻女である。しかも、誘ったのに来なかったではないか。
 いまさら四の五の言われる筋合いはない。

 かくして私は、腰痛を抱えながらも、居間で映画を見られるようになった。
 毎食後薬を飲み続け、腰痛は薄紙を剥ぐように去り始めた。

 「まあ、西洋医学も、そこそこ頼りにはなるのか」

 楽観に傾いた私に、だが揺り戻しが来た。23日木曜日である。

 「何これ。昨日より腰が痛むじゃん!」

 前日、前橋まで出かけて忘年会で飲んだのが悪かったか? できるだけ、嫌なヤツは避けてのみ、早めに引き上げてきたつもりだが。

 24日金曜日、つまり昨日、再び整形外科を訪れた。

 「まあ、もう大丈夫だとは思うんですけど、これから年末年始だし、その間にもし悪くなったらそうしようもないと思って」

 医師は頷きながらいった。

 「そうですね。じゃあ、2週間分薬を出しておきましょう」

 安心である。いつ痛みが再発しても、心配はない。

 「で、いただく薬は、痛みが再発したら飲むということでいいですか?」

 念のための質問だ。

 「いや、飲み続けてください。とにかく症状が消える前絵は飲み続けること。自分で判断してはいけません」

 かくして、今日も薬を飲み続けている。


 I have a dream.

 キング牧師は、そう演説した。
 うん、私にもがある。
 キング牧師に比すべくもないが、私は健康に死にたい。病、痛みに苛まれながら死を迎えるのはまっぴらである。

 が、死の前日までの健康だけでなく、欲しいものはなかなか手に入らないのが人生であるらしい。代わって、お前なんかいらないと罵りたくなるものが暮らしにつきまとう。

 腰痛よ、お前なんかいらない。早く消えてなくなれ!

 次回からは、腰痛以外の話を書きたい。

 

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