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 2010年12月24日 腰痛詳報・その2

 なにしろ、マッサージ師の言いつけはすべて守った。守って腰を温め、早めに布団に入った。目が覚めたら、腰痛? それ、何? の世界にいると思って安らかな眠りについた。

 むっ、これはいかん!
 翌15日朝、目が覚めると同時に異変に気がついた。異変は腰に集中している。前日より痛みが強まっているのだ。

 「何で? 昨日5000円も払ったじゃないか!」

 と叫びたいものの、叫んだところで痛いものは痛い。

 「痛いの、痛いの、飛んでけ!」

 では何ともならない痛みなのだ。
 布団の上で仰向けになり、立てた膝を左右に強くひねって腰の筋肉を伸ばした。終わると両腕で膝を抱き、グッと引き寄せた。これも腰の筋肉を伸ばすストレッチだ。
 終えて身体を横向きにし、膝をついて立ち上がろうとする。

 うっ!

 腰に鈍い痛みが走る。膝の上に手をつき、できるだけ腰に負担をかけないようにして立ち上がる。腰を伸ばす。伸びない! 腰をまっすぐにしようとすると、ズンとした痛みが走る。

 「おい、これは……」

 その痛みに耐えて伸ばす。歩く。
 目的地はトイレである。膨らみきった膀胱を解放してやらねば1日は始まらない。とにかく、1日を始めるには立って歩かねばならない。

 次に新聞を取りに新聞受けまで歩く。桐生の住居は敷地が広い。新聞を取るには玄関を出て門柱まで歩かねばならない。
 そっと、そっと。
 腰を両手で押さえながら、こわごわ歩を進める。歩行距離、68歩。

 できるだけ腰が痛まない工夫をしながら、いまで新聞に目を通す。まあ、いまの腰の痛みに比べればどうでもいいニュースしかないが、新聞に目を通さないことには今日が始まらない。我が世代の悪しき生活習慣である。

 次は朝飯作りだ。
 腰が悲鳴をあげかけているのだから、1食ぐらいは抜いたらいいのに、と私も思う。だが、暮らしのリズムとはその程度のことでは改まらないのも事実である。意味があろうとなかろうと、リズムはキープせねばならない。
 私はとことん保守主義者であるのかも知れない。

 さて、その日のみそ汁の具が何であったかは記憶にない。だが、ご飯とみそ汁、焼き魚に野菜(多分、キャベツとピーマンを炒めたもの。塩と胡椒と醤油だけで味付けした私好みの一品である)、それに漬け物は食卓に並べた。
 できるだけ腰が痛まない座り方をしながら口に運ぶ。

 終わったら、後片付けである。

 「いいじゃん、汚れた食器は腰が治るまで放っておいても」

 誘惑の声が脳内から起きた。だが、究極の保守主義者である私は、やはり汚れ物は放って置けない。私は誘惑には強いタイプなのか? そうとも思えないが。
 洗った。
 腰が痛んで座り込みそうになった。


  「という状態なんだけど」

 あまりの痛みに、前日お世話になったマッサージ師に電話した。

 「今日の午後1時もあいてるんだったよね。その時間に行っていいかな?」

 彼女は瞬時考えた。

 「そっか」

 と彼女はいった。

 「ごめん。腰を温めろ、っていたけど、間違いだったかも知れない。炎症が起きてたら冷やさなくっちゃいけないのよね。カイロを貼ってるんだったらすぐに外して」

 分かった。それはすぐに外す。で、1時に行っていい?

 「いや、昨日治療したばかりだから、今日は無駄だと思う。とにかく、腰が痛まない格好で安静にしていた方がいいよ」

 見放された。マッサージって、何だ?

 自分の腰であるにもかかわらず、私にはできることがなくなった。
 できるだけ腰に負担をかけない姿勢で、ひたすら安静にするしかない。
 仕事なんぞはほっぽらかして、ひたすら自宅に引きこもり、ったみの上でゴロゴロする暮らしに徹した。

 昼食は、確か車で食べに行った。運転席に乗り込むときはまだいい。だが、出るのは大変だ。何しろ、一度曲げた腰を伸ばさねばならないのだ。
 ドア上に手をかけ、身体を引っ張り出す。出た身体は腰を伸ばさないと使い物にならない。これがまた一苦労だ。車の屋根に手を置き、静かに伸ばす。
 うっ、という痛みを通り越せば何とか身体がまっすぐになり、歩き始めることができる。

 「ああ、でも、店に入って椅子に座ると、また立たなくちゃいけないんだよね」

 諦めにも似た気分になる。それでも、1日3食は私の日課なのである。テーブルに手をつき、うっ、と痛みをこらえながら立ち上がる己をイメージしながら店に入る。

 すべて腰と相談しなければ何事もできない。そんな暮らしに入っていった。

 我が妻女は、まだ横浜に行ったきりであった。

 

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