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 2010年8月31日 就職

 この人たちは、まともに小学校を卒業したのだろうか? いや、最近の子供は早いうちから塾通いなどして簡単な計算を身につけてから小学校に進む例も多い。この人たち、ひょっとしたら幼稚園をまともに卒業していないのか? 卒業していたらこんな政策は出て来るはずがない。

 民主党内閣が出した、大卒者の就職支援策である。

 何でも、大学を卒業しても、3年間は新卒扱いにすることを推し進めるのだそうだ。こうした既卒新卒を採用した企業には補助金を出すという。
 いつものように、NHKは報道内容を肯定するコメントしか on airしなかった。大学を出たが就職できず、仕方なしに派遣の仕事を始めたという連中が

 「希望が持てる」

 などと話していた。
 私が企業の採用担当だったら、こんなに算数ができない大卒は、補助金をもらっても採用しない。企業のプラスには絶対ならないと判断する。

 さて、簡単な算数の問題に置き換えてみよう。

 毎年、100人が大学を卒業します。ところが、企業は新卒者を80人しか採用しません。若者が仕事に就かないのは社会不安の元である、と考えた政府は、3年前の大卒まで新卒として扱え、といいました。さて、何が起きるのでしょう?

 1年目は、100人が新卒として就職活動をしました。20人が就職できませんでした。
 2年目は、新卒扱いとして120人が就職活動をします。でも、やっぱり企業は80人しか採用しないので、40人が就職できませんでした。
 3年目は? 
 そうです。就職できない大学卒業者の数は60人に増えました。

 冷たいようだが、これが算数的真実である。企業の採用枠が広がらない限り、そうなるしかない。企業の採用担当者としては、既卒新卒と、新卒新卒が、どうみても同程度の能力があると判断した場合に限って、

 「補助金もあるから、こちらにするか」

 と既卒新卒を採用するだけである。

 こんなことに、俺たちの税金を注ぎ込むってか?


 確かに、大学は出たけれど、という状態は困ったものだ。定職がなく、派遣やアルバイトでしか収入が得られない暮らしは不安だ。人生設計はできないし、結婚など遠い夢だろう。親は心配するし、希望をなくした若者の暴走は社会不安の元にもなりかねない。

 だが、こんなあほらしい政策で解決するはずがない。これは

 「考えてます。手を打っています」

 という民主党のアリバイ作りか?
 それとも、民主党というのは3人集まれば文殊の知恵が出るはずの人間集団に属しながら、10人、20人集まっても何の知恵も出せないぼんくらの集まりか?

 大学を出ても就職先がない原因は明確である。
 まず、景気の低迷。企業は雇用を減らして収益を確保しようとしている。
 それを後押ししたのが、グローバルスタンダードという美名の元で進められてきた企業経営の変化である。

 日本が「失われた10年」の最中にあった1990年代、企業経営者から

 「首を切る自由をくれ」

 という合唱がわき起こった。いま(つまり1990年代)アメリカの企業が勝ち組になっているのは、彼らにレイオフ、つまり首切りの自由があるからである。業績が悪化すれば従業員の首を切ってコストを下げる。業績が回復すれば、再び雇用を増やして増産する。アメリカの企業は、だから強いのだ!

 ほんの少し前、日本型経済システムは世界で最も優秀で強力だと、世界中で絶賛された。強さの秘密は年功序列終身雇用だといわれた。その時代、蝶よ花よともてはやされ、すっかり名経営者気取りになっていた同じ経営者たちが、今度は終身雇用などとんでもない、首切りの自由を、と訴え始めた。
 それを制度的に実現したのが小泉内閣だった。このツイットの元祖であるおじさんは、わざわざアメリカまで出かけてプレスリーの真似をするほどアメリカ大好き人間で、だから、日本の経済システムもアメリカ型にしようと采配を振るった。
 こうしてできあがったのが、いまの日本の経済システムである。企業は正社員を数をできるだけ減らし、足りないところは派遣でまかなう。派遣なら正社員に比べて給料が安い上、いつでも首が切れる。 

 かつて武田信玄は

 「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」

 と教えた。兵を、軍を強くするには、徹底的に人を大事にしなければならない。

 ところが、最近の経営者には、人を人としてみる目もないらしい。経営とは数字でしかなく、エクセルか何かで計算して、

 「正社員をあと○○人減らし、その穴を派遣で埋めれば、黒字になる」

 なんてことばかり考える。その経営者の元で働く人たちは人ではない。単なる労働力である。労働力には人格も未来もない。

 私が奉職する会社でも、最近は右を見ても左を見ても派遣社員だらけである。可愛い娘がいても3年たつといなくなる。3年以上使うと正社員として雇用しなければならない義務が会社に発生するからである。
 しかも、だ。どう見ても、能力もやる気も、正社員以上という人たちがいる。周りは正社員になって欲しいのだが、会社は断固として認めない。人員計画が狂うからである。
 悲しい会社になってしまった。きっと、いまの経営者たちには、私も単なる労働力にしか見えていないのであろう。

 こうした企業社会のいまの常識にメスを入れない限り、大学は出たけれど、という状況が変わるはずがない。

 あ、忘れてはいけないことがもう一つあった。大卒者の粗製濫造である。

 かつては、高校を出て大学に進むのは、同年代の20%前後であった。ところが、最近は50%前後もいる。かつてなら、高校卒業と同時に社会に出ていた人たちが、いまは大卒として社会にデビューする。そして、大卒としての仕事を求める。
 だけどねえ、企業の採用担当には見えちゃうのよ。

 「君ねえ、君の力じゃ大卒としての採用はできないよ」


 民主党が本気で大卒者の就職支援をする気なら、こうした構造にメスを入れなければならない。橋本政権以降、構造改革なくして景気浮揚なし、と多くの人たちが語った。だが、何の効果もなかった。いまの日本で、痛みを伴う構造改革に景気をよくする効果がないことは実証された。
 しかし、雇用のための構造改革は必要である。というか、景気対策としての構造改革で変質してしまった雇用構造をまともにする構造改革は、急務なのだ。

 新聞などで見る、民主党の大卒者就職支援策に、そんな問題意識のかけらも見えないのが悲しい。


 そうえいば、民主党の代表選挙に小沢さんは出ないかも知れないんだって?
 まあ、いいけど。


 昨日から、軽自動車に乗っている。我が愛車が修理に入ったからだ。
 我が家から桐生足利線に出る曲がり角で、凸型になった石柱の下の出っ張った部分に、ボディーの左下にあるロッカーパネルと、後ろドアの一部をこすってしまった。
 曲がろうとしていたとき、来ていた瑛汰が

 「ボス、瑛汰のiPodやって」

 と話しかけた。ズボンのポケットからiPodを取り出そうとして注意がそれた。あっと思ったときには遅いのが、この種の事故だ。

 というわけで、昨日修理に出し、代わりに7万km以上走っている軽自動車を貸してもらった。
 エンジンは快調である。だが、乗りたくない。シートの背もたれが短すぎて、肩胛骨が背もたれの上に出る。ために、運転席に座っていて、何とも姿勢が安定しない。

 「片道20分以上かかるところには、当面行かない」

 と決めた。
 横浜に戻るのに走る高速道路でも、よく軽自動車を見る。運転している人たち、よほど座高が低いのであろうか? それとも、不安を感じるセンサーが鈍いのだろうか?
 と悪口を言いながらも、愛車が綺麗になって戻ってくるまではこいつに乗らなければならない。
 
 片道20分、これからどこに出かけようか?

 

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