●日誌一覧

シネマらかす

グルメらかす

音らかす

旅らかす

スキーらかす

事件らかす

 2010年8月21日 参った

 油断大敵、である。
 いや、別に油断をしていたとは思わないが、結果的にはそういわざるを得ない。
 やられてしまった。夏風邪に。

 前回の日誌を書いた翌日、つまり18日水曜日に人の紹介で桐生在住の女性声楽家と夕食をともにした。
 といっても、長良川河畔の「いかだ屋」に、仲介してくれた人が刺身とウイスキーを持ち込み、酒を飲んだだけである。
 割り勘、とのことだったが、私に請求されたのは1000円のみ。実に安上がりの飲み会ではあった。まあ、たいしたものは食べていない、飲んでいない飲み会ではある。

 声楽家はまだアラフォー。仲介者、それに私から見れば、うら若き女性である。そのためだろうか、

 「すみません。遊びに来ていた瑛汰から風邪をうつされまして(もちろん、瑛汰と私の関係は説明した上で)、日頃の美声がこんなガラガラ声になってしまいまして」

 とか、

 「なんか、年とったらファルセットが出なくなって。どうしたら元に戻りますかねえ」

 とか、まあ、私としては下手に出ながら初対面の時間を少しずつ食べてみたわけである。彼女にも初対面の緊張感は見え、

 「今度、イタリアの合唱団が桐生に来るんです。それで、私が関係している合唱団の方々がお土産を作りたいといってこんなバッグを製作中なんです。お二人にお土産を、と思って持ってきました。どうぞ」

 なんて、当たり障りのない話から始まった。

 まあ、初対面というのは、まず距離感を計る。測定が終わると、その距離を縮めていいのか、それとも適当な距離を保っておく方がいいのかを計算する。計算が終わると、対処方針を立てて、という具合に進む。

 この日は、お互いに測定値を確認する前に酒が回ってしまった。クラシックの声楽を生業とする彼女に向かって、

 「私は、クラシックファンというヤツが、おおむね嫌いでしてね。ヤツらはクラシックだけが高貴な音楽であって、ほかは卑しい音楽と見下しておる。その高貴な音楽を愛好する自分たちはセレブであると態度で表す。ねえ、クラシックなんて、西洋の民族音楽じゃありませんか。日本の民謡と、本質的には何も変わりません。いまはクラシックって持ち上げられてますが、モーツアルトにしろベートーベンにしろ、当時の流行音楽に過ぎない。違いますか?」

 などと持論をぶつ。

 彼女は彼女で、

 「口を、『ほ』というときの形にして、はいはい、そうです。それで声を出してみて。ほら、ファルセットが出たじゃない」

 などと、私の質問に答えて歌唱指導をする。

 「あれ、安堂さん、安堂さんが『ほ』といってる口の形、何か可愛い!

 とまで彼女が肉薄したかどうかは記憶にないが、まあ、3人で和気藹々と酒を飲んだのである。

 翌19日。
 目覚めとともに、頭が重い。朝食を済ませ、前日入浴をしなかったのでシャワーを浴び、髭を剃って歯を磨き、とりあえず仕事着に着替えた。仕事着といっても、普段着とほとんど変わらないのだが、まあ、妻が勝手に「仕事用」と仕分けているパンツとシャツを身につけた。
 そのまま、リクライニングシートにへたり込んだ
 二日酔い? いや、風邪が酷くなったようだ。

 2時間ほどうつらうつらし、へたり込んでいても仕方がないので医者に出向いた。

 「あら、どうしました?」

 肺がんの検査に行った医者である。

 「風邪をうつされちゃって」

 型通りの診察が終わった。

 「じゃあ、お薬を出しますので、当面はお酒を控えてください。飲酒は炎症を悪化させますのでね」

 「先生、遅いわ」

 「え?」

 「昨日、飲み会で、しこたま酒を飲んじゃった。で、今朝起きたらこれ。もっと早く言ってくれなくちゃ」


 
 その日の昼食のあとから薬を飲み始めた。

 そんな体調でも仕事はした。いや、仕事をしているふりをしたという方が正確か。文書を作って群馬県を統括する前橋に送った。
 何もそんな日に、という意見もあろう。私にいわせれば、そんな日だから文書仕事をするのである。そうすれば、1時間足らずの働きで1日働いたことになる。有給は消化しないままである。もっとも、有給を使った記憶はないのだが。
 サラリーマンたるもの、その程度の計算はしたい。

 その夜、横になって寝られなかった。横になると鼻が詰まる。かんでも出てこないのに、鼻の奥にたまっているものがある。何とも不快なのだ。鼻から息ができない。
 起き上がると鼻が通る。仕方なく布団の上に座って本を読み、上の瞼と下の瞼がキスしたくてたまらなくなるまで待つ。2つの瞼の気分が盛り上がったところで横になり、直ちに眠る。が、2時間もすると目が覚めてしまう。
 そんなことを繰り返し、寝不足のまま20日を迎えた。

 昨夜も、寝不足のはずなのに寝付くのが難しかった。やむなく、読書。そう、世の中には、それしかやることがない、できることがないから本を読む、ってことだってある。
 ちなみに、いま読んでいるのは、

 「ザ・コールディスト・ウインター 朝鮮戦争」(デイヴィッド・ハルバースタム著、文藝春秋)

 そういえば思い出す。私が若い頃、朝鮮戦争は韓国が北朝鮮に攻め込んで始まった、という説が主流だった。この本を読めば、それがとんでもない間違いであることがよく分かる。あわせて、戦後日本を作ったともいえるマッカーサーが、いかに人格破綻者だったかも、驚きとともに頭に入る。
 こんな男に手綱をもたれながら生まれた戦後日本が、そこそこまともになったのは驚きでもある。日本人とはかなり優秀な民族であるのか?

 今朝になって、やっと、そこそこ爽快に目が覚めた。夏風邪は去りかけているらしい。が、薬は朝、昼、晩と、きちんと飲んだ。この不快さとは早くおさらばしたい。


 にしても、だ。よかったね、興南。圧倒的な強さだった。深紅の大優勝旗が、初めて海を越えて沖縄の地に渡る。

 ひょっとしたら選手たちには、優勝の喜びしかないのかも知れない。沖縄勢初の、夏の甲子園優勝。胸を張ればいい。
 だが、私たちには、沖縄への罪悪感がつきまとう。戦争に負けた日本は、沖縄をアメリカに売り渡すことで、戦後という貴重な時間を得た。日本が経済大国になり、世界でのトップレベルにある暮らしを手に入れたのは、その貴重な時間を手にしたからである。
 なのに、沖縄にはまだ、基地がある。

 「できれば国外、少なくとも県外」

 という言葉が聞かれたのはつい最近のことだ。様々に批判された言葉だが、その言葉を発した当時の首相には、私と同じような沖縄への罪悪感があったのだと、私は思う。沖縄の皆さん、ごめんなさい、というジリジリするような思いがあったのがと思いたい。

 だから私は、興南の優勝をテレビで見ながら、瞼が熱くなった。よかった。本当によかった。興南の全国制覇を喜ぶ沖縄の人たちの姿を見ながら、涙が流れた。

 たかが高校野球、されど高校野球である。
 風邪も、そこそこ先が見えたし、今日は、いい日だった。

 

前の日誌                        

無断               メール