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  2010年7月19日 草取り

 来たよ、来たよ、来ましたよ、が。
 とうとう、私の大嫌いな真夏がやってきました。
 夏嫌いの私は、毎年この時期には夏への恨み辛みを書き連ねてきた。よって、今年はサラリと流すことにする。
 まあ、今年は梅雨が長引き、涼しい日が多かった。いつもに比べれば、暑さに耐える日々も少なくてすむはずである。
 いずれにしても、一刻も早い秋の訪れを願う。

 と、例年のように暑さに音を上げ、できるだけ冷房の効いた室内で秋を夢見るる私なのに、今年は、この暑さの中、自分でも信じられない振る舞いにでた。

 草取り

 である。

 3連休、毎日草取りをしている。朝食後に始めて、2時間、3時間。真夏の太陽にジリジリ照らされ、30分もすると全身から汗が噴き出す。頭から、額からしたたり落ちる汗が眼鏡に落ち、視界がぼやける。
 それでも続けるのだ、草取りを。

 小さなキャンプチェアに座り、小さな鎌を土の中に差し込み、グッと根を切る。根無し草になった草を黙々と集めてスーパーの袋に集める。
 痛む、腰が。30分も続けると、腰がすっかり固まり、延ばそうとすると悲鳴をあげる。
 それでも続けるのだ、草取りを。

 まあ、横浜の我が家に比べれば、いま住む桐生の借家は、悔しいが敷地が広い。おまけに自然が豊かだ。以上をまとめていえば、田舎である。いや、その田舎に私はかなりなじんでいるのだから、田舎という言葉を侮蔑的に使っているのではないことだけはご承知願いたい。
 まあ、田舎だから、放っておくといっぱい生えてくるのだ、雑草が。広い敷地が、手を入れねば草原と化す。

 シトシトと雨が降り続く梅雨の間、雑草どもは水に溶けた地中の栄養素を吸い上げ、すくすくと伸びた。生きものが成長するのはめでたいことではあるが、人間のエゴは、自分に都合の悪い生きものがすくすくと成長すると

 「おい、人間様をなめんなよ!」

 と叫び出す。
 だって、あっちを見てもこっちを見ても雑草だし、煉瓦の間からも雑草が伸びているし、これで数年たったらお化け屋敷にだってなりかねないのだ。奴らの野放図な成長を許していては、人様の尊厳が傷つく。

 「見てろよ! お前らの存在を抹消してやる!」

 私の草取りは、そんな風に始まった。
 戦いである。地面から数cmしか伸びていないベビーちゃんだって容赦はしない。皆殺しである。小さいからと放っておけばすぐに伸びてしまう。

 「とにかく、お前らを根絶しにしてやるからな」

 頭の中でそんな言葉を繰り返しながら、鎌を土中に差し込んで根を切り、丹念に1本1本草を抜く。作業はなかなかはかどらないが、手抜きをしたらベビーちゃんはすぐに成長し、元の木阿弥になってしまう。とにかく、目につく草は取り尽くさねば安心できない。

 というのは、どうも私の性格のようである。周りの家を見ると、平気で雑草が生い茂っている。あ、草取りしてる、と思っても、目立った草を取っているだけで、あとには沢山ベビー草が残っている。根までほじくり出す草取りをしている姿は、まず見ない。
 どうせやるのなら、徹底する。

 「中途半端はやめて!」

 それが私である。

 真夏の太陽に全身をさらし、タオル1枚では吸いきれないほどの汗をしたたらせながら続ける作業は難行、苦行である。
 と最初は思っていた。
 これは戦いである。俺は勝つ。勝つためにはどんな難行苦行にも耐えてみせる。

 ま、入学試験が迫った受験生の心境、といえばご理解いただけるだろうか?

 ところが、作業を続けるうちに、不思議なことに難行苦行が苦にならなくなってきた。
 少しずつではあるが作業が進み、雑草が生えていない地面が増える。その満足感は確かにある。だが、苦にならない原因をのぞき込むと、どうやらそれは主因ではない。

 何も考えない。時間がたつのを忘れる。頭の中にあるのは、目の前の雑草だけ。

 「タンポポは根がまっすぐ深く入っているから嫌だなあ。もっと不覚まで釜を差し込まないと」

 「この草はちぎれやすいから慎重に抜かないと」

 「このちっちゃな草は抜きにくいぞ」


 頭の中がそんな思いで占領される。ほかのことを考える余地はまったくない。
 それが、いつしか快感になっていた。

 とすると、あれか。人間、頭を働かせるのはストレスの元なのか? それとも、最近は嫌なことばかりが頭の中にあったのか?
 よく分からないが、私が草取りに熱中したことだけは確かである。

 うちの庭は8割方綺麗になった。雨が降らなくなって地面が固まったから、今のままでこれ以上草取りを続けるのはちと難しい。
 次の雨が待ち遠しい私である。
 雨が降って地が緩んだら、再開するぞー!


 16日、飲み会に出かけようとしていたら、デジキャスで一緒だった H 氏から突然電話があった。

 「いまから『小菊』で飲むんだけど、来ない? S君が一緒なんだよ」

 平日である。私が桐生で仕事を持つ身であることは、 H 氏だって承知のはずだ。ひょっとしたらぼけたかも知れないが。
 まあ、多分、ジョークのつもりなのだろう。外したオヤジギャグを連発していると、若い子にそっぽを向かれるぞ!

 S君とは、かつて米国のアップルコンピュータで働いていたIT業界の人である。H 氏の紹介で知り合い、いまでは私の友人でもある。

 まあ、2人の間で私の話でも出たのであろう。そのS君が電話に出た。

 「あなたさあ、来る来るっていって、ちっとも来ないじゃない」

 S君は1年ほど前から桐生に遊びに行くというメールをよこしているのだ。

 「ああ、そうですねえ。そうだ、明日は暇だから行こうかな。行っていいですか?」

 えっ、今日の明日? 私の知人、友人には変わり者が多いのか? が、まあ、私の方は暇である。拒絶する理由はない。
 こうして土曜日の午前11時過ぎ、草取りに精を出していたら、S君がやってきた。最近買ったというスマート(ベンツの子会社が作っている2人乗りのちっちゃな車。なんと217万円もしたのだという。乗り心地は? と聞くと、 「はっきり言って、悪いです」、だと)で乗り付けた。

 昼食は

 「しみずや」

 でうどん。

 「いや、美味いなあ、このうどん」

 と喜んでくれた。そりゃそうだ。私が桐生で一番美味いうどんだと思ってるんだから。
 これで腹はできた。が、男2人、昼間っから部屋にこもっていても面白くもおかしくもない。エロチックなことが起きるはずもない。

 というわけで、富宏美術館までドライブをした。出かける前に、黒川ハムのベーコンを食べさせたら、

 「これは美味しい!」

 というので、彼が家族への土産にするベーコンの買い出しも兼ねたドライブである。
 美術館を見て、戻りに黒川ハムの工場による。ベーコンを買い、お駄賃にイノシシと鹿の缶詰をいただき、途中、黒保根町で自動販売機で売っている卵を買った。9個で400円。高いが、スーパーで売っている卵とはものが違う。黄身に弾力があり、しかもオレンジ色をしている。

 ふと思い立った。

 「ねえ、あなた、娘さんがいたよね。すてきなマフラーがあるんだけど、お土産にしない?」

 真夏のマフラーとは、季節外れもいいところではある。でも、せっかく桐生に来たのなら、桐生の一番いいものを見せたい。
 松井ニット技研に立ち寄った。

 土曜日の午後にもかかわらず、松井ニットは操業中だった。社長は工場にいるという。
 しばらく待つと社長が顔を見せた。

 「ああ、安堂さん、いつもどうも」

 座敷に通され、マフラーを並べてもらった。S君の目が変わった。一目で買う気になったようだ。が、2本のマフラーを前に、どちらにするか迷っている。

 「ねえ、俺はあなたの娘さんには会ったことないけど、ソース顔? それとも醤油顔?」

 ま、表現はちと古いが、なあに、私もS君も古さでは人後に落ちない。これで話は充分通じる。

 「どちらかというと、醤油かなあ」

 「だったら、こちらの、少しおとなしい感じの色がいいと思うよ」


 S君としては珍しく私のアドバイスに素直に従い、 マフラーと、ニット帽と、手袋のセットを買い求めた。

 夜は鰻の「こんどう」

 ビールを飲み、酒に代え、やがて鰻重がでる。

 「いやっ、これは美味い。いいですね、これ」

 と美味しそうに食べるS君に聴いてみた。

 「H氏にもここの鰻を食べさせたのよ。で、こないだ、『また鰻を食べに来ない』っていったら、『お江戸にはもっとうまい鰻がある。どうして田舎の鰻を食べに行かねばならないのか』っていうんだけど、どう思う?」

 「おかしい。それはHさんはおかしいですよ」

 おーい、H君、あんた、やっぱりおかしいんだってよ!

 S君は昨日、朝食を済ませて9時前に我が家をでた。多分、昼頃には自宅に着き、奥さんにベーコン、お嬢さんにマフラーセットをプレゼントして英雄になったはずである。英雄でいられる時間がどれほどなのかは分からないが。

 私? 私は彼のスマートを見送ると、直ちに草取り作業を再開した。
 それが私の連休であった。

 

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