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 2010年7月7日 したり顔

 しかしまあ、最近の人びとはテレビのインタビューに答えるのがうまい。

 「それはねえ、やっぱり許せないですよね。日本の国技である相撲を担っていることを自覚してもらわなくっちゃ。ええ、心から反省してもらわないことには、本当に許せないですね」

 「甘いですよ、処分が甘い。相撲協会は自体の重大性が分かってるんですかね。こんなことで世間が許してくれると思っていたら大間違いだ。NHKの放送中止? 当然でしょ。だって、悪いことやったんだから、それなりの罰を受けるのは当たり前だよ」

 いや、そんなことをいった人がいたかどうか、いちいちメモを取りながらニュースを見ているわけではないから不確かである。でも、こんな類のコメントがあちこちのニュースに溢れかえっているのは事実だ。

 味気ない世の中だ。素人が、まるで素人ではないかのような識見に溢れたコメントを、あの問題、この問題について語る。それをメディアが垂れ流す。素人らしい、おずおずとした人なんて、ちっとも見かけない。テレビカメラを向けられてポット頬を染めるうぶな人なんて皆無だ。

 しかも、だ。
 識者(嫌な言葉だねえ。何を識ってるっていうんだろ)然として、得意げにコメントを口にする素人たちの話しって、聴いていると、デジャヴに襲われる。

 「あれっ、どこかで聴いたか読んだかしたことがあるな」

 何のことはない。メディアがさんざん読者、視聴者に押しつけた見方を、まるで自分の考えででもあるかのように得意げに話すのが、最近の登場する素人さんたちである。
 そんなことしかいわないんだったら、なんで素人を画面に登場させる必要があるんだ?
 と思うのは私だけか。
 
 世の中から多用な見方が失われつつある。新聞がいくつあっても、テレビがいくつあっても、ほとんど同じ確度から切り取られたニュースばかりだ。お相撲さんが野球賭博をやったとなると、すべてのメディアが

 「けしからん」

 の大合唱である。

 「いいじゃん、その程度。目くじらを立てる必要、ある?」

 というメディアは、私が知る限り1つもない。こんなだったら、日本には1つの新聞と1つのテレビしかいらない。
 そして、画一的な報道を繰り返すメディア軍団が世論を作る。その見方が正しいかどうかではない。正鵠を射ているかどうかなんて関係ない。
 それを鵜呑みにするだけでなく、自らの血肉として消化した人びとがメディアの求めに応じて、メディアが垂れ流した見方を、あたかも自分の意見でもあるかのように語る。
 ま、メディアからしてみれば、

 「ほら、一般ピープルも私たちの報道と同じことを言っている。私たち、正しいでしょ?」

 ということになる。
 自分たちが価値判断を押しつけておいて、押しつけられた人にインタビューして押しつけがうまくいっていることを確認し、同時に自分を正当化する。

 つまらない世の中である。

 NHKが、大相撲名古屋場所の中継をしないと決めた。この、国営放送局(ではないが、まあ、似たようなもの)の方々は、何を考えていらっしゃるのか?

 私は、相撲取りが野球賭博をやったことが、これほど世の指弾を浴びるほど悪いこととは思っていない。
 それは置くとしても、である。とにかく、世の相撲バッシングで親方や大関が首になり、沢山の相撲取りが出場できなくなった。名古屋場所ではつまらない取り組みが組まれるであろう。恐らく、観客も激減するはずである。
 その姿を皆に知らせるのも、メディアの責任ではないか?

 視聴者から多くの電話をいただいた。その多くは、相撲中継をやめろという電話だった。だから中継しない。NHKはそのように説明したようである。

 お前ら、アホか。
 このようなときに電話をするのは、世論の尻馬に乗って世の中の正義は自分がしょっている、と勘違いした困ったさんばかりである。普段は、周りから困ったヤツだと思われている連中が、大騒ぎをする。まあ、こんな時でないと主流になれない人たちである。だから、はしゃぐ。
 それでも中継をして欲しいと思っている人、メディアの相撲バッシングを苦々しく思っているまともな人は、電話などしない。
 そんなことを理解する知性すら、NHKからは失われてしまったのか? 困ったさんのバッシングの矛先が自分たちに向くのを恐れているのか・

 世の中、多数が唱えていることが正しいとは限らない。多数が正しければ、第二次大戦に突入した日本も、ナチスに政権を与えたドイツも正しかった。
 民主主義は爛熟すると、闇雲に多数に従う衆愚主義に陥る。小泉政権の成立の頃から、日本もその時代に入ったか、と恐れていた。
 いまや、国民の視聴料で成り立つNHKまでが衆愚主義路線を取り始めた。

 つまらない世の中である。

 
 歯医者に行った。左下の歯茎が腫れて痛みがあったからだ。
 私の左下の歯は、親知らずが根っこだけ残っていて、その手前の奥歯がない。痛むのは、なくなった奥歯の1つ手前の歯の根本である。

 レントゲンには特段の映像は出なかった。が、痛むのだから歯根のあたりに炎症ができているのだろう。
 歯科医が、何というのか知らないが、先が尖った危惧を歯と歯茎の間に押し込んだ。

 「ごめんなさい。少し痛いですよ。ごめんなさい」

 いや、私は私の都合で治療を受けているのであって、あなたの拷問を受けているのではない。謝ってもらう必要は全くない。

 「あ、出てきた。膿が出てきましたよ。やっぱり、この歯の根本に炎症が起きてますねえ」

 彼の話によると、レントゲン写真では分からないが、恐らく、この歯のどこかにひびが入っている。そのために炎症が起きている。

 「どうしようもない場合は、抜くしかないですねえ」

 困る。それは困る。
 だった、私の左下の歯は、先に書いたように、親知らずが根っこしかなく、その手前の奥歯はない。さらにその手前の歯がなくなった日には、ものを噛むことができないではないか。

 「何とかなりませんか?」

 「いまの治療水準では、何ともなりません」

 「では、どうすれば?」

 「インプラントしかないでしょう」

 「おいくらぐらいで?」

 「うちは安くて、骨に勤続を埋め込むのが12万5000円、それに取り付ける歯の部分が6万円です」


 確かに、東京で漏れ聞いていたインプラントに比べれば格安だ。しかし、私は定年退職者。格安の給料で働く下層労働者である。
 18万5000円……。

 「どれくらい時間かかります?」

 「まあ、半年、ですかね」

 「その間、どうやって食事をすれば」

 「入れ歯で我慢してもらうしかないですね」

 「半年も?」

 「すぐでしょ?」

 残り少なくなりつつある人生での半年が、すぐなのか、膨大な時間なのか。

 とりあえず膿を出してもらい、レーザーをあててもらって飲み薬をもらった。
 金曜日に再診である。

 私の歯は、私の食生活は、私の財布は、私の時間は、どうなるのだろう……。

 

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