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 2010年2月5日 懲りない面々

 さて、小沢さん不起訴が決まった翌日、本日の新聞各紙は、まるで談合でもしたかのように、小沢不起訴問題を取り上げた。

 小沢氏不起訴―このまま続投は通らない(朝日新聞)

 不起訴でも小沢氏の責任は非常に重い(読売新聞)

 小沢氏不起訴 重大な政治責任は免れない(日本経済新聞)

 同工異曲、という言葉は今日の新聞のために作られたのか? と皮肉の1つも飛ばしたくなるほど似通った見出しだ。皆さん、本当に競争し、切磋琢磨してるんですか? 談合するんだったら、新聞いくつも入らない。は1紙でいいんじゃないでしょうか?

 でも、日本の新聞って、心から検察が好きなんだね。心から検察を信じてるんだね。
 捜査が始まってから一貫して検察の尻馬に乗って小沢叩きに血道を上げ、検察が権力を振るって書類を押収し、身柄を拘束し、必死になって調べたが有罪の確証が得られないとなると、

 「いいか、覚えておけ。今回は見逃してやるが、これで女将の目から逃れたと思うのは大間違いだぞ。手前が悪だってことはお天道様がお見通しなんだ。いつかはお縄にしてやるからな」

 と、お天道様が自分の見方であることを立証もしないまま捨てぜりふを吐く。肩を怒らせて猛々しく叫ぶ。まるで、できの悪い岡っ引きではないか。

 そうなのか? いま疑わなくてはいけないのは、検察の「正義」ではないのか?

 小沢さん不起訴をどう見るか。様々な談話が各紙に載っていたが、不思議なことに足利事件の被害者、菅家利和さんの談話は見あたらなかった。横浜事件の関係者の談話も見受けなかった。
 冤罪事件の被害者は、今回の検察の動きをどう見たのか。マスコミが、もし公平中立を唱えるのなら、検察捜査の被害者となった人たちの受け止め方も報じなければつじつまが合わない、と考えるのは私だけなのか?

 私の目にマスコミは、不起訴と容疑なしは違う、という理屈を盾に、検察のお先棒を競って担いで小沢極悪人のイメージ作りに奔走した自らの罪を隠そうとしてるとしか見えない。言論をもって寄って立つはずのジャーナリズムはいま、権力と添い寝することで自殺を試みているのだろうか?


 今朝は6時前に目が覚めた。寝直そうと思ったが果たさず、思い立って、まだ開けやらぬ町に散歩に出た。

 桐生は四方を山に取り囲まれた地勢である。清少納言は

 「春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは 少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる」

 のがいいと書いた。まだ春は訪れず、厳寒期のさなかの桐生だが、やうやう白くなりゆく山ぎは、はこの季節でも美しい。ほんのりと橙色になった山ぎはに目を楽しませながら、渡良瀬川の堤防道路を早足で歩く。
 透き通るような寒気に耳が痛い。顔の皮膚もきつく凍てつく。気温は、おそらく零下まで下がっている。
 冷たい空気を押し開くように歩く。それでも、15分も歩くと、首から下は汗ばんでくる。

 「まあ、いいや。帰ったらシャワーで汗を洗い落とそう」

 と思いながら、足早に歩く。深く大気を吸い込み、肺中の空気を押し出す。そして、また歩く。

 歩くこと40分。自宅に戻り、朝刊を読み始めた。汗が体温を吸い取りながら蒸発していく。寒い

 綿入りのジャケットをまとって朝食のテーブルに着いた。この冬、初めてのことである。

 が、歩く心地よさは、日々身に染みついていく。
 さて、明日はどこを歩こうか。

 

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