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 2010年1月5日 新年会

 昨夜は町内会の新年会だった。会費2500円、うち500円は町内会費からの補助。個人負担の2000円は昨年のうちに徴収されて。開始は午後5時、場所は近くのスナックである。

 行政サービスを受けるための住民税はきちんと払っている(正確に言うと、まだ横浜市にしか払っていない。桐生市に払うのは今夏以降である)し、それを越えて町内会のお世話になった記憶はない。かつて流行した地域社会論などにはまったく関心がない私が、正月だからといって見知らぬご近所の方々と酒を酌み交わすいわれはない。

 とも考えたが、まあ、私も還暦を過ぎた。ご近所付き合いにいたずらに波風を立てるのも大人げない。
 と観念して出かけた。昨日は、正月休みの延長、と1人で決めて暇にしていたので、適当な時間つぶしである。

 町内会の新年会。会費2500円の飲み会。どうせジジイどもが集まって

 「会費分は取り戻すぞ!」

 と歳も考えずに飲みまくるのだろう。しばらく我慢すれば開放される。

 時間ちょうどに着いた。店にはいると、会場は2階だという。2階にあがって扉を開けた。想像を絶する光景があった。

 なんと、真面目に会議をしている!
 なんでも、新年度の役員を決めるらしい。転勤族である私が町内会の役員に選ばれるわけもないが、みなえらく真面目である。真面目に議事が進み、結局、ほとんどの役員が再任ということになった。

 驚きはそれだけではなかった。
 40人ほどの参加者の約半数が女性、正確に言うとおばさんであった!
 新年の役員改選と飲み会に、おばさんが出てくる?
 やっぱり、かかあ天下は上州の名物らしい。しっかりせよ、男ども!

 役員改選は間もなく終わり、皆さんお待ちかねの飲み会となった。会場は1階だというので、みなゾロゾロと出る。
 ん? えらく渋滞するな? 屋外にある円形階段をトントントンと降りればいいだけなのに。人しか歩かない階段のはずだから、事故による渋滞が起きるはずもなく、交差点もない階段だから信号が設置されているはずもない。何が起きたんだ?
 背が高いのを利用して、階段をのぞき込んだ。

 なるほど。百聞は一見に如かずとはこのことだ。目をやるなり、渋滞の原因が見て取れた。

 のろのろ運転の爺さまがいた。下半身に、といってもあなたが想像した「下半身」より下にある下半身、つまり足に自信がないらしく、左手は階段の手すりをしっかりと握っている。それでも足を1段下に降ろすことができず、右手で円形階段の真ん中に立つポールを探っている。左手で手すりを、右手でポールを握り、両手で体を支えてそろりそろりと階段を降りようという腹づもりらしい。
 ところが、この爺さま、背が小さかった。背が小さいからリーチも短い。右手がなかなかポールに届かない……。

 健気である。不自由な足を引きずりながら、町内会の新年会に顔を出す。誰の助けも受けずに、彼にとっては断崖絶壁に見えたかもしれない階段を降りる。
 私なら、出ない。理由なら何とでもつく。元日に餅が喉に詰まったとか、飲み過ぎて下痢が止まらないとか、惚れた女が訪ねてきているので時間がもったいないとか……。
 でも、爺さまは出てきた。新年会に出るのは町内会員の義務と思い定めているのか。新年会に出られるのも今年が最後という予知夢を見たのか。

 こうして飲み会が始まった。

 まずは、ビールで乾杯である。私の嫌いなアサヒビールしかなかったが、ま、お付き合いだ。

 「エビスはない?」

 といっても奇異の目を向けられるだけである。我慢するしかない。

 料理はサラダ、中華風肉団子のあんかけ、コンニャクのみそ田楽、それにもう1品出たが、私が食べる前に周りの人が食べてしまったので、何だったか記憶がない。それだけである。
 途中からんほんしゅに切り替えた。1号徳利を2本開け、

 「すいません、お酒をください」

 と店員に言ったら、

 「もうオーダーストップです」

 といわれた。2500円会費の飲み会とは、そのようなものらしい。


 すぐにカラオケ大会が始まった。役員らしいおっさんが2人、どうでもいい歌を歌うと、続いて拍手を浴びながらおばさんが前に出てマイクを握った。おっさんたちが、どちらかといわなくてもだらしない格好をしているのに比べ、このおばさんはどこに出しても恥ずかしくない立派な身なりである。気分の上では、まだお正月が続いているらしい。

 「安堂さん、どうですか、1曲」

 前に座った男性が声をかけてきた。冗談ではない。何が嬉しくて、町内会の新年会で私の自慢の喉を披露しなければならないのか?

 「いえ、とんと不調法でして」

 角が立たないよう、丁重にお断りした。

 はずだった。

 「安堂さん、1曲お願いしますよ」

 そばに来た役員さんがいった。後ろに座っているおばさんたちからも、

 「是非」

 などと声がかかる。
 ああ、そうか。新参者の私を、不調法だという私を、みなで笑いものにしようって魂胆か? そうか、それならこのマイク、受けねばなるまい。

 前に出てマイクを握った。さて、何を歌う? 爺さま、オヤジ、おばさんを前に、Eric Claptonでもあるまい。では、何を?

 「酒と泪と男と女、入れてくれる?」

 歌い終わった。絶大なる拍手が来た。おばさんが数人、

 「凄い、上手!」

 「もう1曲!」


 などと声をかけた。おもわず、

 「じゃあ」

 と言いかけたが、新参者が調子に乗っては、今年1年のご近所付き合いが不安である。どこからねたみの鉄砲玉が飛んでくるかわからない。
 歌はお断りし、求められてご挨拶をし、少しだけ自己紹介した。昨年還暦を迎えた、というのはこのような集団で他の人を安心させるためにはどうしても必要なコメントである。
 席に戻った。

 「安堂さん、本当に還暦?」

 後ろの席のおばさんから声がかかった。

 「さっきからみんなで、あなたっていくつぐらいかしら、って話してたの」

 はあ、そうですか。

 「40代かなあ、まさか50は過ぎてないだろうって」

 別のおばさんから声が出た。

 「私、30前後じゃないっていったんだけど、ホントに還暦?」

 おいおい、私に媚びを売ろうってか? 息子がもう35なのに。俺が30だったら、俺には年上の息子がいることになるではないか!

 「はあ、苦労してないからそう見えるんですかね」

 ま、この程度でお茶を濁しておくしかない。

 
 間もなく、飲み会はお開きになった。夜道を自宅に向かった。

 「おれが30ねえ」

 「俺の歌がもう1曲聴きたい、だって」


 ひとりニンマリした。やっぱり今年も、私は脳天気に生きていくらしい。
 でも、あのおばさまたちと道であったらどうしたらいいのだろう? もっとも、顔はほとんど覚えてないが。

 リンは、食欲が一段と落ちた。下痢が止まらない。とうとう終末期に入ったか。
 今月いっぱいは持つのかなあ……。

 

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