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 2009年12月24日 クリスマス・イブ

 である。皆様、いかがお過ごしであろう? 
 いまごろ、都心のホテルに美女を伴い、高価な赤ワインをお楽しみであろうか?
 できうれば、お相手はワインの価値がわかる女性であってほしい。グラスに3杯ほどたしなんだら頬が桜色になり、目元が色っぽくとろりとしてくる女性であれば最高である。なにしろ、このひとときのために貯金を重ねてきたのだ。それぐらいの効果はあってもいいではないか。この幸せ者!

 いや、思いを寄せる女性をイブの夜に誘う先は、何も高級ホテルに限るわけではない。東京・原宿の魚の店「小菊」だって捨てたものではない。味がわかる相手なら、

 「こんな素敵な店を知ってるの!」

 と、貴女の評価が急角度で上がることは保証する。味音痴の女なら、

 「私のこと、馬鹿にしてる」

 とむくれるかもしれないが。まあ、そんな女はさっさと捨ててしまった方がいい。ものの価値がわからない人間と付き合うのは疲れるものだ。

 いや、様々な事情で「小菊」はおろか、つぼ八にだっていけない方も多いに違いない。お金がないか、伴う相手がいないか……。
 誠にご愁傷様である。

 と、人のことはいっておられない。私だってこの時間(午後9時50分)、パソコンに向かって日誌を書いている、悲しい人間の1人である。日誌の前は1時間半ほどギターを練習した。そう、クリスマス・イブというのに、私には有り余る時間しかなかった……。

 
 幸せ者をうらやむのをやめて、気を取り直そう。

 本日は、今年最後のギター教室の日だった。午後5時半すぎ、いつものように車でギターショップ・テンションに出かけ、いつものように指導教官と30分にわたって睨み合った。

 「始めて今日で3ヶ月になります。ちっとも上手くなった気がしない。どれぐらいたったら、とりあえずギターが弾けるようになった、という気になりますかね?」

 「1年、3年、10,年といいます。とりあえず弾けるまで、少なくとも1年かかります。といっても、人によりますが……」

 人による。まあ、習い事である。それはそうであろう。問題は、私が、ギターに関してはどんな人か、である。私は1年で、あるいはそれより短い期間で、とりあえずギターが弾けるという類に入る人間なのであろうか? 2年やってもだめな類お人であろうか?
 知りたい。が、答えが恐ろしい
 最も知りたいことを聞かないまま、本日の授業は終わった。

 現在は、ピッキングをアップ、ダウン交互にやる技を練習中だ。これができると早弾きができるのだそうだ。
 ダウン、アップ、ダウン、アップ……。頭の中で念仏のように唱えながら繰り返す。念仏を強く唱えすぎると左手がおろそかになり、出そうと思った音が出ない。出さねばならない音を出すために左手に神経を集めると、念仏があやふやになる。
 まあ、あちらを立てればこちらが立たず。世の中、なかなか難しくできている。

 1年でクラプトン、の目標まであと9ヶ月――。


 本日、ダウンジャケットを買った。

 いや、ダウンのジャケットは桐生に来る前に1着買った。横浜で聞いた桐生は、ひどく寒そうであった。東京、横浜に比べて、冬場の気温は3〜5度低そうだし、噂の空っ風も吹きそうだ。いまの防寒具で間に合うか?
 と心配したのは、私ではない。次女である。

 ある日、確か今年3月だったと思う。次女に連れられて、といっても車は私が運転して出かけた。ダウンジャケットを買うためである。

 「お父さん、仕事をして外に出るんだから、ダウンジャケット、いるよ」

 私は体がでかい。そのでかい体に通常のジャケットを着て、さらにその上から重ね着ができるダウンジャケットを探した。いってみれば、特大品である。
 数件回った。最も気に入ったのは、川崎のさいか屋で見た一品だった。ダーバンだったか、インターメッツォだったか。確かな記憶はないが、数種類の色を使ったカラーリングが素敵だった。5万数千円した。

 「これ、いいな」

 独り言のようにつぶやく私に、同伴者はいった。

 「だめ」

 サイズが合わなかったのか、色柄が私に似合わなかったのか、価格が適当でなかったのか。私には正確な情報はない。

 「これでどう?」

 といわれたのは、横浜にある店だった。黒、でかい。ジャケットの上からでも十分に着られる。

 「まあ、お前がいうんだったら、それにすれば」

 なかなか上等なダウンジャケットだった。ダウンの量が半端ではない。私が着ると、炭団の粉をまぶした雪だるまのようになる。が、いまさら色気などない(という年代であることだけは確かだ)。見た目より、防寒じゃないの?

 3万円少々した。その金を、私が払ったのか、寒冷の地に送り出す父を気遣った娘が払ってくれたのか、記憶は曖昧である。

 あれから9ヶ月。冬が来て、桐生は冷え込む日が続く。朝、我が愛車は屋根といわず窓といわず、氷がはっている。気温は早くも零下である。

 「そうそう、俺、ダウンジャケットがあるんだった」

 数日前、始めて手を通して外に出た。なるほど暖かい。空っ風? 吹くなら吹きやがれ! ってな気分になる。防寒性能は十分である。
 が、過ぎたるは及ばざるがごとし、ともいう。何が及ばないか?
 ダウンがたっぷり過ぎて、着たままで運転席に座るのが難しい。何だか、背中がシートから浮いてしまう。ひょっとしたら、高価なダウンジャケットを大切に扱おうという思いがそうさせているのかもしれない(私、生まれは貧乏人である)が。
 それに、いま程度の冷え込みには、これほど分厚いダウンは必要ない。

 というわけで、もっと薄手のダウンジャケットを買おう、と思い立ったのだ。

 数件回った。で、買った。
 ベージュのダウンジャケットである。関心のある方はこちらをご覧いただきたい。私が買ったのはベージュである。比較的丈が長く、これならジャケットの上からでも着ることができる。薄手だが、いまの季節には十分すぎるほどの防寒性能を持つ。夕方、これを着てギター教室に出かけたが、着ていると汗ばむほどである。
 気に入った。

 気に入らないことがある。このダウンジャケット、ユニクロなのだ。私、ユニクロが嫌いなのである。

 ユニクロが日本経済をだめにする、という議論がある。
 ユニクロはコストカットを追い求めて、生産拠点を海外に移した。だから安い製品ができるのだが、そんなことをするから国内の生産が落ち込むではないか。ものづくりで国を作ってきた日本からものづくりがなくなったら日本はつぶれるしかない。一将功成って万骨枯る。そんな事態を許すのか?
 私の理解では、といっても新聞に載ってくる雑誌や単行本の題名から、

 「多分、そんな議論なのだろう」

 と思っているだけなのだが、私が思っていることが正しければ、その議論は正しい。世の中とは皆で生きていくものである。一部の人が生きていくために、ほかの一部の人が生きるすべをなくしてはならない。繊維産地桐生に暮らすと、強くそんな思いがする。
 だから、ユニクロは嫌いである。

 「といいながら、あんた、ユニクロで買い物したんだろ? おかしいじゃないか!」

 まったくその通りなのだ。
 私も、ユニクロがいやで数店回った。だが、どこにも

 「これなら」

 という商品がなかった。仕方なくユニクロを覗いたら、

 「これなら」

 というものがあった。しかも、5990円

 「ま、これなら3シーズン着ればいいや」

 と思ってしまった。しかもこいつ、着ると暖かい!

 「桐生の繊維の皆様、ごめんなさい!」

 と心の内で謝罪しながら、買ってしまった。

 ユニクロが日本をだめにすると考えながら、自分ではユニクロ製品を買ってしまう。矛盾である。自己批判を迫られても、甘んじて受けるしかない。

 だが、である。経済とは、いい、悪いで決まるものではない。いいか悪いかを議論するより、出口を探す方が優先する。出口を探すには、矛盾の中に身を置かねばならない。いけない、いけないと思いながらユニクロで買い物をした私は、おそらく、ユニクロで買い物をする多くの人と同じ地平に立ったのだ。現実をお金を払って体験した分だけ、私は先に進んでいるのである。

 というのは、勝手な言い訳である。
 だって、ユニクロではない店で見たダウンジャケットだって、価格は大差ない。ユニクロと同じようなコスト構造、日本をだめにする構造になっているのは間違いないのだ。今日、私がユニクロで買わなくても、私がいずれユニクロ的なものを買ったことは間違いないのである。

 いやあ、経済って難しいね! 野党になった自民党の方々はいろいろおっしゃっているが、さて、本当のところ、どうすりゃいいんだろ?

 私は、それが知りたい。鳩山さんも、それが知りたいはずである。

 

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