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 2009年11月25日 詳細・その1

 次女と瑛汰が我が家に滞在を続けた16日間の詳細(むろん、記憶にある限りだが)を記す。

 次女と瑛汰が我が家に来たのは、4日夕だった。この日は、来春から幼稚園に入る瑛汰の面接日。次女とその旦那は、その行事を恙(つつが)なく終てえ、旦那の運転する車で桐生の我が家までやってきた。
 まあ、女は弱し、されど母は強し、である。両親に助けを求めなければならないほどのつわり、水を飲んでは吐き、何も食べないのに吐き、でありながら、次女は母親の役を務めてきたわけである。

 ちなみに瑛汰は、面接の間中、きわめてよい子であったらしい。気をつけ、も立派にでき、前にならい、もきちっとこなしたそうだ。マイケルさんのマの字も口にせず、悪態もつかず、椅子に直立不動で座って先生に眼を向ける瑛汰。
 はや3歳にして、社会に向かい合うときは己を抑制し、良い子ちゃんで振る舞うことを知る。将来が楽しみである。

 翌日が仕事である旦那は、夕食も食べずにとんぼ返りだった。弱音も吐かず、愚痴もこぼさず、旦那としての役割をきちっと果たす。君とは話ができそうだ、なあ、男ってつらいもんだよなあ。

 こうして、私と瑛汰の暮らしが始まった。

 まあ、久しぶりの瑛汰との暮らしである。私だって、多少は心が躍る。
 我が家に乗り込んできた瑛汰は、早速マイケルさんを始めた。四日市の長女が、いち早く「This is it」を啓樹、旦那と見に行き、その場で瑛汰用に買ったマイケルグッヅが我が家に届いていた。瑛汰とすれば張り切らざるを得ない。
 CDをかけ、両足を開く。右足だけでリズムをとる。マイケル特有のリズム感である。くるりと回る。寝っ転がる。走る。ムーンウォーク。ん? 瑛汰、お前ずいぶんうまくなったなあ……。

 いまやマイケルになりきった瑛汰を風呂に入れ、お湯の掛け合いをして体と頭髪を洗う。

 「よし、20をしよう」

 と湯船に2人で浸かって瑛汰に20まで数えさせる。そして夕食。終わると、またマイケルさん。そろそろ寝競る時間だなあ。

 「瑛汰、ボスと寝よう」


 こうして、私と瑛汰の同衾が始まった。

 【同衾14日間】

 まとめよう。次女と瑛汰が我が家に滞在していたのは16日間。うち13,5日は2人で寝た。

 残りの1日は、瑛汰がどうしても

 「ママと寝る」

 といって譲らず、やむなく次女と寝させた。

 もう1日は最終日の19日である。次女の旦那が仕事を終えた足で桐生まで駆けつけ、午前0時前に無事到着した。妻も次女も、とうに白河夜船である。1人起きて彼の到着を待っていた私とビールを飲み、さて寝ようかというときに、私の布団に寝ていた瑛汰が起き出してきた。

 「良かったねえ、パパが来たよ」

 といいながら、瑛汰をパパに押しつけた。

 0.5は、さて何日目だったか。
 ママと寝たいという瑛汰を、

 「ママは具合が割るからボスと寝よう。ボスと寝るとママは元気になって、またママと寝られるからね」

 と説得し、2人で布団に入った。

 「じゃあ、ボスと5だけ寝るね。5寝たらママと寝るからね」


 そういった瑛汰は、電気を消すと数を数え始めた。

 「1,2,3,4,5!」

 何で数を数えるんだ? いぶかる私に、瑛汰はいった。

 「もう5寝たから、ママと寝る」

 私のメンツも立てて、自分の思いも遂げる。3歳児の知恵は馬鹿にできない。もちろん、押さえ込んで私の横で寝させたが……。

 その瑛汰が、ガバと起き出したのは、時計を見ると午前1時半だった。起き出して

 「ママと寝たい」

 とぐずり始めた。ん? 午前1時半に寝る場所を変える?

 「瑛汰、ここで寝よう」

 「ママはもう寝てるよ」

 「ママは気持ち悪いんだって」

 「瑛汰、だっこしよう。ここで寝な」


 いろいろな言葉を使って説得した。が、聞かない。やがて、おいおいと泣き出した。こうなっては打つ手はない。

 「わかったよ、ママんとこ行こう」

 そういうと、瑛汰はいった。

 「ボス、布団もってきて。瑛汰は枕持って行くから」

 3歳児、恐るべしである。


 それだけなら、私は瑛汰の精神的、知的成長を喜んでいればよかった。が、良いことばかり存在する世はない。

 瑛汰と同衾した最初の日、私は夜中に7、8回目覚めた。目覚めるたびに、瑛汰のいる場所が変わっている。
 寝付いたときは私の右腕を枕にしていたはずなのに、目覚めてみると布団からはみ出し、90度回転して私の胸に頭を付けて寝ている。
 次に目覚めると、瑛汰がどこにもいない。明かりをつけて探すと、布団の下の方にいって寝ている。
 目が覚めて瑛汰を探る。ああ、いた、いた。私の元に抱き寄せて布団を掛けようとする。えっ、頭がない! 起きあがってみると、180度回転していて、私が抱き寄せようとしたのは瑛汰の足だった……。
 私の腹に頭を乗せ、私の胸に足を乗せ、起きるたびに瑛汰のポーズが違っている。
 まあ、元気な子は寝相が悪いものである。私の寝相だって、決して褒められてものではないからな。瑛汰、俺の血をひいたか?

 それはいい。でも、俺はどうして夜中に何度も目を覚ますのだろう? 瑛汰と同衾して緊張しているのか? ふっ、年甲斐もない。ま、やがて慣れるさ。
 
 その日は目覚めるたびにそう思っていた。ところが、である。何日たっても、やっぱり夜中に頻繁に目が覚める。覚めるたびに瑛汰は違う場所におり、ほとんどの場合、布団から抜け出していた。だから、瑛汰を普通の場所に戻し、布団を掛けてやる。次に目覚めても、同じ作業をする。そして、朝が来る。

 そのうち、私の暮らしが変わり始めた。昼間は眠い。だから、夜は早く寝る、というか、瑛汰と一緒に9時半か10時には寝てしまう。目覚めるのは7時頃である。眠りについて朝起きるまで9時間!

 私は還暦を過ぎた。歳をとると眠りが短くなるというが、私の平常時の睡眠時間は6時間半、長くても7時間である。それで、昼間はすっきりしている。
 なのに。瑛汰が来てからの生活は、夜眠りについて朝起きるまで9時間! それなのに、昼間は眠くて眠くて頭がボーっとしている。

 ある日、瑛汰が昼寝をしている時間に、私も昼寝をした。それでも、その夜は10時に瑛汰と一緒に眠り込んだ……。
 弁明ではなく、これでは、日誌を更新する時間など取れるはずがないではないか。

 そうか、子育ては体力なのか!

 そんな事実を改めて思い知らされた日々だったのである。

 

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