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 2009年10月4日 2016年

 2016年のオリンピックが、ブラジルのリオデジャネイロで開かれることになった。東京は落選である。私にいわせれば、予定通りの結末だ。別に感慨もない。まあ、期間中の都内渋滞が避けられただけでもよしとしたい。

 しかし、である。
 東京が3年間にわたる招致活動につぎ込んだ金は150億円に上るそうだ。昨日までは、何とか東京に決まってほしいという論調だったメディアは、落選が決まったとたん、その使い道が問題になると言い始めた。
 遅い! いまからチェックしたって、出て行った金は戻ってこないって。チェックは、まだ金が残っているうちにやらなくちゃ。
 それでも、金持ち自治体の東京のことだから、まあ、150億円の大半が職員の物見遊山の海外出張に使われていようが、名目をでっち上げた飲み食いに費やされていようが、その程度の支出は屁でもないんだって。

 私はもっと基本的なことを考えたい。
 連中が150億円もの金を投じて招きたかったオリンピックって、いったい何様なんだ?

  昨年の北京五輪では、競泳や体操の決勝が午前中に行われた。アメリカでの放映権を獲得したNBCの要求があったため、だそうだ。なにしろ、NBCが支払った放映権料は半端ではなく、五輪運営経費の半分近くに上るらしい。

 「我々は莫大な金を払う。ついては条件がある。アメリカの視聴者のゴールデンタイムは夜である。アメリカでは競泳、体操の人気が高いから、この時間に生中継する。つまり北京時間の午前中にやってもらう」

 とでも脅されたのだろう。いずれにしても、国際オリンピック委員会はこの要求を入れた。金の力は絶大である。
 可哀想なのは選手である。通常の大会なら、決勝は午後から夜である。体調管理も、その時間にあわせる。決勝にあわせて体調をピークに持って行く。ところが、北京では午前中の競技を強いられた。6割、7割の体調の仕上がりで決勝に臨んだ選手も多かったに違いない。
 ウィキペディアによると、20年前のソウル五輪でも、陸上競技で同じことが起きた。
 五輪は金の力に屈するのである。

 かつてはアマチュアスポーツの祭典であった。ところが、いつからかプロとアマの区別がなくなった。プロ野球の選手が、競輪の選手が、五輪に出る。

 「そんなもんに出ても一文の得にもならないよ」

 とプロの多くが出場しないアメリカの野球チームは、五輪でろくな成績を残さない。
 
 旧東側の選手団にも問題があった。

 「あいつら、国家丸抱えのプロじゃねえの?」

 という疑問である。いまでもそんな国はある。

 かくして、バラバラの基準で選ばれた選手たちが、金メダルを競い合う。何か、変だ。

 いや、五輪の問題点を洗い出せば、こんなことにはとどまらないだろう。で、こんな五輪が4年に1回開かれるたびに、私は思う。

 あ、また見せ物が始まった。
 どうせ見せ物と割り切れば、選出母体がどうのとか、金の力で動いているとか、どうでもいいことになる。開催期間中、適当に楽しめばいいだけだ。

 
 東京に戻ろう。
 新聞に、東京落選の原因のひとつは、世論が盛り上がらなかったこと、とあった。それを読んで嬉しくなった。
 そうか、そうか。私と同じように、高い金を払って見せ物を呼んでこなくたっていいじゃん、と考えた人が沢山いるということだ。日本はすでに、五輪のような、世界の耳目を集めるイベントを開催しなくてもちゃんとやっていける成熟社会なのだ。盛り上がらなかった世論は、健康である。

 なのに、石原都政は150億円もの金をつぎ込んだ。あの人たち、いまの五輪にどんな夢を見たんだろう? センスの悪い、不可思議な人々である。
 だから、空気の読めないセンスの悪い知事と、その知事に唯々諾々と従う覇気のない官僚を抱えていることに東京都民の目が開かれたのなら、150億円の散在は決して無駄ではない、とでも考えるしかないのではない。

 ん? 150億円?
 矢っ張り無駄だという気もするなあ。なにしろ、150億円だもんなあ……。

 

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