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 2009年9月1日 引っ越し

 突然だが。
 という書き出しを何度も使った。今回も、マンネリという批判を恐れず使うことにする。

 突然だが。
 明後日、3日に引っ越しを挙行する。桐生市の現在の住居に落ち着いて、わずか5ヶ月しかたっていないのに、引っ越しを挙行する。

 いや、私が不始末をしでかして桐生市にいられなくなったわけではない。もちろん、ご賢察の通り、細々とした不始末は日々繰り返してはいるが、幸いなことに、地域社会からはじき飛ばされるほどの不始末は、まだしでかしていない。

 お疑いか? 
 よろしい。こちらにはちゃんとした証拠があるのだ。引っ越し先も桐生市内なのである。現住所から、車で15〜20分のところである。桐生にいられないほどの不始末をしでかしてしまったのなら、そんな転居先を選ぶわけはないではないか。

 実は、会社命令による転居なのだ。話は4月にさかのぼる。

 「安堂さん、申し訳ないのですが、耐震診断をさせてもらいたいのですが」

 会社の施設担当からおずおずとした様子の電話が入ったのは、転居間もない4月はじめだった。

 「耐震診断? どうして?」

 いつものように、私はズバズバと聞いた。

 「実は、全国の社有施設の耐震診断をここ数年で終えました。ところが、安堂さんがいまいらっしゃる桐生は、当時誰も赴任していなかったので、耐震診断をしていないのです」

 お伝えするのが遅れたが、私がいま住んでいる桐生市の住居は、会社の施設である。といっても外見は普通の民家なのだが、所有権は会社にある。4DKの1室が事務所になり、残りが住居だ。家賃なし。電気代は会社が6割負担、ガス・水道代は会社が半額を負担する。まあ、私は社員として、仕事をしながら会社の施設を管理する。究極の職住近接の職場なのだ。

 「ああ、そうなの。だったら、早くやってもらった方がいいね」

 1週間ほどして、耐震診断の専門家が2人でやってきた。2人は、現在の我が家を見るなりいった。

 「酷いね」

 2人は屋内の壁をたたいた。

 「内張は3mmの化粧合板だね。12mmの板を使えばいいのに、こんな薄い板を使っていたのでは、耐力壁としては使えないな。どうしようもないね」

 2階にあがった。

 「うん、こことこことここの柱は通し柱になっているね。でも、もう1本の柱を通し柱にすると、玄関に出ちゃうぞ。玄関に柱の出っ張りはなかったし、どうやって2階を支えてるんだ?」

 私が呼ばれた。

 「安堂さん、あそこの軒の下を見てください。あそこ、少し揺すられると下張りが落ちますよ」

 もっとあった。床がブカブカ。

 「根太が腐ってるのかな」

 こっちに来て、と呼ばれた。

 「この部分、建て増ししてますね。酷いな。建て増ししたところには基礎を打ってない。地面にブロックを並べて建ててるだけですよ」

 こうして2人は引き上げて行った。

 「これ、多分耐震強度が不足してますね。大きな地震が来たら危ない

 という言葉を残して。

 1週間か10日ほどして、会社から連絡が来た。

 「結果が出ました。数値化すると、耐震強度が0.7以上だと大丈夫なんですが、桐生の官舎は0.36しかないのだそうです」

 おいおい、それは震度3の地震でも倒壊する、ってこと?

 こうして、ここには住めないことが決まった。4月下旬のことである。
 となると、とりうる方策は限られる。

 いまの建物に住みながら、耐震強度を上げる工事をするか。

 「それが一番ありがたいけど、工事するのならほかの不具合も一緒に直してもらいたい。まず、風呂場が狭い。タイルの洗い場にステンレスの浴槽、おまけに内釜の風呂なんて、今時ないよ」

 「洗面所に給湯設備がない。ひげそりに困る」

 「台所は給湯器だぜ。あの死人がいっぱい出た給湯器。これで俺たちが死んだら会社は責任とってくれるの?」

 「安普請だね。俺、暑さはだめだけど、寒さには結構強い。なのに、この家にいると、4月だというのに底冷えがする。このままだと病気になるぞ」

 「床がブカブカで、歩いていると引っかかるぞ」

 「今時、和式のトイレはないんじゃない?」


 さまざまな注文、というか、この住宅の不具合をあげつらった。手を入れるのなら、そこまで手を入れてくれ。

 2番目の手は、立て替えである。半年ほどマンションか何かを借り、その間に立て替える。立地はそれほど悪くはないのだから、それも選択肢のひとつである。

 「いや、いまの会社の経営状態では、とても立て替えの資金難か出ません。それどころか、耐震補強の金をも出そうにありません」

 となると、残る方策はひとつだけである。

 「マンションを借りましょう」

 賃貸の提案である。ま、こちらは会社が指定したところに住み、仕事をするだけである。異論などない。

 「いいけど、条件がある。最低、4LDKの広さを確保してほしい。事務室に1室とられるのだから、その広さがないと暮らしが成り立たない」

 我が家では、私と妻の生活時間がまったく違う。妻は私より先に床につき、私よりあとに起き出してくる。寝しなに本を読む暮らしをする私に、

 「まぶしくて寝られない」

 と文句を言って寝室を別にしたのは妻である。だから、寝室が最低2室必要だ。それに、時々子供たちが子供を連れて遊びに来るから、彼らの寝室も確保しておかねばならない。4LDKは死守しなければならない最低ラインなのだ。

 こうして、貸家探しが始まった。

 「我々も探します」

 と会社から来た担当者は言い残したが、なーに、東京のご本社に席を置いて、インターネット、せいぜい電話でしか物件を探せない奴らに任せておけるわけはない。任せっきりにしたら、

 「これしかありません」

 と、とんでもない物件を押しつけられかねない。

 「うん、わかった。俺も探してみるよ」

 こうして、部屋探し、家探しが始まった。


 ない。探しても探しても、ない。
 まず、桐生で最も広い賃貸マンションは3LDKという事実に行き当たった。それ以上広いマンションはない。
 桐生市は、都会に比べれば住宅価格が安い。2000万円もあれば、広い庭のついた1戸建て住宅が手に入る。であれば、広い住宅が必要なら買えばいい。賃貸に住むのは結婚して間もない、せいぜい子供が1人できたぐらいの夫婦である。
 4LDKの賃貸マンションの需要はないのだ。

 では、と1戸建て住宅を探し始めた。
 これも、ない。
 そりゃあ、そうだ。桐生市は人口移動がきわめて少ないところである。貸家を造っても、貸家を必要とする人がほとんどいない。だから、ない。あるのは、訳ありの物件だけだ。
 いや、こちらとしては、訳ありでもかまわない。持ち主の家族がそこで首をくくっていようと、自力ではローンが払えなくなって親の家に転がり込み、買ったばかりの持ち家を賃貸に出そうと、どうでもいい。
 だが、桐生には、訳もあまりないのである。

 いたずらに日が過ぎた。やがて、

 「これはどうですか?」

 と不動産屋から連絡があった。図面を見て驚いた。1階がダイニングキッチンに8畳の洋室、8畳の和室、それに16畳の畳敷きのリビング。2階が4部屋。敷地が170坪。6LDKの広壮な住宅である。

 おいおい、こちとら、夫婦2人しかいないんだぜ。そんなに部屋数はいらないって。それに、同じ16畳でも、洋室のリビングなら使えもしよう。それが、畳敷き。16畳の畳敷きのリビング? それって、普通は宴会場というんじゃないのかい? そんなものが我が家にあったら、毎日宴会するしか使い道がないではないか。1年もしたら、私の肝臓はボロボロになるではないか。あんた、私に早く死ねってか?

 地元紙・桐生タイムスに載った広告を見て声をかけた不動産業者から連絡があったのは7月半ばのことだ。4LDK、3台分の駐車場スペースつきの1戸建てである。家賃は12万円とやや高めだが、なーに、ここは桐生市における我が社出先機関になるのである。家賃は、当然会社が持つ。私が気にするところではない。

 下見をして、1も2もなく気に入った。狭すぎることはなく、広すぎることもない。1階が8畳の洋室に6畳の和室、12畳ほどのリビングに10畳ほどのダイニングキッチン。2階に洋室が2間ある。リビングは吹き抜けになっており、天井でファンが回る。

 「おい、横浜の自宅より住みやすそうだな」

 という次第で、個人的には即決した。

 即決しなかったのは、会社である。
 東京から物件を見に来た担当者は、

 「安堂さんがこれでいいのならそうしましょう」

 と即決してくれた。即決しなかったのは、会社に巣くう官僚どもである。彼らが振りかざした論理は、予算未計上、であった。
 敷金、礼金、引っ越し費用、家賃。これらが予算に計上されていない。予算に計上されていない金は出せない。
 
 組織というのは、官僚というのは、どうして形式論理を伝家の宝刀として振り回すのだろう。
 もちろん、引っ越しも借家も、予算に計上されているわけがない。いまの官舎を使うことを前提に予算は作られたのである。3月まで施設担当だった馬鹿者が、

 「現在の官舎は十分使用に耐える」

 という、無責任きわまりないレポートをあげていたのだから、予算に計上されているはずがない。いまの官舎はもう使えないことがはっきりしたのは、今年度予算の執行が始まったあと、今年4月のことなのだ。

 経理を担当する官僚諸君、君らは社員の安全と予算至上主義というドグマと、どちらを上に見るのだ? 会社が、社員の安全を無視することなんてできるはずがないではないか。いや、会社には温情がある、といっているのではない。社員の安全を無視していて、本当に被害が発生したら、安全を無視していたという犯罪性が加わって会社が賠償すべき金額は膨大になる。損得勘定をすることが君らの仕事だが、その見地から見ても、君らがやるべきことは、いずれにしろ支出せざるを得ない金の支出を渋ることではない。必要な金は一刻も早く支出し、併せて、何故に不完全な予算になったかの原因を追求して、原因を作った馬鹿の責任を追及することである。

 と、私が直接渡り合う立場なら言い放っていたはずだ。が、私は桐生におり、官僚と渡り合ったのは、東京から来て即決した担当者だった。だから、どのようなせめぎ合いがあったのか、私は知らない。知っているのは、会社としての決定がとうとう8月中旬にまでずれ込み、引っ越しが明後日、3日になってしまったことだけである。

 明日から、荷物の箱詰めが始まる。今回の引っ越しは、会社の不手際が原因だから、パッキングもアンパッキングもすべて業者にやらせろと私は主張し、認めさせた。だから、明日から明後日にかけて、私たちは、ただ指示を出すだけである。何しろ私は、未だに3月末の引っ越しで痛めた左肘の腱が治癒しないのである。いま引っ越し作業をしたのでは、右手も両足も痛めてしまうに違いないのだ。
 私は、押しも押されもせぬ60歳なのである。

 という気分で、引っ越しを待ちながら考える。
 この間、大きな地震が来て、いま住んでいる官舎が崩壊し、私と妻が、いやできることなら妻だけが負傷していたら、会社はどのような責任をとったのだろう?

 なんだか、無事なまま引っ越すのが惜しいような気もするのだが……。

 

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