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 2009年8月17日 芥川賞

 いやあ、困った。

 今年度上半期の芥川賞受賞作、「終(つい)の住処(すみか)」に目を通しての感想である。いったいこの作者、何が書きたかったの?

 30を過ぎた男が、30を過ぎた女と結婚する。情熱に駆られたわけでもない。「こんな歳から付き合い始めるということは、もう半ば結婚を意識せざるを得ない」という、中途半端な理由からである。

 おいおい、そんなんでよく結婚しようなんて思えたな。結婚するって、それから30年、50年の人生を選び取ることだぜ、とつっこみを入れたくもなるが、まあ、この主人公はとにかく、こうやって結婚する。その挙げ句、新婚旅行中、女房は不機嫌で、他のしかるべき初夜も女房が生理。
 まあ、こうして、自分も、彼女も、親も、誰も望まなかった結婚をした男のモノローグが始まる。

 何とも陰惨な暮らしである。妻との暮らしになじめず、「別にいまに限って怒っているわけではない」と訳のわからない理由で常に不機嫌な妻を恐れつつ、妻の浮気を疑い、そのくせ、自分が浮気をしてしまう。それも、会社で女子社員とすれ違う際、

 「スカートの裾が彼の右手の中指の爪に、嘘のように微かに、触れた」

 その瞬間に、この女とできてしまうだろうと、主人公は確信するのである。なんじゃ、それ?

 で、ドロドロの関係になり、妻との離婚を決意した直後、妻から妊娠を知らされ、元の鞘に収まる。

 こんな男なのに、不思議に女にもてる。社内の女に誘惑され、取引先の女に誘われ、そしてある夜、終電間際の電車で絶世の美女に遭遇する。そればかりか、ストーカーまがいに女の跡をつけていった主人公を、この女は自宅に招き入れるのだ。そのまま泊まっちゃったというのだから、これは我が世の春の物語である。

 何故かその後、妻とは11年間も口をきかなくなり、絶世の美女と切れた主人公は8人の女と関係する。そんな光源氏まがいの暮らしをした結論が、

 「いままで俺は複数の、さまざまに異なる女と付き合ってきたつもりになっていたが、これではまるで、たったひとりの女と付き合っているのと同じことだ、それはひとつの人格と付き合っているといっても良いのかもしれない」

 だって!

 おいおい、あんたの感性はどうなってる? 8人に妻と最初の女と絶世の美女を加えたら11人。それがたったひとつの人格? 怖い怖いお母ちゃんも、ストーカーまでして手に入れた絶世の美女も、結局同じ?
 どうしてあんたみたいな男に次々と女ができるのかわからないけど、ちょいと酷くないか? 付き合った女たちに、結局みんな合わせてひとりなんだ、なんていったら、ぶちのめされるぞ!

 まあ、いわんとしていることは想像できないこともない。そこまでシニカルになる必要があるのかどうかはわからないが、男って、自分で選択した人生を歩んでいるようで、本当は女の手のひらの上で踊ってるんだよ、とでもいえばいいのだろうか。あるいは、何人の女と付き合おうと、男が求めているのは個々の女の奥にある抽象的な「理想の女」あるいは「女一般」ということなのだろうか。

 そんなあきらめにも似た境地に達したからだろうか。主人公は突然、家を建てる。だが、家ができあがったらといってうれしさがこみ上げてくるのではない。これから死ぬまで、この家で妻と2人だけで過ごすのだ、というあきらめにも似た思いを抱くのだ。

 粗っぽくまとめると、こんなお話である。全編を貫くのは、当事者感覚の欠如、流されていくだけの暮らし、女の手のひらの上で踊るだけの人生、といったところか。結婚なんてそんなもの、男なんてつまんない生きもの、といってもいい。
 これが、今年上半期で最高の純文学?
 読んでちっとも面白くないし、やけにニヒルに構えた訳知り顔が鼻につく。
 これ、単にあんたがマザコンだった、というだけの話じゃないの?

 だから、いつもは陳腐な選評しか書かない石原慎太郎さんの

 「結婚という人生のある意味での虚構の空しさとアンニュイを描いているのだろうが的が定まらぬ印象を否めない」

 というコメントや、
 最近はとんと作品を読まなくなった村上龍さんの

 「作者の意図や計算が透けて見えて、わたしはいくつかの死語となった言葉を連想しただけだった。ペダンチック、ハイブロウといった、今となってはジョークとしか思えない死語である」

 といった選評が、遺憾ながら妙に心に落ちてしまう。

 受賞作を掲載した文藝春秋9月号は、6ページにも渡る受賞者のインタビューを掲載した。異例のことだ。
 と思いながら文春を読んでいると、妻がいった。

 「何読んでるの」

 「芥川賞」

 「どう?」

 「まったく面白くない」

 「書いた人、何か、三井物産に勤めているんでしょ。超一流企業のサラリーマンで話題作りをして売ろうってんじゃないの?」


 ちなみに妻は、この受賞作を読んでいない。読む気もない。
 なのに、そのコメントが正鵠を射ているような気がするのが不思議である。

 

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