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 2009年6月14日 草取り

 いま桐生で住んでいるのは、会社の施設である。1戸建ての住宅で、ここに事務所があり、住宅が併設されている。
 朝食を済ませてから事務所まで1〜2秒。歩数にして10歩ほどである。ま、目が覚めてから目が覚めるまで働きなさいという仕掛けともいえる。

 それはいい。自主的に働かない時間を作ればいいだけのことだ。
 困っているのは、1戸建てだから庭があることだ。いや、庭というほど広々としたものではないのだが、敷地は65坪ほどあり、敷地面積30坪しかない横浜の我が家の、猫の額ほどの空き地から見れば、立派な庭である。
 だが、困っているのは、広さではない。雑草である。土がたくさんあるのに加え、地味が豊なのだろう。4月にここに来たときは、庭一面に雑草が生い茂っていた。

 「まあいいや。自分の家ではないし、いつまでも住むわけでもない。放っておくに越したことはない」

 当初は放っておいた。だが、毎日目にしているうちに、気になってきた。自宅の敷地に入ると、まず目につくのが雑草である。それも、土の部分だけでなく、コンクリートを流してあるところにも、割れ目を見つけてしっかりと生えている。

 「せめて、玄関までのアプローチ部分だけでも綺麗にするか」

 私に似合わない殊勝な思いに駆られたのが1ヶ月ほど前のことだった。その日から、少しずつ雑草を抜き始めた。

 最初は土の上に出た部分を手で持ち、グイッと引き抜いた。が、始めて間もなく、これは最悪の雑草取りだと気がついた。根が残るのである。取れてくるのは地上部分だけ。ちょうど土のあたりでぷつりと切れ、根はしっかりと地中に残る。これだと、再び根から芽が手出てくるのは目に見えている。どうすればいい?

 生協のパンフレットを見ていた妻が、

 「いいものがある」

 といった。簡単に雑草が抜ける、しかもしっかり根っこから抜ける器具があるという。注文していいかというから、パンフレットを見もせずに注文していいと答えた。妻が注文したところで、使うのは、いや使わされるのは私になることは目に見えているのだが、まあ、根っこが取れればそれでいい。
 数日して届いた器具は、フォークのお化けだった。フォークの歯が横にいくつも並んだような形状で、その歯を地中に差し込み、雑草を根こそぎするのだという。
 早速使い始めた。

 歯をズブリと地中に差し込む。その付け根あたりを支点にしながら歯の部分をグイッと持ち上げる。まるで地中にモグラが出現したかのように土が持ち上がる。同時に雑草も根こそぎ浮き上がってくる……はずだった。
 来ない。私より先にこの家に根を下ろしていた雑草たちは、まるで先住権を主張するかのごとく、しっかりと根を張り巡らせていてなかなか持ち上がらない。それでも力を込めると、ブチブチッと根が切れる。
 これはいかん。根が残れば、雑草は再び芽を出すに違いない。もっと深く器具を差し込んで雑草を根絶やしにしなければ。
 
 気が向いたときに、こつこつと取り組んだ。雨上がりが一番作業が楽である。土がたっぷりと水を含んで柔らかくなっているからだ。
 雨上がりの朝、庭にしゃがみ込んでこつこつと雑草を取る。しゃがんでいては腰も足もすぐに痛み始めるから、ブロックを2つ重ねていす代わりにし、こつこつと雑草を取る。それでも、1時間も作業をすると腰がきしみ始める。その時点で大きく伸びをして作業終了である。
 雑草取りは腰を痛めてまでやるものではない。

 記憶に残る限り、これほど熱心に雑草取りに身を入れたことはない。無心で取り組んでいるつもりなのだが、働き者の私の頭脳は休息が嫌いらしい。挫創と向き合いながら活発に活動するのである。

 「そもそも、唯一知性を持つ人間様が雑草なんぞに馬鹿にされていい訳がない。これは人間の尊厳を守る聖なる戦いなのだ。負けないぜ!」

 「この野郎! こんなに根をはびこらせやがって。お前らはだ。勝手は、もう許さんからな!」


 「そうか、根絶やしにする、根こそぎにする、ってここから来てるんだ。確かに、敵を再生不能にするには根っこをすべて取り去るしかないもんな」

 「だけど、根絶やしにしたところで、新しく運ばれてきた種から芽を出すのは避けられないよなあ。世に泥棒の種は尽きまじ、か」

 「しかし、雑草って健気だね。こんな細いコンクリートの隙間によく入り込んだね。偉いもんだ。すごい生命力だ」

 「そういえば、この雑草のたくましさがほしくて、次女にはみのり、って名付けたんだよな」

 「こいつ、ずいぶん深くまで根を張ってるな。おっと、また根がちぎれちゃった。この野郎!」

 どこからか声がかかった。

 「ずいぶん熱心に草取りされてるんですね」

 目線をあげると、お隣の奥さんである。

 「いやあ、根絶やしにしないと、また生えてきますから」

 「ほんと、ずいぶん綺麗になって。私、そこまでできないんですよね。面倒だし、それに雑草も可哀想じゃない?」


 敵に同情するとは。どうやらこの奥さんとは人生観が違うらしい。

 
 1回あたり50cm平方ほどの草を取り始めて1ヶ月。目立つところの雑草はほぼなくなった。が、雨上がりに庭を見ると、あちこちに小さなみどりの芽が顔を出している。

 「しつこい奴らだ」

 私はサンダルを履いて庭に出ると、小さな芽をつまみ、そっと引き抜く。根も一緒に抜くためである。それがここ1週間ほどの生活習慣だ。

 今宵、桐生は雨である。夕刻から降り始め、この時間になって雨脚がやや強くなった。
 この雨で、雑草は再び勢いを取り戻す。私と雑草の戦いは、かくしてエンドレスに続く。

 エンドレスの戦い? それって、言葉を換えれば戯れている、ってことじゃない?

 そうかもしれない。自宅の一部になっている事務所で、考えが煮詰まると庭に出て雑草を取る、なんてことも多かった。雑草を抜いていると泡立っていた脳内が沈静化し、やる気を取り戻すってことも多かったしなあ。

 まあ、どれほど根絶やしに努めたところで、雑草を根絶やしにできるものではない。であれば、根絶やしを目指すのではなく、平和共存を目指す方が合理的だ。私だけのトランキライザーとして彼らと戯れる時間を続けてみるか?

 雨雨降れ降れ、もっと降れ。降って遊び仲間を増やしてちょ!
 ん? 増えすぎると、ちと面倒だけどなあ……。

 

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