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 2009年1月20日 私と暮らした車たち・その25 BMW318iツーリングの2

 電話の先は、横浜・中華街の近くにあったBMWディーラーである。ここに武田さんという営業マンがいた。彼が電話の相手だ。
 なお、「あった」と過去形で書いたのにはそれなりの理由がある。その理由にはやがて触れることになる。

 武田さんとは旧知の仲だった。ゴルフワゴンを買ったのが武田さんからだった縁だ。

 「ゴルフとBMWを同じディーラーが扱うわけないジャン!」

 と疑問を持たれた方はかなり車の販売にお詳しい。一般的にはその通りである。だが、この販売店は特殊だった。
 このディーラー、もともとはトヨタ系である。トヨタがフォルクスワーゲンと販売提携をし、 DUOという販売網を作ったことはご存じだと思う。武田さんはDUOでフォルクスワーゲンとアウディの車を売っていた。私はその店でゴルフワゴンを買ったのである。

 武田さんによると、

 「外車販売はうまみが大きい」

 ものらしい。1台あたりの利益率が大きいこともある。足を棒にして営業に駆け回らなくても、客の方から店に来てくれることもある。こうして外車販売のうまみを知ったそのディーラーは、独自にBMWの販売権を入手、店舗を持った。トヨタ自動車がよく黙認したものだ、とも思うが、メーカーと販売店の力関係はかつてとは違ってきたらしい。
 ともあれ、武田さんはDUOからBMWに移っていた。たまたま前を車で通りかかり、

 「へーっ、あのディーラー、BMWも始めたんだ」

 と関心を引かれて立ち寄ったら武田さんと再会したというわけである。事故の起きる半年ほど前のことだった。

 「6気筒のエンジンにバルブトロニックが採用されたら、買い換えを考えるかもね」

 などと無駄話をして旧交を温めた。ゴルフワゴンを買った時、値引きを含めた対応が極めて気持ちよかった。もしBMWに乗り換えることがあったら、また武田さんの手を煩わせるか、と考えながら店を出た。無論、その日はずっと先のはずだった。

 「武田さん、俺がBMWを買おうって思う時には、もうあなたは定年でいないかも知れないね」
 
 そんな憎まれ口を叩いて店を出たのだった。
 それなのに。

 「というわけで、車が潰れたのよ。で、もうベンツには乗りたくないから、BMWにしようと思って。買う時は武田さんから、って決めてたからさ。値引きもよろしくね」

 武田さんにしてみれば、棚からぼた餅の商談である。心が躍らぬはずがない。何でもいってくれ、できるだけのことはする、と前向きの姿勢を見せるのは当然である。

 最初にお願いしたのは、とりあえずの足の確保だった。当時、妻は右大腿骨付け根付近の骨折で入院中。見舞いに行くにも、着替えを運ぶのにも車が必要だったのだ。
 BMW316tiという車を貸してくれた。

   316ti

 この車に、まだ同居中だった次女を乗せて妻が入院する病院に通った。
 借りておいて言うのもなんだが、まあ、どうということもない車だ。BMWなのに、エンジンが気持ちよく回るわけでもない。エンジン音が気持ちいいわけでもない。どうしてこの車が300万円近くもするんだろう、という程度の車である。
 300万円近くするんなら、私だったらゴルフを選ぶなあ……。
 
 この車に乗りながら、私は保険会社と代車の交渉を始めた。新しい車が来るまで代車を出してくれ、と要求したのである。
 最初の提案はタクシー利用だった。拒否した。タクシーでスーパーに買い物に行くなど、私の趣味ではない。
 それではマークllではいかがでしょう? それが2つ目の提案だった。

 「あのね、マークllでいいんだったら、事故を起こした車もマークllだったと思うよ。そんな車には乗りたくないから、C200に乗っていたんでしょうが。C200と同クラスの車が欲しい。BMWにしたいんだけど」

 嫌みな言い方であることは重々承知の上である。だが、保険会社には、思いつく要求をすべてぶつけなければならない。彼らに主導権を渡すと、できるだけ金がかからないように示談交渉をまとめようとする。息子がバイクで事故を起こした時、保険会社との交渉を一手に引き受けた私の実感である。
 主張するだけは主張する。主張を通すためのデータは手広く集める。主張したあとで相手に理があると思えば主張を取り下げればよい。これが基本的な交渉術だ。

 「しかし、そうなりますとリース料もかなり高額になりますし……」

 泣きが入った。そんなのは予想の範囲内である。

 「あのねえ、私は100%の被害者なんですよ。それは理解してもらえますね? 多少でも私に非があるのなら、できるだけご迷惑を掛けないように考えますが、100%の被害者がどうして我慢をしなければならないのですか?」

 彼らは私を説得してできるだけリース料の安い車に乗せようとする。私は、それは嫌だと主張する。お互いが知力を尽くし、相手を説得する、もっと正確に言えば押さえ込もうとする。反論ができなくなった方の負けである。これはゲームなのだ。
 私には強い味方がいた。BMWに乗っていて事故に巻き込まれた知り合いが、保険会社からBMWの代車を勝ち取った実績があったのである。同じ保険会社だった。私が負けるはずがない。

 私はやっぱり論戦に勝った。代車の手配はこちらでしろという。その程度は認めてやろう。すぐに武田さんに電話をした。翌日、まだ数百kmしか走っていない白のBMW318iが届いた。

 もう1つ未解決の問題があった。ベンツC200の取り扱いである。修理をするのか、それとも全損扱いになるのか。

 「まだ保険会社が判断を示さないんだよね。どうしたらいい? 修理、ということになると、ひょっとしたら新車は買えないかも知れないんだけど。でも、ケチのついた車に乗り続けるのは気が進まないし、第一、左前部でぶつかってるから車体が歪んでると思うんだよね。いずれにしても乗り続けたくはないんだよね」

 武田さんに相談した。すぐに回答が帰ってきた。

 全損だったら、その金を頭金にする。修理という話になった他、武田さんの店に修理に出す。保険会社から振り込まれる修理代金と車の残存価値を合わせて頭金にする。武田さんの店は修理をし、C200を中古車で売って回収する。

 よくできたシナリオである。こうして、話は次の段階に進んだ。具体的に車種を決めるのである。

 これは最初から決まっていた。BMW318iツーリングである。ワゴンが欲しかったのだ。犬のためである。
 「事件らかす #3 安堂礼人、交通事故に遭う」で書いたように、当時、車は私と愛犬「リン」の移動手段でもあった。それまではC200だから「リン」の乗車位置は後部座席である。これを何とかしたいと思った。
 「リン」は血統書の着いたシェットランド・シープドッグである。頭の良さと毛並みの美しさが売りだが、困ったことがいくつかある。その1つが抜け毛である。とにかく抜けるのだ。「リン」との暮らしは抜け毛との闘いなのである。
 その「リン」を車の乗せるとシートといわず、カーペットといわず、車中が抜け毛だらけになる。少なくとも2週間に1回はガムテープで毛取りをしなければ人様の座るところがない。うっかり座ると全身が毛だらけになってしまう。

 「次に車を買う時はワゴンにしてリンは荷物室に乗せよう」

 我が家ではそんな合意ができていた。C200のもセダンではなく、ワゴンにしておけばよかったと何度も後悔した。
 もっとも、シュテルン横浜東で

 「ワゴンは値引きできません!」

 と宣言されてすごすごと引き下がったからセダンだったのだが。

 今度はワゴンにする。迷いはなかった。

 「で、安堂さん、年式はどうします? 1つ前の年式で残っているヤツだと値引き幅が大きくなりますが」

 そうか、欧州車のモデルイヤーは確か10月ー9月。年式が変わるたびに細部が変わるのも欧州車の特徴だ。前の年式の車が何台か残っているらしい。

 「どこか変わってる?」

 「キーレスエントリーが赤外線から無線になった程度で、ほかはまったく一緒。エンジンも同じです」

 「赤外線と無線って、どう違うの?」

 「赤外線は受信部に向けてキーを操作しないとドアは開閉しないけど、無線だったらキーを操作しさえすればいい。それだけです」

 「じゃあ、新しい方がいいのかな?」

 「でもねえ、無線だと混信しちゃうことがあるのよ。送電線の鉄塔の下とかで働かなくなることがあるんです。東京タワーの下でもうまく動かなかったって聞いたな。私は前年モデルを薦めます。安くできるし」


 武田さんとは、このような営業マンである。素直に従った。この時点で色は紺に決まった。前年モデルの売れ残りから選ぶのである。選択肢は広くなかった。

 「で、安堂さん、何かオプション付けます?」

 C200はなんのオプションも付けないスッピンの状態で買った。だが、今回は、言われる前からオプションを付けようと思っていた。カーナビではない。私は地図が読める男なのでカーナビは必要ない。

 「欲しいものがあるんだけど」

 「何です?」

 「レザーシートが欲しいんだ」

 「レザーシート?」

 「うん、犬を乗せるんだけど、ファブリックのシートだと抜け毛の処理が大変なんだよね。抜け毛が生地に食い込んじゃって。レザーだったら楽でしょ?」

 「まあ、それは楽でしょうけど、でもお値段ははりますよ」


 27万円。それがレザーシートのお値段だった。瞬時考えた。27万円? 結構いい値段ではないか。うーん、どうする……。

 「事故のあとだもん。パーッと行かなきゃ気分が晴れないよね!」

 という実にいい加減な理由でレザーシート購入を決断した。あわせて、シートヒーターも頼んだ。私も妻も、もう若くはなくなった。腰を温めながらのドライブの方が快適なはずだ。ウインドウにUVカットのフィルムも貼ってもらう。妻の病気には赤外線は敵なのである。

 ほかに必要なものはない。これで我が家に来るBMW318iツーリングの仕様が決まった。納車を待つだけとなった。2003年2月のことだった。

 

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