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 2008年9月25日  ロック

 今朝、己の不可思議な行動に気が付き、思わず笑ってしまった。トイレでの出来事である。

 便意を催した私は、何も考えることなくトイレに向かった。中に入り、後ろ手でドアを閉める。同時にノブのロックボタンを押す。いつもながらの、流れるように優雅な一連の身のこなしである。
 前を向き、下半身を剥き出しにして便座に腰を下ろした。これから、消化しきれなかった食べ物のかす、代謝された細胞の死骸、腸内細菌の死骸を水で溶き、胆汁などの内分泌液をまぶした半固形状のものを体外に押し出す。なんだかホットする瞬間である。
 ホットしながら、

 「ん?」

 と気が付いた。

 「俺、何でトイレのドアを閉め、ご丁寧にロックまでしたんだろ?」

 現在、私が独り暮らしを続けていることは、日誌をお読み頂いているはご記憶頂けていると思う。この家にいまいるのは、私だけなのだ。なのに、なぜドアを閉め、ロックするのか?

 トイレのドアとは、排泄欲求に駆られて無防備で不格好な姿勢となった己の姿を人の目から隠すための道具である。そのドアにロックまでかけるのは、この姿を絶対に隠し通したいからである。
 いやいや、それだけではない。閉めたドアにロックをかけるのは、中に人がいるとは知らずにトイレのドアを開けてしまい、見たくもなかったあられもない私の姿を見てドギマギする人物が現れるのを防ぐためでもある。ショックで心臓麻痺でもおこされた日には、何とも取り返しようがないではないか。
 人とは、その程度には他人に親切になれる生き物でもある。

 なのに。
 私1人しかいない家である。トイレに入ったとはいえ、どうしてドアを閉め、ご丁寧にロックまでしなければならないのか? 
 見に来る人はいない。どれほど切望しようと、ドアを開けようとする人が登場してくれるはずもない。トイレに入った私が私がどんな姿格好をしていようと、何をしていようと、トイレのドアなんて閉める必要は毛頭ないのだ。ましてや、ドアをロックするなんて……。

 人は、無意識のうちに不可思議な行動をとる。だが、それに気が付いたら、その無意味さを分析し終えたら、行動を修正するのが知性のある人間の選択である。

 私は知性溢れる人間であると自認する。であるから、明日からトイレに入ってもドアは開けっ放しにしておこう。ロックなどは絶対にしないぞ!
 うーん、どこかに論理の飛躍、あるいは欠落があるような気もするけど……。

 

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