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 2008年8月30日 戰艦大和ノ最後

 「戰艦大和ノ最後」(吉田滿著、北洋社)を読了した。
 名著の評高く、

 「一度は読まねば」

 と心に決めたのは、多分20年近く前になる。が、書店でなかなかお目にかからず、かといって、強いて探し求めることもせず、いたずらに時が流れた。
 偶然目にしたのは、横浜市のJR鶴見駅近くの古書店だった。もう5、6年間のことだ。1975年1月25日発行の第2刷で、しっかりした箱に入った立派な本だ。1500円の価格がついていた。それが高いのか安いのかも考えなかった。
 気になっていた本に巡り会う。心から面影を消せない女性と再会を果たすようなものである。この機を逸してはいけない。価格は二の次である。

 なのに。それから積ん読期間が続いた。そばには置いたが、生半可な気持ちでページをめくる気にはならないのである。この本は、気軽に遊べば済む女ではないのだ。であれば、とっくの昔に面影など消え、書店で出会っても気づきもしなかったろう。
 それに、こいつは漢字とカタカナによる文語体で書かれている。いつも読む文章とは違うので、寝っ転がって読むわけにもいかない。
 さらにいえば、文庫本ではない。通勤の途上で読むには持ち重りする。
 いずれにしても、せっかく私のそばまで来たのに、いたずらに埃が積もる日が続いた。

 なのに今週、ふと手に取る気になった。
 8月は、我々に戦争を思い出させるからなのか?
 心から消せない面影が膨らんだからなのか?
 実のところ、私にもよく分からない。わからぬまま目で活字を追い始め、3ページも読み進めないうちにになった。読了までに1週間近くかかったのは、飲み会が多かったこともある。慣れぬ文語文にとまどったこともある。だが、その文章に圧倒され、一字一句を噛みしめるように読み進んだのも、時間を要した原因である。何しろこの本、どうしても面影が消えない女性なのだから。
 戦争を賛美する気はない。いや、戦争を認める気もない。だが、自分ではどうしようもない力で戦争にかり出され、死と隣り合わせになった若き学徒兵の姿が、時代も主張も超えて私の魂を揺さぶった。

 1945年3月、米機動部隊は沖縄諸島への攻撃を開始した。戦争が最終局面を迎えた。
 4月6日、大和は呉の軍港を出撃した。燃料は片道分。帰港することは全く想定しない死出の旅である。著者吉田滿氏は大和の副電測士だった。大和の運命は吉田氏の運命でもあった。

 その日の朝、吉田氏は遺書をしたためる。

 遺書ノ筆ノ進ミ難キヨ サレドワガ書ク一文字ヲモ待チ給フ人ノ心ニ、報イザルベカラズ
 母ガ嘆キヲ如何ニスベキ
 先立チテ散ル不幸ノワレニ、今、母ガ悲シミヲ慰ムル途アリヤ
 母ガ嘆キヲ、ワガ身ニ代ツテ負フ途殘サレタルヤ
 更ニワガ生涯ノ一切ハ、母ガ愛ノ賜物ナリトノ感謝ヲ傅フル由モナシ
 イナ、面ヲ上ゲヨ
 ワレニアルハ戦ノミ ワレハタダ出陣ノ戦士タルノミ
 打チ伏ス母ガオクレ毛ヲ想フナカレ
 カクミヅカラヲ鼓舞シツツヤウヤクニシタタム
 「私ノモノハスベテ處分シテ下サイ 皆様マスマスオ元気デ、ドコマデモ生キ抜イテ下サ イ ソノコトヲノミ念ジマス」 更ニ何ヲカ加フベキ

                                   (本文より)

 恐らく吉田氏には、恋人も許嫁もいなかったに違いない。だが、大和にはこんな人々も乗り組んでいた。

 解散シテ一番主砲右舷ノ「ハッチ」ヲ下リントスレバ、前方錨甲板ニ佇ム士官を認む。
 太キ眉ノ影、月二冴エシ頬ニ落チタル横顔ハ森少尉ナリ
 艦内随一ノ酒量、闊達ノ気風ヲモッテ聞エ、マタソノ美シキ許婚者ヲモッテ鳴ル彼 常ニ 肌身ヲ離サザル写真ノソノ美貌ト、シバシバ届ク便りの水茎の鮮カサトハ、カネテ一次室 全員ノ羨望ノ的ナリ
 学徒出陣ヲ目前ニ控ヘシ一夜、初メテ彼女ノ手ヲ握リ、「君ノ眼モ口モ鼻モ、コノ手モ足 モ、ミンナ俺ノモノダ」ト短キ言葉ヲ残シテ、訣別セリトイフ
 暗キ波間ニ投ゲタル眸ヲワレニ返シ、耳元ニ訴ヘル如ク呟ク
 「俺ハ死ヌカライイ 死ヌ者ハ仕合せだ 俺ハイイ ダガア奴ハドウスルノカ ア奴ハド ウシタラ仕合セニナツテクレルノカ
 キツト俺ヨリモイイ奴ガアラハレテ、ア奴ト結婚シテ、ソシテモツト素晴シイ仕合セヲ与 ヘテクレルダラウ キツトサウニ違ヒナイ
 俺ト結バレタア奴ノ仕合セハモウ終ツタ 俺ハコレカラ死ニニ行ク ダカラソレ以上ノ仕 合セヲ掴ンデ貰フノダ モツトイイ奴ト結婚スルンダ ソノ仕合セヲ心カラ受ケル気持ニ ナツテ欲シインダ
 俺ハ心底悲シンデクレル者ヲ残シテ死ヌ 俺ハ果報者ダ ダガ残サレタア奴ハドウナルノ ダ イイ結婚ヲシテ仕合ワセニナル 俺ハソレガ、ソレダケガ望ミダ ア奴ガ本当ニ仕合 セニナツテクレタ時、俺ハア奴ノ中ニ生キル、生キルンダ……
 ダガ、コノ俺ノ願ヒヲドウウシテ伝ヘタライイノダ 自分ノ口カラ繰返シ言ツタ 手紙デ モ何度トナク書イテキタ 俺ヲ超エテ、仕合セヲ得テクレ、ソレダケガ最後ノ望ミダト ……シカシソレヲドウシテ確カメルノダ ア奴ガ必ずサウシテクレルト、何ガ保証シテク レルンダ
 祈ルノカ ドウシテモ祈ラズニハ居レナイ、コノ俺ノ気持ハ本当ダ ダガソレダケデイイ ノカ 自分ヲ投ゲ出シテ祈レバソレデイイノカ ドウカア奴ニマデ聞エテクレト、腹ノ底 カラ叫ブシカナイノカ」
 荒キ語勢ニ涙ナシ セキ込ムバカリノ切願ナリ ムシロ怒リナリ

                          (同上、漢字は新字に改めた)

 この森少尉も、死出の旅にいた。慄然とする。
 
 「君ノ眼モ口モ鼻モ、コノ手モ足モ、ミンナ俺ノモノダ」

 これほど熱く激しい愛の言葉は、いまだかつて聞いたことがない。言いたくても、私にこれほどの文学的才能はない。
 こんな言葉を聞かされた女性には、どんな生き方が残されているのだろう?
 
 時代の荒波に翻弄された若者たちの姿に、私の胸は熱くなる。

 片平兵曹は33歳。

 電探理論ノ精緻ト実測技量ノ抜群ヲモツテ鳴ル彼、郷里ニ解任中ノ妻ヲ遺ス シカモ待チ 焦ガレタル初子ナリ
 サレバ遂ニワガ子ト相見ルノ日ナカラン 子ハ父ノ呼気ニ触レズ、父ハ子ノ眸ヲ知ラズシ テ散ラン
 如何ニセンスベモナシ

                                     (同上)

 戦艦大和は、こうした3332人が乗り組んでいた。

 にしても、何と無謀な作戦であったことか。敵にほとんど損傷を与えることもできず、大和は鹿児島県坊ノ岬沖約166kmで海の藻屑と消える。戦死者2740人。
 さらに悲惨なのは、吉田氏を始め、大和に乗り組んだ多くの人々が、作戦の無謀さを認識していたことだ。

 出陣を待つ船内では激論が繰り返されていたとある。

 一次室(ガンルーム、中尉少尉ノ居室)ニテ、戦艦対航空機ノ優劣を激論ス
 戦艦優位ヲ主張スル者ナシ
 「『プリンスオブウエールズ』ヲヤツツケテ、航空機ノ威力ヲ天下ニ示シタモノハ誰ダ」皮肉ル声アリ

                                     (同上)

 戦地に赴く大和を護衛する飛行機は1機もなかった。

 本作線ハ、沖縄ノ米上陸地点ニ対スルワガ特攻攻撃ト不離一体ニシテ、更ニ陸軍ノ地上反 攻トモ呼応シ、航空総攻撃ヲ企図スル「菊水作戦」ノ一環ヲナス
 特攻機ハ、過重ノ炸薬(通常一屯半)ヲ装備セルタメ徒ニ鈍重ニシテ、米迎撃機ノ好餌ト ナル虞レ多シ 本沖縄作戦ニオイテモ米戦闘機ノ猛反撃ハ必至ナレバ、特攻攻撃挫折ノ公 算極メテ大ナリ
 シカラバソノ間、米迎撃機群ヲ吸収シ、防備ヲ手薄トスル囮ノ活用コソ良策トナル シカ モ囮トシテハ、多数兵力吸収ノ魅力ト、長時間拮抗ノ対空防備力を兼備スルヲ要ス
 「大和」コソカカル諸条件ニ最適ノ囮ト目サレ、ソノ寿命ノ延命ヲハカツテ、護衛艦九隻 ヲ選ビタルナリ
 沖縄突入ハ表面ノ目標ニ過ギズ 真ニ目指スハ、米精鋭機動部隊集中攻撃ノ標的ニホカナ ラズ
 カクテ全艦、燃料搭載量ハ往路ヲ満タスノミ 帰還ノ方途、正否ハ一顧ダニサレズ
 世界無比ヲ誇ル「大和」ノ四十六糎主砲、砲弾搭載量最大限ヲ備ヘ気負ヒニ気負ヒ立つも、ソノ使命ハ一個ノ囮ニ過ギズ 僅カニ片路一杯ノ重油ニ縋ル
 勇敢トイフカ、無謀トイフカ

                                     (同上)

   これほどの分析力と事態を見通す知性を備えた学徒兵が、それでも自らの運命、使命として死地に赴く。これを、あくまで澄み切った諦念と呼ぶべきか、それとも狂気に陥っていたと断じるべきか。

 吉田氏は、哨戒長臼淵大尉の言葉を書き留めている。

 「進歩シナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目覚メルコトガ最上ノ道ダ
 日本ハ進歩トイフコトヲ軽ンジ過ギタ 私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダワツテ、本当ノ進歩ヲ忘 レテキタ 敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ハレルカ 今目覚メズシテイツ 救ハレルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ 日本ノ新生ニ先駆ケテ散ル マサニ本望ヂヤ ナイカ」

                                     (同上)

 臼淵大尉は大和とともに海底に沈んだ。
 臼淵大尉は犬死にだったのか?
 我々は2740人の戦死者に鎮魂の言葉を贈ることができるのだろうか?

 生とは? 死とは? 愛とは? 国とは? 家族とは? 思いとは? そして、今生きる我々とは?
 「戰艦大和ノ最後」は、様々な問いを突きつける。
 我が拙文では、その10分の1もご紹介できなかった。ぜひご一読いただきたい。知らなかったが、講談社文芸文庫に収録されているようで、amazon.co.jp だと、古書が433円よりとある。
 決して後悔しない読書になるはずである。

 

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