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 2007年10月21日 季節の変わり目

 いま関東地方は、季節の変わり目の真っ直中にある。それも、盛夏から冬へ一直線に向かう急激な変わり目である。これでは、私が四季のうちで最も好きなを味わう期間が瞬時に終わってしまう。気象庁に文句の1つも言ってやりたい。

 クレームを実行する前に、敵の攻撃が来た。風邪を引いてしまったのである。先週後半のことだ。薄い掛け布団では夜間の気温低下を防ぎきれなかったらしい。いや、掛け布団に不当な言いがかりをつけてしまった。寝相の悪い私のことだ。薄い掛け布団をはねとばして寝ていたののに違いない。

 数日様子を見た。改善する兆しはない。逆に悪化の気配を見せた。昨日午後になって、どうも微熱が出始めた感じがした。かくなる上は仕方ない。夜になって風邪薬を買い、服用を始めた。
 今日の昼食後服用して合計3回、夕食後にも飲んだから4回。鼻の通りが良くなった。のどのいがらっぽさも消えてきた。薬のためか、やや頭がボーっとしている。いや、これは日常の延長かもしれないが。
 その程度の軽い風邪である。
 が、と思う。日誌をさかのぼると、今年は4月にも軽い風邪をひいている。年に2回の風邪。これほど律儀に風邪をひく。私も抵抗力が落ちる年代に入ったらしい。
 自愛せねばなるまい。と心しながら、

 「そういえば……」

 と、風邪との壮絶な戦いを思い出した。私が札幌にいた頃(グルメらかす「 第12回 :札幌ラーメン」「 第13回 :グルメ開眼」をご参照ください)だから、36、7歳の頃である。

 年末、東京に出張に来た。横浜に家を建ててわずか半年で札幌転勤となった私にとって、唯一の楽しみは東京出張である。なにしろ、建てたばかりの家が待っている。夜はこの新築住宅で寝る。出張費が浮く。うまい酒がたらふく飲める。情けないが、それがサラリーマンとしての本音である。

 東京に着き、その日の仕事を終え、ついでにその日分の酒もたしなみ、夜11時頃、新築の我が家に戻った。隣にある妻の実家に出張は伝えてあった。寝所の準備は整っていた。
 さて寝よう。歯を磨き、服を脱いだ。その時になって、足りないものがあることに気がついた。パジャマである。パジャマは持参しなかった。ふつうの出張なら、おおむねホテルにパジャマらしきものは用意されている。出張にパジャマを持参したことがない癖がでた。
 我が寝所を整えた妻の実家の、たぶん母は、そこに思い至らなかった。いや、妻の実家に私のパジャマがあるはずもないから、思い至らないのが当然である。
 ま、理屈はその通りだが、さて、どうする? 季節は年末である。そのような季節分類法があったかどうかは別として、とにかく決断しなければならない。

 「なーに、俺は極寒の札幌で暮らす者ではないか。比べれば、この時期の横浜は春である。パジャマなど着なくても問題はなかろう」

 私は冬場にも、原則として下着は身につけない。カッターシャツの下はつややかで健康な素肌である。シャツの隙間からかいま見た女どもを狂わせる魅力たたえていると勝手に信じ込んでいる素肌である。この夜もそうだった。
 衣紋掛けでコートとスーツの形を整え、ネクタイをはずし、カッターシャツを脱ぎ、ついでに靴下も取って、私はブリーフ一枚のセミヌード姿となった。この姿で寝る。で布団に潜り込んだ。素肌に当たる毛布が冷たかった。が、すぐに寝入った。東京でたしなんできた酒のせいであろう。

 快適な目覚めだった、では話が続かないことは賢明な読者ならすでに見通しておられるはずである。そうなのだ。最悪の目覚めだったのだ。
 頭が割れるように痛んだ。

 「二日酔いか?」

 普通、そう考える。二日酔いなら、時間がたてば過ぎ去る。が、二日酔い特有の吐き気はない。むかつきもない。二日酔いではないとすると……? 額に手をやった。熱い。熱がある。何のことはない。風邪である。
 厳寒の札幌から横浜に出てきて風邪? そうか、横浜は札幌より寒いのか。
 私は、知りたくもない真実を知ってしまった。

 どうやら、熱は39度近い。異様に気分が悪く、足がふらつく。最悪のコンディションだ。
 が、今回の仕事で札幌から東京に出張してきたのは私だけだ。しかも、仕事は今日も山積みである。いまから札幌にSOSを出して交換要員を要請しても、今日の仕事には間に合わない。私がやるしかないのである。
 仕事より私。それが私のモットーである。仕事のために私事を捨てるなぞ、ゴマすり野郎のマゾヒズムにすぎない。私は正常な感覚を持ち続ける。それが私の変わらぬ信念である。
 が、現実を前にすると、個人の信念など羽毛のように軽く吹き飛ぶことをこのとき学んだ。だって、私が風邪で倒れてしまえば、我が社の仕事は頓挫する。それって、いけないことでしょう?

 意を決して家を出た。途中、ドラッグストアで風邪薬を買い、その場で飲んだ。が、いっこうに効き目は現れない。職場では、札幌勢の名を高めるため、必要な仕事だけをし、あとは会議室でひっくり返った。昼食後に薬を飲んだ。夕食後も、デザートのように風邪薬を口に運んだ。
 それでも効き目は現れなかった。

 年末、東京での仕事は5日かかった。毎日が風邪との闘いだった。途中、いっこうに効き目を現さない薬を投げ捨て、ドラッグストアで

 「一番強い風邪薬!」

 と注文をつけて別の薬を買った。少し効いたような気がした。それでも、私は風邪だった。全身がだるく、鼻水が出て咳も止まらない。気がしたのは、単なるプラシーボ効果だったのかもしれない。
 戦いは、私の一方的な負けだった。K.O.負けでなかったことだけが我が誇りである。

 仕事を終え、脱力感のある重い体を飛行機に託して札幌に戻った。正月が目前だった。私は相変わらず風邪だった。
 年が明けた。それでも私は風邪だった。ずっと体調が優れなかった。
 本来ならこの時期、週末には必ず子供を連れてスキーだった。が、スキー場に出かける気力がなかった。子供に不義理をし、ダメ親父の烙印を押されながら、週末は寝て過ごした。なんとかスキー場に行けるまでに復活するのに1ヶ月以上の時間を要した。全快した、と思えたのは春が訪れてからである。
 横浜の風邪は、まったくたちが悪い。


 それに比べれば、今回の風邪は、同じ横浜でひいたとは思えないほどに軽い。おそらく、あと2、3日もすれば跡形もなく消えているであろう。あまり心配はしていない。

 心配なのは、いまの風邪が治ったあと、次の風邪に襲われることである。私は寝相が悪いのだ。私は抵抗力が落ちる年代に達したのだ。いやでも、想像は悪い方に向く……。

 自愛第一。これをモットーに冬場を乗り切る覚悟である。ご支援を賜りたい。  

 

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