●日誌一覧

シネマらかす

グルメらかす

音らかす

旅らかす

スキーらかす

事件らかす

 2007年7月1日 シリーズ夏・その4 人類進化史

 7月初日というのに気温はそれほど上がらず、心地よい風が吹いた。過ごしやすい1日だった。9月中旬までこの調子でいってほしい。
 私の願いが叶えばオロオロアルクサムサノナツとなり、冷害でまずい外米を食べる羽目に陥るかもしれないが、私はそれでも涼しい夏がほしい。
 あ、米作農家の方がいらっしゃったらごめんなさい。


 「シリーズ夏」を思いついたとき、これまでの夏を思い出そうとした。時系列でたどるのがよい。そう考えて、幼い頃からの夏を記憶の底から掘り起こしにかかった。これまで50数回の夏を体験したのである。ひと夏に1つぐらい思い出はあるはずだ。少なくとも小学生からは何か残っているはずだ。
 考えが甘かった。小学生の夏、中学生の夏はほとんど残っていない。我が記憶力はたいしたものではないらしい。さて、このシリーズ、大丈夫か?

 小学生の夏休みは、時間を気にせずにセミ取りができる貴重な日々だった。朝食を済ませると、直ちにセミ取りセットを持って外に駆けだしてゆく。昼食を食べに家に戻り、後は夕方までセミを追いかける。

 私のふるさとでは、セミを捕る道具は釣り竿とハエ取り紙だった。
 釣り竿といっても、グラスファイバーでできた高級品や、何本もの竹をつなぐ本格的なものを想像して頂いては困る。そのような高価なものは子供の手にはいるはずがない。第一、見たこともないからほしいとも思うはずもない。我々が用いたのは、単に先が細くなった竹竿である。長さは3mもあったろうか。
 ハエ取り紙は2枚重ねになっており、その間にハエが触れると2度と逃げられないベタベタしたものが挟んであった。ハエを捕るためにはこの2枚をはがし、ベタベタした方を上に向けて適当なところに置く。だが、我々子供の狙いはハエではない。セミである。セミを捕るには、この2枚を少し剥がし、間に釣り竿の先っぽを入れてくるくる回す。こうすると、ベタベタしたものが釣り竿の先に移る。これにセミをくっつけるのである。

 セミが鳴く木の下にそっと近寄り、セミの姿を探す。うまく見つかればそっと釣り竿を伸ばしてくっつける。こうして友人たちと捕獲競争をする。捕獲数の勝負である。

 だが、敵もさるものである。どれほど忍び足で近寄っても、ある距離まで近づくとピタッと鳴きやむ。いた! と思って釣り竿をのばしかけると、小さな悲鳴を上げながら飛び去る。中には、飛ぶついでに小便をひっかけていく不心得者までいる。手強い相手なのである。だから夢中になったのだが。

 手強かったのはセミだけではない。さらなる強敵は友人たちだった。ほとんどの場合、彼らの方が先にセミを見つけるのである。

 「おった!」

 小さな声でささやく。

 「どこ?」

 小さな声で聞く。

 「ほら、あすこたい」

 指さされても、私には木の幹や枝しか見えない。彼の釣り竿が伸びる先を見て、やっとセミの存在に気がつく。
 おかしい。私は子供心にそう思った。私は眼鏡は不要だ。目の検査ではいつも1.5である。右の目も左の目も1.5なのである。お前はどうだ? 目が悪くて、いつも眼鏡を手放せないメガネザルではないか。俺より目が悪いのはこの一事をもってしても明白である。なのに、どうして俺より先に獲物を見つける?

 おそらく私は、人類の進化史の上で、彼らより遙かに先にいたのである。人は、進化史の先端へ行けば行くほど、原始の本能を置き忘れる。かつて人は、例外なく狩猟・採集で暮らしをたてていた。いち早く獲物を発見するのは、人間の原始的本能の中核なのだ。そして私は、進化史の先に進む必要上、その本能を捨て去ったのだ。古きものを捨て去らずに先に進むのは不可能なのである。
 思いあまってある夏、一緒にセミ取りをしていた友人に、そんな歴史哲学を説明しようとした。だが、私の哲学の10分の1も口にしないうちに、

 「あんたがトロかったい」

 と切って捨てられた。

 まだ小学生だった。深遠な歴史哲学を言葉にする能力が私に備わっていなかったのかもしれない。
 それとも、彼は知的に幼すぎて、私の思考についてこられなかっただろうか?

 半世紀近い過去の話である。記憶もあやふやになって、いまとなってはそれ以上の可能性は思いつかない。いずれにしても。私がトロい子供だったはずはない。と、私は信じている。

 夏が深まり、終わりに近づくに連れて、セミの様相も変わる。初夏はほとんどがニイニイゼミだったのが、やがてアブラゼミが主流となり、ふるさとではワシワシと呼んでいたクマゼミが取って代わる。ツクツクボウシが鳴き始める頃には、夕暮れの川縁を赤とんぼが飛び始めて秋の足音が聞こえてくる。

 「あ、でけん! 宿題ばほとんどしとらん。夏休みはほとんど残っとらんばい」

 心に焦りを感じながらも、仲間に後れをとるセミハンターは相変わらずセミを追い回していた。


 ふーっ、「シリーズ夏」、1回も欠けずに4回目を書き終えた。これで私が3日坊主でないことが証明できた。
 よし、明日からは少し手抜きをしよう……。

 

前の日誌                 next
無断  メール