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 2007年4月4日 当たり年

 今年は、私に関する限り、交通事故の当たり年である。

 すでに書いたが、3月3日、トラックと自転車が出会い頭にぶつかる事故を目撃した。路上に投げ出された母親が、しばらくはピクッとも動かない。そんな事故に遭遇するだけでも希有なことだと思っていた。

 ところが昨日、再び事故を目撃してしまった。今度は乗用車とバイクの衝突である。
 場所は JR 鶴見駅近くの旧東海道。愛車のハンドルを握って信号待ちの列にいた。反対車線を走ってきた乗用車、ルノー・ルーテシアが、信号待ちの車の隙間を塗って右折を始めた。
 その時である。左後方からバイクの音が聞こえてきた。信号待ちする車と歩道の間を縫って先頭に出ようとの魂胆である。渋滞でなかなか前に進めない車を尻目に、隙間を縫って先頭に出る。バイクに乗る醍醐味である。
 それはいいのだが、タイミングがあまりにも悪すぎた。バイクが私の車を通り過ぎた時、あのルノー・ルーテシアは右折を始めていた。すでに、フェンダー部分は前の車の陰になって見えない。

 「あれっ、大丈夫かな?」

 と思った時だった。ガツン、という音が聞こえ、バイクが横転した。やっちまったのである。トホホな瞬間である。

 幸い、路上に投げ出されたバイクのライダーは、すぐに起きあがった。ふと見ると、路上には彼(たぶん)が履いていたらしいサンダルが落ちていた。こいつ、サンダルを履いてバイクに乗っていたらしい。バカめ!

 

 

(判定)
私は交通事故処理の警察官ではない。損害保険会社の交通事故担当でもない。ましてや、裁判官ではあり得ない。
なのに、何の資格もなしに、勝手にこの事故の責任を判断したい。
事故の原因の8割から9割はバイクにある。それが結論である。
交通の安全を守るのは、あらゆる当事者の責務である。従って、可能な限り安全を確保する努力をしなければならない。
だが、、世の中には不可能なことがある。
車とバイクがぶつかった。結果から見る限り、信号待ちをする車の陰になって、お互いに相手を認識しできなかったのだろう。従って、どちらに、ぶつかる前に相手を認識する可能性があったか、を問わねばならない。
車の運転手は普通、車全体の前から3分の1ほどのところに座っている。従って、左右が見通せない交差点では、車の前部を交差点の中に乗り入れなければ安全が確認できない。今回のルノー・ルーテシアも同じで、安全を確認するには、信号待ちの車の陰から前部を出さなければならなかった。一時停止をしたり、直ちに止まることができスピードにしたりしても、最終的には物陰から我が身の一部をさらさなければ左右を確認できないのだ。
一方のバイクには、このような死角がない。ライダーはすべての情報を己の目で瞬時に取り込むことができる。ましてや、直進しているのである。目の前に障害物が出てくれば、直ちにそれに応じた挙動が、しようと思い、準備をしていればできるのである。
従って、今回の事故では、事故を回避できる可能性はバイクのライダーにしかなかった。事故が起きた以上、事故回避の可能性を唯一持っていたバイクのライダーが責めを負うのは当然である。
と思うのですが……。
従って、
「バカめ!」
というのは、サンダル履きに、事故に結びつくライダーの緊張感欠如を見出した私のつぶやきであります。

 

 昨夜、娘にこの事故の話をした。3月3日、4月3日と、奇しくも毎月3日に交通事故の目撃者になった不思議さを語った。

 「お父さん、2度あることは3度あるというよ。3度目は自分が当事者にならないようにしてね」

 娘ならではの、ありがたいお言葉である。
 と、いまは思う。だが、そういわれた時は、そう思わなかったらしい。

 「いや、3度目はもう過ぎたぜ。だって、今年になって最初の事故は、お前が俺の車に乗ってドアを傷付けた事故じゃないか。昨日見たのが3度目の事故だって」

 娘は憮然として口をつぐんだ。

 ごめん。いつもの習い性で、ついつい茶化してしまった。反論しても、それは単なる言葉の遊びで、お前の思いはちゃんと受け止めているから。

 しかし私は、相変わらず可愛くないオヤジである。今年も変わらないのかなあ……。

 

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