●日誌一覧

シネマらかす

グルメらかす

音らかす

旅らかす

スキーらかす

事件らかす

 2006年6月20日 こんぱる座

 人間、気が進まなくてもやらねばならないことが、時にはある。
 気が進まないことを避けるのがストレスを減らす最善の道であることは充分以上に承知しながら、避けることができないことが、時にはある。
 昨夜がそうだった。

 いま私は、小さな職場の責任者である。職場の空気を明るく保つのは、長たるものの責任であると自覚している。だから、やらねばならなかった。避けることができなかった。

 発案者が誰であるのか、私は知らない。私が知らされたのは、すべての計画ができた後だった。
 ちょいと早めの、暑気払いである。
 暑気払いは、いい。たまには全員で酒をたらふく飲み、理性を緩ませて日頃の鬱憤を晴らし、職場の人間関係をスムーズにするのは、いい。どんどんやるべきだ。

 「19日に決まりました。安堂さん、出ます?」

 世は民主主義の時代である。職場の飲み会とはいえ、個人の意志を無視した強制参加という蛮行は流行らない。だから私にも、制度の上では、参加しないという選択肢もあった。が、私の役職を考えれば、使えない選択肢である。長が参加しない職場の飲み会は、私の頭の中では存在しない。

 「当たり前じゃないか。出るよ。いくら?」

 「みんなは6000円です。安堂さんは1万円」

 この瞬間、私は悟った。私に求められているのは「参加」ではなく、「財布」であることを。悟ったところで、使えない選択肢しかないのだから結果は変わらないのだが。

 目的地は銀座8丁目。

 「午後6時15分、『こんぱる座』に現地集合ですから」

 こんぱる座? 不覚にも、私には初めて聞く名前だった。何なんだ、それ? 食い物屋とも思えないが。それとも、落語でも聴きに行くの?

 「オカマのショーを見ながら飲んで食うんですよ」

 私がヘテロセクシュアルであることは、「シネマらかす #20 : ホワイトナイツ/白夜 − 男の体も美しい」をお読み頂いた方々には既知の事実である。森蘭丸と添い寝した織田信長の趣味は私にはない。あるのは、衆道も一つの文化である、という知識だけである。
だから、瞬間、腰が引けた。だが、いくら腰を引いても、私には使えない選択肢しかなかった。

 そして、昨日、19日。

 40〜50人も入れば満杯の、小さな小屋だった。客の大半はおばさま方である。何が嬉しいのか、満面に笑みが溢れている。そうか、世のおばさま方は、このような場所をお好みになるか。でも、亭主はこの時間、どこで何をしてるのかねえ? ひょっとしたら会社で残業? 妻のかような姿を見たら、彼らは何を思う?

 狭い席に押し込められ、やがてビールが運ばれてきた。飲み放題である。これが後に大きな問題になることなど、神ならぬ身の私がこの時点で知るわけがない。
 つまみも来た。パンフレットによると、5種類来るとある。えっ、たったこれだけが、たった5種類?
 時刻はすでに午後6時を過ぎている。健康な私には、当然空腹感がある。これを満たすのがこの時間の使命なのだが、これだけの食事では望み薄である。となれば、とりあえずビールで腹を大きくするしかない。と覚悟を固めて飲み始めた。これが後に大きな問題になることなど、神ならぬ身の私がこの時点で知るわけがない。

 踊り子たちが席にやってきた。できることなら避けたい。だが、一番奥の席に陣取らされた私には逃亡する空間はない。まさか、隣の席の客の頭を乗り越えて逃亡するわけにもいくまい。
  1人ずつ、名刺らしきものをくれる。できることなら受け取りたくない。が、その自由すらない。1人、また1人と入れ替わり立ち替わりやってくる。まだ終わりじゃないの? 勘弁してよ。

 そのうち、あれ? っと思った。いま名刺をくれたのは、カマっぽくない。どう見ても、ホンモノの女性である。のど仏がない。体の線も女性以外の何物でもない。胸の膨らみも自然である。ん?
 冷静になって、店内をよくよく見渡した。カマっぽい女装の人物も確かにいる。が、どう見てもホンモノの女性でしかない人物も、4、5人いる。

 「なんだ、普通のショーパブじゃないか」

 間違った情報で緊張していた全身から力が抜けた。 とすると俺は、物干しにぶら下がった白布を幽霊と思いこんでいただけなのか……。

 ショーが始まった。ま、これは取り立ててコメントするほどのものではない。ピンクレディ、ジュリー、山口百枝、サンタナあたりの音楽に乗って、彼らが舞い踊る。特に上手いとも楽しいとも感じない。それだけである。

 困ったのは、ショーが始まる直前の場内放送だった。

 「ショーが始まりましたら、皆様、席をお立ちにならないでください」

 確かに、狭い場内である。ショーの最中、立ち上がってトイレに向かうなど至難の業であることは見て取れる。
 だが、なのだ。
 この時点までに私は、空腹感を訴える我が胃をなだめるために、大量のビールを流し込んでいたのだ。体内に入ったビールは、大半が尿となって短時間のうちに体を出ていく。そう、この時点の我が肉体には、大量の尿予備軍が結集していたのである。結集させたのは私であるが……。
 これが不安の種になった。頭に浮かぶのは1つだけである。
 もつか?

 ショーが進む。予備軍の補給は、当然止めた。だが、すでに我が体内に入りこんだ予備軍が、時を追うに連れて続々と正規軍に変わった。正規軍の数が幾何級数的に増える。
 門を閉じよ! 門は開けるな! 絶対に開けてはならぬ! 防げ! 門を防ぎ抜け!!

 1時間ほどのショーが終わるやいなや、店内に列ができた。私も遅れてはならじと列に加わった。ジリジリしながら順番を待った。なりふりを構っている暇はなかった。

 教訓:システムを知らぬ店での暴飲暴食は身の破滅につながる。

 いい勉強をした。とはいえ、『こんぱる座』には2度と足を運びそうにはない。この知識、どこで役に立つのだろう?

 

前の日誌                 next
無断  メール